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第119話 フォーンのヤイト

エリューとセリクは古い街道を進んでいる。


 両側は木々が連なっていたが、ある場所から背の高い野草と果樹林に変わった。


 2人は足を止め、果樹林を見つめる。

 

「果物がなってるね」

「そうですね」

「でも、何の果物か分からないね」

「この先のことを考えると、食料は重要ですね」

「でも……ちょっと毒々しい色だよね」


 エリューはこぶしほどの大きさの、赤黒い果実を指でつつく。


「……わたしが毒味してみようか」

「いや……毒味するならどう考えても僕ですよね」

「ほら、わたし精霊だから。死なないかも」

「それ、エリュー様が生きてても僕が死なない保証にはなりませんよ」

「……あ、そっか。そうだね。うーん……お腹すいたよね」


 

「あの……すいません……」


 後ろから声がする。

 2人はスッと肩を硬め、静かに振り返る。


「その果樹林は、国で管理しているものなので、取ると罰せられてしまいます」


 頭にはヤギの角と耳、上半身は人間で下半身はヤギの異種族が立っていた。フォーンだ。

 エリューの目が輝いた。

 セリクは慎重な表情をフォーンに向けたが、瞳はこっそり輝いている。


「……そうなんですか! 危なかった」

「教えてくださり、ありがとうございます」


「この辺りの方ではなさそうですね。お困りなら、何かお手伝いしましょうか」


「はい、地理に疎くて困っていました。近くに街はありますか?」


「一刻ほど歩けばフォーンの国があります。お腹が空いているなら、私の小屋が近くにあるので、お食事を用意しますが、どうですか?」


 2人は顔を見合わせた。


 (警戒はするべきですが、2人で迷っているより良さそうですね......)

 という視線を送るセリク。


 (うん、私もお腹空いた)

 という視線を送るエリュー。

 

 コクンとうなずきあうと

「いただきます!」

 

 フォーンの後についていった。


 後ろを歩きながらセリクは小声で話しかけた。

 

「……さっき、何が言いたかったか分かりました?」

「"僕お腹空いてます"?」

「うん、全然違うけど結果は同じなんで、大丈夫です」

「え、なんて言ってたの?」

「警戒は必要ですねと」

「お腹も空いてるよね?」

「……ハイ」




 


 ——シェイドとレグルスは、荒れ地に到着した。

 ちょうど"吐息"が発生するところだ。

 地面にヒビ割れが走る。

 

 シェイドは止まることなく裂け目に向かう。

 足を早めながら剣を抜く。


「……陛下、どうしたの?」

 ゼリアがシェイドの背中を見ながら聞く。

 

「ちょっと、事件発生で荒れてます」

 レグルスはゼリアの隣で立ち止まる。

 

 長い一直線の裂け目から現れた大量の魔物の群れに向け、シェイドは斜め方向から一気に剣を振り切る。


 ガガガガガガガガガガッ!!


 シェイドの放った一閃が、第三戦線から第一戦線に向かって伸びていく。

 現れた魔物の群れは一網打尽にされる。


「あーぁ、一撃で全部倒したらちっとも時間つぶしになんねぇじゃん」

「確かに冷静じゃなさそう。何があったの?」

「エリューとセリクがうっかりミスで闇の円の向こうに行った」

「あら……それは心配ね」

「次の夜まで陛下の気を紛らわすの、手伝ってください」

「長いわね……」


 

——その日、戦線には魔物が全く現れず、配置の隊員たちは首を傾げた。






 


 エリューとセリクはフォーンの小屋についた。

 ヤイトと名乗ったフォーンの青年は2人をテーブルにつかせると、料理を始めた。


「ちょうど、誰かに食べて欲しい料理があったので」


 ヤイトは手際良く準備を進める。


「お二人とも、失礼ですが、どちらの種族ですか?」

「あ、私たち人間です」

「人間……! お会いするのは初めてです」

「この辺りにはいないんですね?」

「はい。随分と遠くからお越しになったんですね」

 

 サッと前菜の皿を2人の前に置く。


「わ、すごい! 本格的」


「僕、フォーンの国の宮廷料理人なんです」

「えぇっそうなんだ!」

 

「今度、国で大切な式典があり、それに向けて特別料理を準備していたんですが……担当をおろされてしまいまして」

 

 ヤイトは苦笑いを浮かべる。

 

「全力で取り組んだ料理だったので少し名残惜しくて……でもお二人に召し上がっていただけるなら、この料理も報われます」


「前菜は野菜とチーズを固めたものです。フォーンの国の紋章を再現しました。どうぞ、召し上がってください」


 アイボリーのチーズが盾の形を作り、計算された色とりどりの野菜が並べられ、美しい紋章を描いている。

 

 エリューとセリクは前菜を口に入れた。

 絶妙な歯応えを残した野菜。ゼリーのように野菜を固めていたチーズは口に入れた瞬間とろける。野菜の爽やかさとチーズの華やかさがふわっと鼻に抜ける。


「……めちゃくちゃ美味しい……!」

「チーズ! このチーズが凄まじい!」


「良かった、ありがとうございます。僕はチーズ作りが専門なんです」

「これ、ヤイトが作ったチーズなんだ! こんなチーズ食べたことないよっ!」


 次のスープは深い黄緑色で、あらゆる植物の旨みを凝縮したような深みがある。口に含むと芯まで温まり、なんだか元気が出てくる。

 

「フォーンは普通、薬草が専門なんです。傷の回復を早めたり、疲れを癒す薬草を加えて仕上げました」


「……こんなに美味しいのに、身体にもいいんだ」

「お代わりしたい〜……」


 魚料理は四角い切り身で、皮の表面にウロコが一枚一枚立ち上がり、カリッと仕上がっている。

 周りに2色のソースが添えられている。


「うす紫の貝のソースと、淡い黄色のチーズソースです」

 

 口に入れるとウロコがはじける。

 小気味良い打楽器のような軽快な食感。

 あらゆる貝のいいところだけ集結したようなソース。

 さっきのチーズとは素材が違うと分かる、全く別物のコクが広がるチーズソース。

 

「……この食感はやばい!」

「ちょっと感動します」


 肉料理は、肉を挟んで上下に層がある。

 上の層は白く、ムース状に仕上がっている。

 下の層は透けてゼリー状に仕上がっている。


「お肉を挟んでいるのは、どちらもチーズです」

「なんだって!?」


 口に入れると、3つの異なる食感が混ざり合う。

 丁寧に焼いたお肉の香ばしさが鼻を抜ける。


「……口の中がずっと楽しい」

「食感の移り変わりが見事ですね」


 デザートはひとくちサイズの菓子が盛られた細長いグラス。


「上から順に食べてくださいね」


 ひとくちずつ、爽やかな甘さ、花のような甘さ、濃厚な甘さと段階を経て、最後の一口を食べると少し苦しかった胃がスッと楽になる。

 

「わぁ……なんか、もう一回最初から食べられる気がしてきた……」

「苦しみを取り除くなんて、救世主みたいなデザートですね」


「ヤイト、すごいです。これ絶対すごい。フォーンの料理は知らないけど、絶対すごい。なんで担当おろされちゃったの?」


 ヤイトは目を瞬かせると、少し間を置いてから話し始めた——

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