第124話 王者たちの夜会①
祝宴を終えた王たちが、夜会の間へと続く高い渡り廊下を進んでいる。
堂々と歩を進める集団は、国の命運を握る者だけが持つ、畏敬の念を抱かせる気配をまとっていた。
圧倒的な存在感を放つ、王者の群れ。
その中でシェイドもまた、揺るがぬ姿で歩いていた。
「うわぁ……別世界の人たち」
エリューは渡り廊下をポカンと眺める。
厨房の裏口で片付けをしていたところ、少し離れた渡り廊下を進む王たちの集団を目撃した。
「あぁ壮観だな……って、まてまて。人手が足りてたら、今頃エリューはあっち側だぞ」
一緒に裏口を出てきたルトがエリューの背中を小突く。
「うぇ……足りなくて良かったー。絶対わたしあっち側じゃない。シェイドの足を引っ張って迷惑かけどおすところしか想像できない」
「初対面だらけの王侯会談なんて、腹の探り合いだろうからな〜。"王家に見えない親しみやすさ"のエリューがあの中に入ったらどうなったか、それはそれで見てみたいけどな!」
ルトは笑いながら裏口へ入っていった。
エリューはもう一度、渡り廊下を振り返る。
王たちの姿はもう見えない。
(こっちの戦いは一段落したけど、シェイドの戦いはまだ終わらないんだね。
シェイド……頑張れ)
励ましの念を渡り廊下に投げ、エリューは裏口をくぐった。
厨房へ続く廊下の一角に、ヴァノン料理長が佇んでいる。
その表情からは嫉妬と怒りを感じる。
エリューはヴァノンの元へ進んだ。
ヴァノンはエリューに気がつくと、上から睨みつけた。
「貴様ら……何を狙っている。シューヴァニルでの地位を築きたいのか」
エリューは真っ直ぐヴァノンの瞳を見つめ返した。
「……何も。ヤイトの料理を、みんなに食べて欲しかっただけ」
青く、透き通った瞳。
「嘘をつけ。貴様らの野望を必ず暴いてやる。そして俺の地位を固めるための足がかりにしてやる」
「……あなたは、由緒ある家柄の出身なんでしょう? あなたの言うように、家名がないと出世できないのだとしたら、ヤイトがいくら手柄を立てたところで、あなたの地位は揺るがない」
「でも……あなたは怯えている。蹴落として、周りに圧をかけて、地位を守ろうとしている」
「……俺の家は代々宮廷厨房で料理長を張ってきた。
この重圧が貴様なんぞにわかるものか」
「……あなた自身、もう気付いているよね。料理に大切なのは、家柄じゃないこと。あなたがこれから守らなきゃいけないものは、別にあること」
ヴァノンの瞳に焦燥の色が浮かぶ。
心を見透かす瞳に恐れを抱く。
一歩、二歩。エリューがヴァノンに近寄る。
澄んだ瞳から逃れられない。
「ヤイトのチーズを、いちど食べてみて。そこに答えがあるから」
そう言ってエリューはふわっと微笑み、ヴァノンから視線を外すと厨房の中へ入っていった。
ヴァノンの鼓動はドクドクと身体を打ち鳴らしている。
青く透き通った輝きが頭から離れず、しばらくその場に立ちすくんだ——
——夜会の間には、深い色の布を張った長椅子や、小さな丸卓がゆるやかに配置されている。
給仕人たちは酒と軽食を載せた盆を手に、静かに室内を巡る。
丸卓に向かい合い、盃を傾けながら言葉を交わす者もいれば、室内の一角で遊戯盤を囲む者もいる。
シェイドはバルコニーで夜風に当たった。
手すりに肘をつき、フゥ……とひとつ息を吐く。
マーメイドの女王・サルヴァがすかさずシェイドの隣へやってきた。
「今度、私たちの国ヒュカリマにも来てちょうだい。娘たちを紹介したいわ」
シェイドの腕に自分の手を絡ませる。
シェイドはその手を掴み、スッと外す。
「俺には妃がいる」
「……ふふ、真っ直ぐね。別に構わないわよ、妃がいても」
サルヴァは豊かな巻き髪をかきあげる。
