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第123話 立太子の祝宴

——厨房では、戦いが始まっていた。


 何度も練習を積み重ねたが、本番は調理する量が違う。時間制限もある。

 段取りどおりに進めるものの、心に焦りが出てくる。


「はぁぁーー、大丈夫だいじょうぶ、順調!」


 エリューはスープを火にかけながら、ソースの下ごしらえを始める。


「エリュー、焦らなくていいぞ〜。ちゃんと間に合ってるぞ」

 ルトが声を掛ける。


「ありがと! うん、失敗しないように進める」

 

 ヤイトは前菜のチーズ液の仕上げにかかる。

「チーズ液、まもなくできます!」

 

「おーぅ! いつでも来やがれぇ!」

 ジェノフは紋章の野菜を敷き詰めながら返す。

 アンゴルはジェノフの隣で野菜を敷き詰める。


 セリクとレグルスは配膳台に前菜の皿を並べ終えた。真っ白な皿が台を埋め尽くす。



 

 ——厨房の入り口に、数名のフォーンが様子を見にきている。


「……この人数で回すつもりかよ……」

「さすがに……無謀だろ」


 厨房の行く末を案ずる言葉がぽろぽろと呟かれる。

 


「前菜の皿、準備できてるぜ!」

 レグルスがジェノフに声を飛ばす。


「おうっ隊長、さすが気がきくじゃねぇか!」

 ジェノフは前菜から目を離さずに返事をする。

「終わったら乾杯しような!」

「あぁ! 浴びるように飲もうぜ!」


 普段の厨房では決して交わされない会話を聞き、フォーン達の顔に戸惑いと羨望が浮かぶ。

 


 エリューが声をあげた。

「しまった、これまだ漉してなかったー!」


 調理台の端に置いていたボウルを持つ。

「誰か、いま動ける人、いるかなー!」


 すぐにボウルを置いて、意識をスープに切り替える。

 目を離して焦がしたら大変だ。


 セリクは厨房内を見渡したあと、エリューの作業台へ向かう。


「どうやるんですか」

「わーセリクありがとう! えとね、漉すっていうのはー……」


 セリクに説明していると、視線の端に黒山羊の足が映り込んだ。

「あっヤイト、ありがと〜でもチーズの仕込み大丈夫な……の……」

 

 エリューは顔を上げ、目を瞬いた。

 知らないフォーンだ。

「あ……こんにちは」


「……僕は宮廷厨房でソースを担当しています。それ……漉します」


 ソース担当が動いたのを皮切りに、入り口で隠れ見ていたフォーン達が次々と中へ入ってきた。


「みなさん……来ていたんですか」

 ヤイトが驚きの声をあげる。


「キャルビノレ殿下の祝宴を、失敗して欲しくないんだ……」

「この人数で進めるのは、無理があるからな……」


「……ありがとうございます!」





 

 祝宴殿の円卓に、前菜の皿が運ばれてきた。


「過日の"毒の粛清"は見事な手並みだった。シューヴァニルの存在を確たるものにされたな」


 角人の王・ガイソンはキャルビノレを見据えながら言った。


「我が国の願いは恒久の平和。毒を携えることで叶うのであれば、やぶさかではない」

 フォーン王がガイソンに返す。


「あの毒は"守"の域を逸脱した力だ。その力があれば、世のあらゆるものを奪える」


「……祝宴の席で随分と物騒な話ね」


 ダークエルフの女王・ラフィンテが割って入った。


「国王陛下、新たな国賓が気になりますわ。ご紹介いただいても?」


 ——円卓の視線がシェイドに集中した。


「私からご紹介いたしましょう」


 キャルビノレが買って出る。

 

「"上の世界"からこの地へ訪れた、人間の国・ガーシュタルク帝国のシェイド皇帝陛下です」


 


