第113話 雨と森の温泉
——翌朝。
まだ雨は降っておらず、曇り空だ。
朝食を済ませ片付けをしていると、ヘクレントが3匹現れた。
ギスロムとフィンで対応する。
魔物を倒し、しばらくするとポツポツと雨が降り出した。
一行は革張りの天幕に入り、雨宿りをした。
天幕は木の柱で屋根を支えた造りで、四方は開け放たれ、森の様子がよく見える。
皆は円になって座り、それぞれ周りの気配に注意を払いながら休息した。
エリューはカードの束を掲げる。
「じゃ、雨が止むまでカードゲーム大会ね! まずはみんなで出来る"数合わせ※"からー!」
数合わせは、ギスロムが圧倒的な記憶力を見せて勝利した。
「ギスロム強い〜全部覚えてたの?」
「ふふん、この程度の枚数では負ける気がしないな」
ゲームを終えるとカーツは立ち上がり、木の枝を屋根の内側から押し当て、溜まった水をバケツに流し落とした。
フィンは革のローブをかぶり、馬の様子を見に行く。
レグルスは片手でカードを跳ね上げ、鮮やかに切った。
「なにそれ私もやりたい」
「エリューがやると、撒き散らかしてビッショビショになるからダメー」
エリューは少し唇を尖らせたが、反論はしなかった。
「……じゃ、今度晴れた日に教えて」
「いいぜ。出来ねぇと思うけど」
一行は見張りとカードゲームを繰り返し、昼食をとり、談笑して過ごした。
「……おっ、止んできたな」
ゴルが天幕から身を乗り出し、上を見上げる。
「もう出発できそうだね、まる一日潰れなくて良かった」
革のローブを外しながら、フィンが言う。
荷物をまとめ、天幕をたたみ支度をする。
一同は少しぬかるんだ地面をゆっくり進み始めた。
「……あ、見て。大きな泉!」
森の奥に、木漏れ日を受けキラキラと輝く水面が見える。
水面の上にはうっすらとモヤがかかっている。
「幻想的だね」
エリューは泉の水に手をつける。
「あっ、あったかい……これ、温泉!?」
皆も泉に手をつける。
「ぬるま湯じゃな」
「温泉……初めて見た」
「入ろうぜ」
「えー、いいなぁー」
一同の視線が一斉にエリューへ向いた。
「……そういえばこのチーム、エリューだけ女だな」
「盲点だったね。女性1人かぁ〜こういう時困るなぁ」
「困らずとも、陛下がいる。夫婦で共に入ればよかろう」
「共には……入らない……!」
「エリューが先に入って、陛下が見張り。交代して男ども入る、だな」
「そしたら私も入れる? やった〜じゃそれで!」
後発メンバーは泉から離れて待機した。
シェイドは泉とエリューに対し、完全に背を向けて立つ。
「わたし自然の温泉なんて初めて! フィンも初めて見たって言ってたね。シェイドも初めて?」
「あぁ」
「雨で濡れて気持ち悪かったから、良かったねー」
「……そうだな」
シェイドは真っ直ぐ奥の森を見つめ、短く答える。
背中の奥で、布が地に落ちる音がした。
続いて、小さく湯音が響く。
シェイドは、ことさらゆっくりと深呼吸した。
「結構あったかいよー」
「そうか」
「雨で少し温度が下がってたのかもね。あ、」
バシャ! と大きな水音がした。
「大丈夫か!?」
「うん、意外と深かった」
シェイドは大きくため息をつく。
「……頼む、助けられないから……気をつけてくれ」
「うん、ごめん」
「……でも、別にだいじょぶだよ、こっち向いても。夫婦だし」
「エリュー」
「はい」
「見ていい関係かどうかじゃない」
「……なるほど?」
「俺の背中と泉の間には、いま境界線がある」
「そうなんだ」
「調査隊の一員と、夫婦の境界線だ。俺が振り返ると、その線を越えてしまう」
「……それはつまり、"夫婦だと周りに気を遣わせるから、皆と同じ目線でいよう"ってこと?」
「…………あぁ」
「うん、わかった。私もそういう気持ちでいるね!」
(違う。理性の境界線ってことだ)
「——お待たせ! ありがとシェイド」
シェイドの両肩にポンと手を置く。
頬が紅潮し、濡れ髪をまとめたエリューが顔を覗き込んでくる。花のような香りがする。
シェイドはスッと顔を逸らした。
「交代の間、あまり遠くに行くな」
「うん、声が届くところにいるね!」
男性陣が泉に入る。
「おー思ったより熱いじゃん」
「泉が温かいって……変な感覚だな」
「旅で温泉を見つけるのは醍醐味の一つじゃな!」
「雨で冷えた身体が温まりますね」
エリューは近くの木に背をつけ、向こうをむいたまま話しかける。
「結構あったかいよねー!」
「おぅ、十分だな。ここ、戦線からどのくらいだろうなー」
「確かにー! 第三から通えるなら通いたいよね!」
カーツはサッと入浴を済ませると、服を着てエリューの元へ向かった。
「カーツは偉いよなー」
レグルスが泉のふちに両肘をついて、くつろぎながら言う。
ゴルも同じポーズで天を仰ぎ、目を瞑っている。
ギスロムは泉のほとりでお湯をかけながら汚れを落としている。
シェイドはしばらく潜水したあと、勢いよく顔を上げて髪をかきあげると、ふぅーーーと大きく息を吐いた。
男性陣が湯からあがり、支度を済ませると再び森の中を進み出した。
雨はすっかり上がり、鳥のさえずりが聞こえる。
背の高い木々、青々と茂る草、特に異変の見当たらない森が続いていく。
日没前に差しかかり、森の中で野営の準備を始めた。
湿った枝は焚き火には使いづらい。
エリューは枝を集め、端から撫でるように手を滑らせる。
枝の水分が手の動きに合わせて集まり、ポタポタと地面に滴り落ちた。
「なるほど、魔法便利じゃのう」
「ゴルの魔道装置でも作れそうだね。"枝乾燥装置"」
「ほっほ、雨の後の焚き火にしか使わんのう」
今夜も皆で焚き火を囲む。
遠征で一番美味しかった食べ物の話や、帝国の食事についてなど、食べ物の話がよく出てきた。
——夜番にゴルがついていると、フィンが交替にやってきた。
「替わるよ」
「おぉ、もうそんな時間か」
ゴルが懐中時計を開いて見る。
「少し早いぞい」
フィンは木の枝で焚き火をつつく。
「目が覚めたから、いいんだ。ゴル休んできなよ」
「お前さんはエルフなのに、ドワーフに優しいんじゃな」
「僕らは混ざり者の集まりだから。ゴルこそ、エルフなのに気にしないんだな」
「ほっほ、聞いた話じゃとエルフの王とは気が合わんな。じゃがお前さんは嫌う理由がないのう」
フィンはふっと笑った。
「不思議だね。混ざり者と虐げられて、それでもエルフでありたいと国に留まってたのに、いざ国を出たらその方がエルフとして認められて。ドワーフの友までできた。捨てたつもりが、得るものの方が多かった」
「環境を変えるのは勇気が必要じゃな。ワシの国の連中も皆、飛び出せず籠もっとる。動いた者にしか得られんものがあるんじゃ」
「"先の地"にも、得るものがあるといいな」
「すべての経験は無駄にならんよ」
言いながらゴルは立ち上がった。
「ゴルありがとう。おやすみ」
「よろしくなぁ〜」
ゴルは手を振ってテントへ向かった。
※【数合わせ】神経衰弱みたいなゲーム




