第120話 料理人の集結
「フォーンの国の第一王子・キャルビノレ殿下の立太子の礼が行われるのです。各国の王族もお越しになり、祝宴が予定されています。殿下は僕のチーズを気に入ってくださっていて、分不相応ながら祝宴での料理監督を任せていただけたのです」
ヤイトも椅子に座り、2人に向かって語る。
「しかし、僕は身分も肩書きもない、ただの料理人なんです。由緒ある家の出の料理長は納得がいかず、他の料理人達に声をかけて、僕が監督するなら当日は全員、厨房に立つことを拒否すると……」
「祝宴料理は、1人では作れません。監督を降りて、この小屋に籠ってるというわけです」
ヤイトはエリューのティーカップに紅茶のお代わりを注ぐ。
「……料理長は悔しくなっちゃったのかな」
「やり方が陰湿ですね。王子殿下はそれ、ご存知なんですか?」
「いえ……"自分には荷が重い"と言ってお断りしました」
「本当のこと、言っちゃったら?」
「そうしてみんなが罰せられたとしても、やはり1人で厨房に立つことになります」
「うーーーん……」
エリューはティーカップを両手に持って、瞳を上に向けたり、斜め下を睨んだりしている。
「ヤイト、この辺りは魔物が住んでいる?」
「そうですね、多い方ではないですが」
「どんなのが出る?」
「デューパチェンスとか、ジャルビカスとか……」
(全然知らないな)
「最低、何人いたら厨房を回せる?」
「……それぞれの調理担当がいて、下ごしらえなどできる人員もいて……全部で10名でしょうか……」
エリューは上を向いて指折り数える。
「ね、人間の国の料理人と一緒に作るのは、どうかな」
「……えっ!?」
ヤイトとセリクが同時に声を上げた。
——再び夜がやってきた。
シェイドは魔法陣の前で闇を待つ。
レグルスも隣に座り、夜空を見つめている。
「お、でかい雲きたな。あれで開くんじゃねぇ?」
分厚く、大きな雲が月に向かって進む。
シェイドとレグルスは立ち上がった。
月が雲に隠れ、待ち望んだ闇が大地に広がった。
「陛下、お気を付けて」
「よろしくお願いします」
2人は闇へ踏み出した——
一瞬で景色が変わる。
崩壊した古城の城壁が視界に飛び込んでくる。
その城壁の下へ目線を落とすと……
並んで座り、パンにかぶりつくエリューとセリクが目を丸くしてこちらを見上げていた。
「あ……思ったより早くお越しに……」
シェイドはエリューを見るなり、はぁぁーーーと大きく息を吐くと、エリューの前に膝をつき、パンごと抱きしめた。
「頼むから、いきなり消えるのは、もうやめて欲しい……」
レグルスは呆れ顔を2人に向けた。
「……なんでこんなとこでパン食ってんだよ」
エリューはヤイトとの出会いと事情を話した。
「——ヤイトを入れて10人。つまり助っ人料理人が9人必要なの。それで、ルトと戦地給仕員のザラ、ジェノフ、マウジ、それに宮廷料理長アンゴルに来てもらって、なんとかできないかなって考えたんだけど……」
「あいつらに"先の地"へ踏み出す勇気があるかだよな……ここ、魔物いるんだろ?」
「うん、ヤイトの小屋からここに戻るまでに何回か遭遇した。私とセリクで倒せたから、みんなを馬車に乗せてちゃんと護衛したら、いけると思う」
「それにしても、戦地慣れしてて来てくれそうなのはルトたち4人だろ? アンゴルを入れても5人。まだ半分も足りないぜ」
「あ、わたしも加わるからね」
「エリュー……祝宴料理なんか作れるのかよ」
「わたし、びっくりするところまで訓練が行き届いててね」
「……料理訓練も受けてたのか。死角ねぇな」
「下ごしらえ担当にリーサとマルサを呼んだら、残りは1人」
エリューはセリクとレグルスをじっと見る。
「……2人は、野菜を洗うくらいなら、スンと出来ちゃうよね?」
「……本気で言ってんのかよ」
