第二十三話 返事
翌日の朝、アーカーと皇帝は執務室で政務をこなしていた。
扉が開き、エリューが案内され入ってくる。
ハッとして皇帝が立ち上がる。
「おはようございます」
アーカーが足早に扉へ向かう。
「少し歩きましょう」
エリューを連れて部屋を出ていく。
——皇帝はいつの間にか固く握ったこぶしを見つめ、ゆっくり開いた。
「――昨夜は眠れましたか」
「……夜明けは見ました」
「そうですよね。大きな決断の夜、なかなか眠れませんね」
アーカーは軽い会話を語り掛けながら廊下を進む。
二人は中庭へやってきた。
「座りましょうか」
ベンチに二人で腰掛ける。
「――答えは、出ましたか?」
「……はい」
アーカーの手に軽く力が籠る。
「お聞きしてもよろしいですか?」
「――婚約をお受けします」
アーカーはゆっくり目を閉じた。
「どちらを選んでも、自由と責任があると気付きました。外の世界は自分のためで、でも、ここには私がいたら喜んでくれる人がいて……」
「その人たちのために私ができることがあるって……幸せなことだと思いました」
アーカーは立ち上がり、エリューの前に跪いた。
「エリュー様……ありがとうございます」
こうべを垂れると、芝生の中へ雫が一粒消えていった。
「……正直言うと、皇帝陛下とは、どう接したらいいか分からなくて……」
「あの、変な話ですが、陛下と結婚するって全然考えてこなかったんです。遠くにいる、おとぎ話の中の人のような感覚で……」
「だから、あの陛下の隣にいくなんて、想像もつかなくて……」
「ご心配いりません」
アーカーは顔を上げニッコリ微笑む。
「陛下のことを、まっすぐ見てみてください。今はそれだけで充分です」
「――分かりました」
――皇帝は執務室の窓辺に立ち、外の風景を眺めていた。
扉が開き、エリューとアーカーが入ってくる。
「陛下、お待たせいたしました」
エリューをつれて、皇帝の前までくる。
「婚約をお受けくださるそうです。
では、今度はお二人でお散歩へどうぞ」
アーカーに促され、二人は部屋を出た。
二人は宮殿の展望台に来た。
城の中ほどの高さの展望台からは、庭園がよく見える。
皇帝は欄干まで歩くと、後ろからついて来るエリューの方を振り返った。
エリューは皇帝の前で止まると顔を上げ、まっすぐ皇帝を見た。
皇帝はエリューと目が合うと、少し目を泳がせ視線を逸らす。
「あは……なんか照れ臭いですね……」
二人は並んで横に立ち、庭園を眺めた。
「――婚約を承諾してくれて、感謝する」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「――俺は幼い頃から戦地ばかりで、人として足りない部分がある……。思いを察してやれない時もあると思う。その時は無理をせず打ち明けてほしい」
「はい」
「離れている時間が多いと思うが、気兼ねなく楽しく過ごしてほしい」
「はい」
「……何か望むことがあれば……応える……」
「はい」
「…………」
展望台にそよ風が抜けていく。
皇帝は欄干に両肘をつき、頭をうずめる。
――しばらくすると頭を上げ、口を開く。
「二人が外へ出ている間、落ち着かない気持ちだった。なぜなのか考えた」
「それは――」
皇帝はしばらく庭園を見つめた。
「もし断られたらと、不安になっていたのかもしれない」
「受け入れてもらえて、今ほっとしている」
「共に歩めることを……嬉しいと思っている」
「はい……」
皇帝がエリューの方へ体を向き直す。
「――気の利いた言葉すらかけてやれないが……お前が幸せに生きる姿を、隣で見ていきたい。末長く、そばにいて欲しい」
「……はい……!」
エリューも皇帝に向く。
「私も城の中で育って、知らないことだらけです。
バカなことをして呆れられることもあるかもしれません」
「……陛下にはもっと、自分の時間を過ごして欲しいと思ってます。ゆっくりしたり、楽しんだり……その時間を、一緒に作れたら嬉しいです」
「私も、陛下が幸せに生きる姿を、隣で見たいです。末長く、よろしくお願いします」
――秋の柔らかな風が二人を包んだ。
― 第一部 完 ―




