第109話 贈り物
戦線から城へ戻る日、シェイドはエリューを迎えに第一戦線まで移動した。
馬留めに馬を置いて、調理場へ足を運ぶ。
「陛下ー、今回もお疲れ様でした」
ルトはシェイドにお茶を注いで渡した。
「ここでエリューの初陣を見られて良かったです。無駄に見えた訓練も、ちゃんと役に立つんだなーと思って見てました」
自分用のお茶も注ぎながら言う。
「エリューは近接も遠隔も武器も選ばない、万能な逸材だ。改めて驚かされる」
「陛下もやっぱ凄いですね。戦いっぷりに、費やしてきた時間が見えました。ほんと二人とも......お疲れ様でーす!」
ルトはシェイドのコップに自分のコップを合わせ、グイッと飲み干した。
シェイドはコップを口元に寄せ、目線を落として聞く。
「……エリューは、どんな物を贈ると喜ぶだろうか」
「お、そうっすねー、あいつは何でも喜びますけど。そうだな……テーブルに花を飾ると必ず反応しますね。でもあいつが誰かに花束をもらう機会はほとんど無かったな」
「そうか、ありがとう」
「いえいえ。でもほんと、何でも喜びますよ」
セリクとエリューが調理場へやってきた。
「シェイドお待たせ〜帰ろっか!」
ルトが声をかける。
「エリュー、お疲れぃ! 少し慣れたか?」
「そうだね、色々勉強になった3日間だったよ」
「ゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう! また離れにご飯食べに帰るね」
3人で馬留めへ向かう。
「あ……ごめんルトに時計借りたんだった。返してくるね!」
エリューは調理場に駆け戻る。
シェイドとセリクは馬留めで2人になった。
シェイドはすかさずセリクに声を掛けた。
「セリク、エリューが好きなものを何か知っていたら教えて欲しい」
「好きなもの、ですか……うーん」
調理場に戻ったエリューはルトと笑いながら話している。
「……あ、魔封じの腕輪は、苦手な父親関連で唯一のお気に入りと言ってました。あとは……ご存知でしょうが甘いものは全般お好きです」
エリューが戻ってきた。
「ごめんねー、帰ろ帰ろ!」
3人は馬に乗り、城へと戻った。
——ゼリアが自宅に到着すると、アーカーが先に帰宅しており、玄関でゼリアを出迎えた。
「お帰りなさいゼリア。今日もお疲れ様でした」
「あらアーカー、珍しく今日は早いのね」
ゼリアがテーブルにつくと侍女が紅茶を用意する。
「定例会議が早く終わったんです」
そう言いながらゼリアに小さな白い花束を渡す。
「……ほんっとマメよね! アーカーは」
ゼリアは花束を受け取り感心する。
「帰り道に売っていたんですよ」
「そうそう、陛下もね、エリュー様に何か贈り物をしたいみたいよ。本人に聞いてみたらと言ったけど……ちゃんと聞けたかしら」
「ふふ。さりげなく提案しておきます。陛下がゼリアに相談を?」
「そう、ちょっとね。アーカーの耳に入れておきたいんだけど……」
ゼリアは"先の地"調査の話をする。
「——近いうちに二人であなたを説得しに来ると思う」
「そうですか」
「……驚かないのね」
「動機がエリュー様らしいなと」
「なるほどね……アーカーは止めないの?」
「調査は無謀ですが、無駄ではない。お二人が適任なのも事実です。止めるよりは、いかに生還させるかを考えるべきでしょうね」
「重鎮たちが黙っていないと思うけど」
「先の地調査は彼らの時代に提案されたものですから、良い後押しさえあれば納得するやも」
「そうかしらねぇ……」
ゼリアはティーカップを持ち、天井を見上げた。
——シェイドは翌日、ゴルの工房へ足を運んだ。
「ゴル、エリューの腕輪盾を作れるか」
ゴルは眉毛をあげた。
「ワシ、同じこと考えとったわい。陛下のと同じ素材で、エリューちゃんのは白金色でどうじゃろ?」
「話が早くて助かる。そうしてくれ。それから——」
魔封じの腕輪をゴルに渡す。
「これと同じ物を作れるか? 石は魔封石ではないもので代用して欲しい。魔封じの印も外してくれ」
「余裕ですじゃ。数日で仕上がるぞい」
「頼んだ」
——シェイドは執務室へ戻り、政務作業を進める。
しばらくしてアーカーがやってきた。
「魔術研究院から蔵書補充申請書が届いております。急ぎではないので、下に入れておきますね」
目印をつけ、机に積まれた書類の一番下に差し込む。
「そういえば、陛下。来週、城下町でシーカントの物産市が開かれるそうです。エリュー様用にお菓子を包む手配をしておきましょうか?」
「そうか、頼む」
「かしこまりました」
アーカーは笑顔で返事をすると、隣で政務作業を始めた。
