第118話 手をついたら異世界
エリューとセリクは崩壊した古城の一角にいた。
まともな建物は残っていない。
大小のガレキの山がいくつも積まれている。
ひび割れて崩れかけ、ところどころに残る城壁が、どの程度の大きさの城だったかを伝えている。
城壁に描かれた上品な模様が、かつての優雅な様子を思わせる。
「……あぁー、これは……」
「……エリュー様、勘弁してください」
「ご、ごめんね、ちょっとバランスが……」
セリクは魔法陣に触れるが、何度触れても戻れない。
ため息をつき、空を見上げる。
「月から雲が抜けたんですかね……」
濃い紫色の夜空が広がっている。
緑色の月が浮かび、キラキラと無数の星が輝いている。
「完全に、異世界へ来てますよね……」
「1人じゃなくて、良かった」
「……確かに。そう考えれば道連れの方がマシでしたね」
「うぅ、ごめんてーー。セリクがいて心強いです」
セリクは立ち上がり、辺りを見回した。
「ここで魔法陣が開くのを待つべきか……でも待ってたら魔物に襲われるかもしれないですし……安全確保のためにも、どんなところか少し調べた方がいいですよね」
「うん、そうだね。行こう」
2人はそろそろと歩き出した。
古城跡を回り、敵の姿がないか確認する。
ときおり、怪鳥がギャンギャンと鳴いているような音、低い遠吠のような音、何かの咆哮が彼方から響いてくる。
近くに生き物の気配は感じられない。
しかし、急に何かが出てくるかも知れない。
2人は肩に力が入ったまま、一歩ずつ進む。
瓦礫をぐるっと回る。
崩れた城壁の裏側を覗く。
ときおり、後ろを振り返る。
2人はゆっくり古城跡を一周し、魔法陣まで戻ってきた。
古城跡に生き物は見られなかったが、音から察するに周りには個性的な生き物が沢山いるようだ。
「城壁に隠れて魔法陣の前で待機ですね。明け方まで魔法陣が開かなかったら、動きましょう」
「うん、そうしよう」
2人とも魔法陣に足をかけて座る。
「……地下迷宮じゃなかったですね、異世界の入り口」
「そだね。本には裂け目の話も書いてなかったしな」
「今頃みんな、大騒ぎかな……」
エリューは紫の夜空を見上げる。
「月に雲がかかるのを、待ってるでしょうね」
「誰も来ないってことは、雲がかかってないっていうことだよね」
「そうですね、陛下はきっと真っ先に飛び込まれるでしょうから」
「うん……はぁーきっと心配してるね……」
自分が泣きじゃくった日の、シェイドの戸惑う顔が浮かぶ。
エリューはため息をつき、抱えた膝に頭を乗せた。
セリクはその様子を横目に見る。
「……落ち込んでも、仕方ないですから。魔法陣の特性を調べたら次は踏み込む段階なので、一歩早かっただけです」
「ん……ありがと」
エリューは水晶玉を取り出した。
「アーカー、聞こえる?」
いつもはすぐに応答するアーカーが、返事をしなかった。
「……繋がらないのかな」
「いつもは時間を決めて連絡していますし、今日は調査だけの予定でしたから、連絡がくると思っていないのかもしれません」
「そうだよね……また後で話しかけてみる」
——数時間が経った。
遠くの空が、明るいうす紫色に変わってきた。
「きれいな色……」
「夜明けですね」
「うん」
「行きましょう」
二人は立ち上がり、歩き出した。
城門があったと思われる場所から、街道の面影が伸びている。
ほとんど草地と化しているが、規則的に並ぶ小石がところどころに見える。
2人は元街道を進み始めた。
岩場では、シェイドが魔法陣のそばを片時も離れず、闇の円の出現を待ちかねていた。
空の雲はあれ以降、全く月にかからない。
どんどん雲の数は減り、美しい星空が広がる。
普段であれば望ましい光景だが、今夜に限って明るい星は空気の読めない出しゃばり者だ。
岩場の面々は輝きを全て覆い隠したい気持ちで空を見上げる。
「セリクが一緒だから、きっと上手に導いていますよね……」
「エリュー様には、持ち前の魔力がございますから……」
誰に言うでもなく、ぽつりぽつりとシェイドの背中で呟かれた。
カプタが首を傾げる。
「みんな誰に言ってるんだ?」
ライネフが小声で返事をする。
「陛下を励ましたいんです。でも、闇の円の得体が知れない以上、何の保証もなく大丈夫だとは言えなくて……」
「ふぅん……不思議だな。事実は率直に言えばいいし、今考えても結果は分からないんだから、励ましたいなら励ませばいいのに」
思想に迷いのないカプタの言葉に、ライネフは一瞬唖然としたが、フッと笑って呟き返す。
「確かに、余計なことを考えすぎかもしれないですね」
——東の空が明るくなってきた。
それまで一切声を掛けなかったレグルスが、シェイドに声を掛ける。
「陛下、夜明けです」
「……まだ朝日はここまで届いていない」
「いや、もう月の光より明るいです」
「…………」
頑なに動こうとしないシェイドの肩を乱暴に揺らす。
「だーーーいじょうぶです! 絶対あいつ予想外の行動して笑わせてくる。気晴らしに裂け目の魔物全部やっつけにいきますよ!」
レグルスはシェイドを無理やり立たせ、荒れ地へ引っ張っていった。