「ヒュカリマでは実力のあるものに重婚を認めているの。人魚の長い命の中で、より優れた血統を残せる効率的な仕組みよ」
甘く細められた瞳で、シェイドの姿を頭の先から足元までなぞっていく。
シェイドの耳元に口を寄せ、ささやく。
「あなたの血統が欲しいわ。我が国の法は、帝国の外側の話。わざわざ妃に告げる必要もない。2人の関係は変わらないわ」
肩幅の広い引き締まった背中に手を置き、手入れの行き届いた指先をスゥー……と滑らせる。
「ビュオーシという港町に、王室専用船が停泊している。あなたの国の名前でいつでも乗れるようにしておくわ」
「悪いが重婚制度に興味はない。ヒュカリマに用もない。失礼する」
短く返事をするとシェイドはバルコニーを離れ、夜会の間へ戻っていった。
「……あぁ、可愛い。どうやって手に入れようかしら」
サルヴァは手すりに頬杖をつき、歩き去るシェイドの背中に艶を帯びた目線を投げかけた。
夜会の間に戻ると、角人の王ガイソンが待ち構えていた。
「人間の王よ。受け取れ」
酒の入った盃を差し出す。
シェイドはそれを受け取り、合わせる。
ガイソンは盃を飲み干すと、布張りの長椅子へどかっと腰掛けた。
シェイドも向かいの長椅子に腰掛ける。
「この地はかつて魔人の王・メオティスが掌握していた。地力と武力と野心の溢れる、完璧な征服者だった」
ガイソンが盃を持ち上げ、給仕人が酒を注ぐ。
「しかし、今やその魔力は衰え、統率はなくなりつつある。魔人の中に、メオティスを継ぐ器のものがいないためだ。この地は不安定な状態にある。新たな統率者が必要だ」
シェイドは黙って盃を傾ける。
「角人は圧倒的な武力を誇る。今、この地を統率するに最も相応しい一族だ」
「そうか」
「俺はいずれ、メオティスを受け継ぐ王となる。圧倒的強者への恐れと羨望で各国を支配し、栄華の溢れる世界を取り戻す」
「そうか」
「我が国と同盟を組め。この地を掌握した暁には相応の領地を分け与えよう」
「断る。自国の戦線を守るのに全力を尽くしている。他国に手を貸す余裕はない」
シェイドは即答し、盃を置いた。
ガイソンが手をあげ、給仕人がその盃に酒を注ぐ。
「待て。兵を寄越す余裕がないなら、王だけ出陣でも構わない。相当な手練だろう。ガーシュタルク皇帝、シェイドよ」
シェイドは静かにガイソンを見据えた。
「……征服するために、争いを起こすのか。今、ここに集まる者たちと」
「まとめ上げるために、必要な工程だ」
「この地が不安定と言ったが、俺にはそう見えない。王太子の祝宴に参集し、盃を交わし合う今の関係が最適解に見える」
「それぞれの国には不満が滞留している。もっと領土を広げたい国、意見を通したい国。野心を抱くのは我が国だけではない。見せかけの平和など簡単に崩れる」
「……こんな場所で堂々と征服の話をするな、ガイソンよ」
そう言って二人の間に割って入ってきたのは、魔人の国の宰相・ニヒテリダだ。
2人の間の長椅子に座り、給仕人から盃を受け取る。
「俺の器が小さいと話していたな。相変わらず好戦的で思慮が浅いやつめ」
盃は合わせず、軽く持ち上げて口に含む。
「当然のことを告げたまでだ。メオティス様の側近でありながら、衰退を止められなかった。大罪だ」
ニヒテリダを睨みつけながら、ガイソンは盃を飲み干した。
「衰退と取るか、収束と取るか……受け止め方はそれぞれだな」
「収束だと? はっ現実の粉飾だな。己の力量不足を認められずに体のいい言葉で逃避しているだけだ」
ニヒテリダは凪いだ表情でしばらくガイソンを見据え、立ち上がる。
「俺にも新たな王と対話させてくれ。シェイド、遊戯でも興じながら話そう」
ニヒテリダはシェイドを遊戯卓へ誘い出した。