——シェイドは政務作業を終えると、侍女室へ向かった。
急に現れた皇帝陛下に侍女室が騒がしくなる。
リーサと目を合わせ軽く手を上げると、マルサを連れて駆け寄ってくる。
「陛下、どうなさいましたか?」
「近日、花束を1つ準備してほしい」
「かしこまりました。どんなものがいいですか?」
「……どんなというと、花の種類だろうか」
「指定のお花があればお聞かせください。あとは色や大きさなど、ご希望あれば」
「……大きな花束にしてくれ。花の名前は詳しくない。エリューが好む花で作って欲しい。……任せられるか」
誰に向けた花束か分かると、リーサマルサは目を輝かせた。
「もちろんです! お任せください!」
「姫さまど真ん中の花束を、ご用意します!」
——それから数日後。
夕食を終え、エリューとシェイドは部屋に戻ってきた。
エリューは皇妃の部屋へ入り、シェイドは隣の自室へ向かう。
エリューはテーブルに目が留まった。
プレゼントの箱が積んである。
「…………?」
部屋の入り口にいるリーマルを振り返ると、二人は部屋に入らずに、扉を開けたまま押さえている。
二人とも廊下の方を向き、口元を押さえ、今にも歓声が漏れそうなのを必死で堪えている顔だ。
次の瞬間——
扉の向こうから、シェイドが大きな花束を片手に下げて現れた。
エリューの胸が急に高鳴る。
シェイドは歩きながら手首を返し、花束をくるっと持ち上げる。
色とりどりの鮮やかな花たちがエリューの視界に飛び込んできた。
「えぇぇーーーー…………なになになにこれ!?」
エリューは自分の両腕を抱きしめるようにして声をあげた。
リーマルは堪えきれず小さな歓声を漏らし、閉めたくなさそうに覗き込みながらゆっくり扉を閉めた。
「……妻には、贈り物をするものだと知った……全く贈らずにいて、すまない」
シェイドから差し出された花束を、両手で抱えるようにして受け取る。
視界いっぱいに色とりどりの花が広がる。
エリューの周りが花の香りに包まれる。
「……はぁぁぁーー! いい香り、綺麗〜!」
花束に見惚れながらゆっくりと息を吸い込む。
「リーサとマルサがエリューの好きな花を選んでくれた」
「そうなんだ、さすがリーマル! ど真ん中だわ」
「それ、言ってたな」
シェイドは笑いながら大きめの箱を手に取る。
「シーカントの菓子が手に入ったので、それも」
「えっ! ほんと!?」
エリューは花束をそっとテーブルに置き、差し出された箱を受け取った。覗き込みながらそっと蓋を持ち上げる。
「……メクレナだ! きゃーうそうそ日持ちしないのになんで!?」
「城下で市が開かれているらしい」
「凄いー! シーカント行った時、売り切れで食べられなかったの! 嬉しい!」
シェイドはテーブルの四角い箱を取り、差し出す。
エリューはメクレナに蓋をして、箱を受け取る。
「……あ、これ、腕輪盾!?」
「ゴルが、エリューなら白金色がいいと選んでくれた。これから魔物と対峙する機会が増える。念のため持っていてくれ」
「そっか……! 私が贈ったものが自分にも贈られるなんて……嬉しい! へへお揃いだね!」
最後の小さな箱を渡す。
「気に入っていたと聞いた」
エリューが箱を開けると、見慣れた腕輪が姿を現す。
「え……これ……どうしたの!?」
「魔封じの腕輪を元に、ゴルに再現してもらった。魔封じの効果はない。安心して着けていい」
「魔封じの腕輪……シェイドが持ってたの?」
「……あの日、お前を追いかけていって、拾った」
「じゃあ、あれからずっと持っててくれたんだ…………ありがとう」
シェイドは腕輪をエリューの手首につけた。
「……うん、これ気に入ってたの。小さい頃からずっとずっと身に着けてたから、なくなって違和感あったんだ……凄く嬉しい」
エリューは吐息をつくと、シェイドの胸元に顔をうずめた。
「シェイド、こんなに素敵な贈り物を考えてくれて…………嬉しいよぉ〜。ありがとう」
エリューの喜ぶ姿に、シェイドの頬が緩む。
(そうか……だから贈るのか)
——翌日。
執務室にアーカーが入ってくる。
「お菓子は喜んで貰えましたか?」
「あぁ、遠征の時には食べられなかったものらしい。リーサマルサと喜んで食べていた」
「それは何よりでした」
「今回、エリューに近しい者たちに質問した。みな答えが違った。それぞれ、エリューのことをよく知っているので驚いた」
「エリュー様について沢山知れる良い機会でしたね。今後、月日を重ねていくと、贈りたいのに案が尽きて悩む日が来ますよ。今回得た情報は、これから少しずつ使っていけますね」
「アーカー」
「はい、陛下」
「……それを先に言え」




