第十三話 レグルスと武術訓練
エリューとレグルスは向かい合い、訓練場の床に座り込んでいる。
「——これ?」
床に並べられたカードを指差し、疑り深い表情でレグルスを見る。
「はい、エリュー負け〜。残念こっちでした〜!」
「あぁぁぁーーなんっでなの、勝てない! あぁぁー!」
カードを上に舞い散らせ、仰向けに倒れ込んだ。
「今日の水汲みダッシュもエリュー担当な」
「言われなくても分かってます〜負けたから〜」
「今日の水汲みダッシュもエリュー担当な」
「分かってるってば!」
エリューはカードを片付けながら悪態をつく。
レグルスは笑いながら道着の紐を締め直した。
王女に全く遠慮なく接してくるレグルスと、王女なのに全く気取らないエリューは、訓練初日からすぐに打ち解けた。
水汲みダッシュを賭けたカードゲーム勝負をしてからの訓練開始が毎回の恒例になっている。
二人は向かい合って構えた。
「今の悔しさで私の攻撃力は倍になってるから」
「気のせいだよ」
エリューが先制して蹴りを放つ。
レグルスは軽く身体を倒してかわす。
すかさず膝を曲げ、斜め上に手刀を入れるが、肘で受け止められる。
エリューは反対の手で突きを繰り出す。
レグルスは手の平でその突きを掴み、逆の手でエリューの腹を勢いよく持ち上げた。
エリューの身体は逆さまになり足先が弧を描く。
(しまった!)
背中の衝撃を想像して受け身を取ろうと身構えるが、腰を支えられふわっと床に下ろされた。
「……あぁぁーー悔しいーー!」
怪我をしないよう気遣う余裕すらあるレグルスとの力の差を感じる。
レグルスは腰をかがめ、横たわるエリューを見下ろした。
「エリュー」
ふっと目を細め、囁く。
「気のせいだよ」
「なんなのもーー腹が立つーーー!」
負けた上にからかわれ、エリューは転がって悔しがった。
ははっ! とレグルスが愉快そうに声をあげた。
「水汲みダッシュ行ってこい。はい!」
転がるエリューに向かってパンッと手を鳴らす。
「ぃいってきまぁぁぁすっっ!」
エリューは起き上がり水差しを掴むと、全力疾走で井戸へ向かった。
息を切らしてエリューが戻ってきた。
片手に持った水差しいっぱいに水が入っている。
「ごくろうさん」
レグルスは訓練場の壁にもたれて座り、慣れた手つきでカードを切っている。
「はぁぁ〜、なーんで勝てないんだろ! って弱いからか」
首を傾げながら歩いてくる。
「弱くない、強いよ充分。帝国武術団に余裕で入れるぜ」
エリューはレグルスの前に立つとグラスに水を注いだ。
「こんな手加減されて負けてるのに?」
「俺がめちゃくちゃ強いからな」
「ふっ」
エリューは鼻で笑った。
「初日だけは勝ったけどね」
レグルスは不満そうな顔を向ける。
「王家の王女様にお怪我させたら大変だろ。どんなもんか計ってたんだよ」
「でも、勝ったけどね」
大袈裟に見下ろしながら水のグラスを渡す。
「あーもう二度と負けてやんねぇよ」
グラスを受け取りながら睨みをきかせる。
「ふふ」
エリューは笑い、グラスの水を飲んだ。
「お前、攻める時と守る時がハッキリしてんだよ。攻撃は点でいいけど、防御は面な」
「わかった」
二人はグラスを置いて立ち上がり、再び組み手を始めた。
「ほら今守りに切り替えたろ」
「うっ」
「分かりやすいんだよな」
「えーどうすればいいの」
「もうちょい牽制も入れてみ」
「牽制?」
「こうとか」
レグルスは打つと見せかけてすぐ拳を引き、反対側から蹴りを出す。
「わっ」
拳に構えてガラ空きだった横っ腹に足の甲がトンと当たる。
「……なるほど」
「まぁ、皇妃になるならそこまで突き詰めなくていいけど」
「いや、格闘家になったら必要だし、練習する!」
「……落ちたら格闘家になんの?」
「まだ決めてない。何でもやってみたい!」
エリューはニッと笑った。
しばらく訓練をして、再び水飲み休憩をとる。
「明日からは、戦線にいくんだっけ?」
「おぉ。第二戦線な」
「魔物って強いの?」
「感じ方は隊員によって違うからなぁ。俺や陛下には問題ねぇけど」
「わたしも戦えるくらい?」
「牽制できないやつは立てねぇな」
「……絶対身につけてやる」
「あ、お前ひざ!」
「えっ!?」
レグルスが急にエリューの足元に目を向けた。
つられて自分の膝に目を落とす。
「曲がってるぞ」
ピシッと額を指で弾かれた。
「……!」
目を丸くするエリューを見てレグルスは愉快そうに笑った。
「次回は絶対牽制返しする!」
エリューはグラスの水を飲み切って立ち上がる。
「戦線気をつけて、じゃまたね!」
エリューはピンピンと指弾きの素振りをしながら訓練場を出ていった。
「笑えるなーあいつ」
レグルスは素直な友人の背中を見送った。