「期待されると、がっかりするレベルですけど……」
「いないよりいいと思う! 半人前2人で1人分!」
(あ……期待してない)
「ほら、これで11人! 予定より多い! 凄いね!」
エリューはパン! と手を叩いた。
「よし! 帝国に戻ってみんなに交渉してこよ!」
……シェイドは自分が頭数に入っていない理由を理解しつつ、小さく吐息をついた。
——宮廷料理長アンゴルは驚きの声をあげた。
「フォーンの国で、祝宴料理ですか……」
給仕員のザラ、ジェノフ、マウジも口が三角形になっている。
「そう。ヤイトが作った料理は、感動的な美味しさだったの。王子殿下も楽しみにしているのに、実現できないなんて悲しくて。ちゃんと護衛するから、一緒に来てもらえないかな……」
最初に声を上げたのは海賊みたいな男、ジェノフだ。
「異世界の異種族のところで料理するなんざ、滅多にねぇ機会だ! 俺は喜んでついてくぜ!」
ジェノフを横目に見て、ザラが口を開いた。
「戦地の調理場に立って、随分魔物も見慣れてきたし……私も大丈夫です」
マウジはいつも静かな笑顔を崩さない。
「誰かのお役に立てるのであれば、願ったり叶ったりです。私もぜひ、参加いたします」
アンゴルはテーブルの上で手を組み、黙っている。
エリューはアンゴルをじっと見つめ、答えを待つ。
……アンゴルが意を決して顔を上げた。
「先の地へ踏み込むのは、とても勇気がいります。お恥ずかしい話ですが、戦線の真近で生きていながら、私はまだ魔物を一度も見たことがありません。陛下と隊員の皆様に守られ、平和に生きてきたのだと今、痛感しております」
「しかし、料理は私の人生です。世界中の様々な料理を研究し、美味を追求している時が、私の至福の時です。まさか異世界の国の祝宴料理に携われる日が来るなんて……」
アンゴルは組んだ手にギュッと力を込めた。
「美味を追求する料理人として、助けになれるのであれば、ぜひお連れいただきたいです」
エリューはほっと息をつき、目を細めた。
「みんな……ありがとう! しっかり守るから、信じて! 最高の祝宴料理を作ろう!」
エリューは離れのメンバーの方を見た。
「——ルトやみんなも来てくれる?」
「聞くまでもないぜ」
「もちろん行きますよ、姫さま」
「また遠征に参加できて、嬉しいです!」
ルト、リーサ、マルサが答える。
「やったー! もちろんカーツも来て、私の近衛隊長!」
「はい、洗い場はお任せください」
カーツは手をあげて笑う。
「わ、これで人手が12人に増えた! きっと何とかなる。頑張ろうね!」
——翌日の日没ごろ。
"先の地"の岩場へ、2台の大型馬車と料理人達が集結した。
料理人達は2台の馬車に分かれて座り、セリクとエリューは護衛魔術士として、それぞれの馬車に座る。
先頭にシェイド、馬車の間にカーツ、後方にレグルスがつく。
「じゃあ、闇が出たら入って、そのままヤイトの小屋へ向かいます。それまでは雑談して待っててねー!」
料理人達は日々の戦線料理について、ヤイトのチーズの作り方予想などで盛り上がる。
ザラとリーサ・マルサは最近美味しかったお菓子についてなど話している。
エリューは馬車から飛び降り、馬の横に立って頭を撫でているシェイドの元へ駆け寄った。
「こんな大人数で動くの初めてだね。大丈夫だとは思ってるけど、気を引き締めないとね」
「あぁ。未開の地だ、油断はならない」
「はい! うっかり消えないよう気をつけます!」
シェイドはフッと笑った。
「祝宴では何の役にも立てず、すまない」
「そのことなんだけどね、シェイドは特別任務をお願いしたいんだ」
「……なんだ?」
「このあとね……」
エリューはシェイドに耳打ちした。
「……それなら俺も役に立てる」
「役に立つどころか、シェイドにしかできない重要任務だよ。よろしくね!」