「……つまり、上の世界の封印が解けたということだな。どうやってこの地へ訪れたのか」


 ガイソンはキャルビノレからシェイドへ鋭い目線を移す。


「……まだこの地を訪れて日が浅い。我が国の安全が確立されない中で語れることはない」


 シェイドはガイソンに対し真っ直ぐ視線を返す。


「……何か理由があって、この地を訪れたの?」

 ラフィンテがシェイドに問う。

 

「この地への知見に乏しく、主に調査目的で訪れた。キャルビノレ殿下とは縁あって、立太子の礼に参列し祝福する許可をいただいた」


 ガイソンはシェイドを見据えながら、その画策を探る。

(毒冠の貴公子がわざわざ国交を周知するのは、帝国にそれだけの力があるということか……)

「その縁とは、両国の同盟と受け取ってよろしいか」


「……大掛かりな枠組みはない。食に関する縁だ。各国の皆々、煩わしいことはひとまず忘れ、祝宴の料理を堪能されよ」


 そう言うとシェイドは前菜を口に入れた。

 ——それぞれの持ち場で真剣に戦う仲間たちを想う。

(……俺の戦いはこちら側だ)


 

 王たちも前菜に手をつけ始めた。

 

「……この料理は、素晴らしいわ」

「なんて美味しいのかしら」

 

 サルヴァとラフィンテが思わず呟く。

 キャルビノレは嬉しそうに微笑んだ。

 

「我が国の料理人が作り上げたチーズをぜひ召し上がっていただきたく、無理を言って祝宴料理に盛り込みました。お気に召していただけると幸いです」


(流通させれば商人が押し寄せるわね。次代のシューヴァニルは確実に安定しそうだわ)

(キャルビノレ殿下の手札は毒だけじゃないのね)


 

「……上の世界は魔物が存在するか?」

 魔人の国の宰相・ニヒテリダが口を開いた。


「存在する。我が国は大陸の果てに戦線を展開し、内陸部への魔物の侵入を阻止している」


「ほう……ではガーシュタルクが全土を掌握しているのか」


「人間の国は7ヵ国、異種族の国が4ヵ国ある。それぞれ独立した国家だ。我々は戦線を管理しているに過ぎない」


(上の世界に侵略の余地を残しているなら、こちらへの来訪の目的は侵略ではないのか……

 悪意はないと明言しながら、思惑の底は見せない慎重さ……一体なんの目的でやって来た……)


 ニヒテリダはシェイドを見定めるように眺めた。


 


 

 ——厨房では、マウジが最後のグラスを仕上げている。

 みな、マウジを囲んでその手先を見つめる。


「……完成です」


 わぁぁっ!


 マウジは配膳台へ最後のグラスを置き、給仕人に託す。


「お疲れ様ぁぁぁーーーー!」


 厨房の面々は拍手をし、両手をパン! と合わせる。

 みな、汗と油でドロドロだが、心はとても清々しい。


「やり遂げたね!」

「あぁ! やったぜ!」

「がはははっ最高の気分だな!」


 輪の中に、数名のフォーン達もいた。

 バツが悪そうに、複雑な表情を浮かべている。


 ヤイトがフォーン達に歩み寄る。

「ありがとうございました、助かりました!」

 スッと頭を下げる。


「料理長の命令を断れず……すまなかった」

「ヤイトに嫉妬してたのは、俺も同じだ……」

「でも、キャルビノレ殿下を陥れるようなことは……」


 エリューもフォーン達に歩み寄る。

「……どっちも苦しくて、けど少しでも苦しくない方に踏み出してくれたんだね」

 

 エリューの一言に、フォーン達は言葉を失う。


「助けてくれたおかげで、みんなで達成できました」

「ヤイトもみんなも最高! お疲れさまー!」


 エリューは両手を構える。

 フォーンたちはおずおずと手を出す。


「やった! やった! やったー!」


 パン、パン!とフォーン達に両手を合わせていく。


 フォーン達にようやく笑顔がこぼれた。

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