第108話 ゼリアの説得
「夕食の時間になったらそっちにいくから、ゼリアさんと雑談して待ってて!」
エリューの初陣の日シェイドはエリューと第一戦線にいたが、翌日からはシェイドのみ第二戦線に移った。
第二戦線には騎士団一番隊が配置されている。ゼリアが隊長を務める部隊だ。
(雑談……)
日中魔物と戦いながら、シェイドはゼリアとの雑談について頭を巡らせた。
ゼリアは剣を振るいながら身軽に戦線を飛び回り、瞬く間に敵を倒していく。
一段落すると隊員に声を掛ける。
「こないだ言ってた剣の構え、良くなってるわね」
「さっきみたいにぶつかってきたら、重心をこっちにずらして……そうそう」
強くて美しいゼリアは、隊員たちからの信頼も厚い。
ゼリアの周りには常に人がいる。
戦いに必要な情報のやり取りはするが、シェイドはゼリアと雑談をしたことがなかった。
夕食の時間がやってきた。
「メシだぜー!」
第二戦線の給仕員は海賊のような男・ジェノフだ。
見た目は豪快な男だが盛り付けは繊細で、送られてきた料理に独自のひと手間を加えて出す。
隊員に囲まれて食事を始めたゼリアに、シェイドが声を掛けた。
「ゼリア、少しいいか」
「はい、陛下」
ゼリアは立ち上がりシェイドについていく。
二人は丘の見晴し台に座った。
地平線は薄暗く、群青色に変わっていた。
「今日の魔物の出現量は少なめでしたね」
「あぁ」
「最近は隊員の大怪我もなく、順調ですね」
「そうだな」
「……ゼリア、アーカーとは、普段どんな話をするんだ」
(あら……陛下が戦線以外の話題を振るなんて、珍しい)
「仕事の話が多いですね。陛下とエリュー様の話題もよく。あとは、城下で何が流行ってるだの……」
「……あ、陛下もしかして、エリュー様とケンカしましたか?」
「いや……」
「……何か贈り物を貰ったことはあるか」
(おぉっ、そういうこと?)
「はい。アーカーはマメで定期的に贈り物をくれるんです。話題の本やお菓子、アクセサリー、花束もありますね。あとは、部屋に飾る置き物とか……」
「……何か理由があって贈るのだろうか」
「誕生日や記念日などは理由がありますが、基本的に理由はないですね。道で売ってたとか、話題になってたとか……」
「そうか……。じき、エリューがここに来る」
「あら、そうなんですね。どうしました?」
「ゼリアに話がある」
「何かしら。じゃあその前に、エリュー様への贈り物を決めておきましょうか」
「シェイドー、ゼリアー!」
エリューが食事の器を持って、こちらへ小走りしてくる。
「あら残念……間に合わなかったわ」
「今日もお疲れ様でしたー! カンパイッ」
エリューは二人の横に座り、木のコップに入った水を向ける。
「ねぇねぇ、私知らなかったの。ゼリアとアーカーは夫婦だったんだね!」
「そうなんです。騎士団の入団試験の時に出会って、一緒に研修を受けた同期なんですよ」
「へぇぇーじゃあ、長い付き合いなんだね。いつ結婚したの?」
「かれこれ、もう……5年前?」
ゼリアは指折り数える。
「結婚式はシェイドも出席したの?」
「あぁ」
「えぇーいいなぁ、私も二人の晴れ姿見たかった。どんなドレス着たの?」
「マーメイドドレスです」
「きゃあぁ〜ゼリア似合うね!」
エリューは高速で雑談を回し始めた。
シェイドはホッとした様子で食事を進める。
「アーカーって、何でもお見通しな感じ、するよね」
「頭がいいので、そう見えるかもしれないですね。でも、彼でも思い通りにいかないことはありますよ」
「そうなんだー! ね……アーカーとゼリアはさ」
「……"先の地"について、どう考えてる?」
「…………というと?」
「わたし、"先の地"を見に行こうと思って」
ゼリアは手に持っていたパンをスッと器に置く。
「……本気ですか?」
「うん。本気で考えてる」
「……双頭竜がやってきたところですよ。双頭竜が山ほどいるかもしれないんですよ」
「戦線を塞ぐ案が出ているんだよね。その前に塞いでもいいか確認しに行きたい」
「塞いじゃいけない場合なんて、ありますか?」
「"先の地"に、魔物以外の種族がいるとしたら?」
「えっ……」
「ノームの古書に、地下世界に住む異種族の話があって……。塞いでしまったら、もう行き来は出来ない。もし、向こうからこちらに来たい誰かがいても、叶わなくなっちゃうよね」
「……長年、こちらに来るのは魔物だけです。いるかも分からない存在のために開けておく必要はないかと」
「それを確認しに行けば、心置きなく塞げるじゃない?」
「…………」
ゼリアはしばらく沈黙した。
「……陛下は、どうお考えなんですか。エリュー様を "先の地"へ送れるんですか?」
「"先の地"へは、俺も行く」
「……!!」
「陛下を危険な地に送り込むなど、できません! 先の地であの日が再現されでもしたら……」
「それは戦線に居ても同じことだ。他の者に行かせるより、俺とエリューで行った方が帰還率は高い」
「…………」
「新戦団の設立や異種族の招致で、俺は戦線を離れる時間を持つことができた。その時間は、エリューが望むことのために使いたい」
ゼリアは険しい表情で考え込んでいる。
エリューは唇に力を込め、ゼリアの返答を待つ。
「……せっかく空いた時間を、わざわざ危険なことに使わなくても……観劇とか、旅行に使えばいいじゃないですか」
「あ、それもやるよ。全部、やるんだけどね」
「……エリュー様にとって、観劇と先の地は同じ立ち位置なんですか」
ゼリアは苦笑いした。
「確かに、剣術最強の陛下と魔術最強のエリュー様のお二人が調査に適任なのは反論しませんが……」
「アーカーも納得してくれるかな」
「説得に骨が折れるのは、アーカーより古参の重鎮たちだと思いますよ」
「……確かに、そうかも」
「反対を押しのけても行きたいなら、頑張るしかないですね」
「はい、頑張ります!」
ゼリアは二人の器を自分の器に重ねて持ち、立ち上がる。
「頑張ってくださいな。あ、陛下"あの件"は、本人に聞くのが確実だと思いますよ。それじゃ」
ゼリアは調理場へ歩き出した。
「はぁー、ギリギリ合格点もらえた感じだね、良かった!」
「あぁ」
「じゃあ、私もそろそろ第一戦線に戻るね!」
「エリュー」
「ん?」
「……いま、欲しいものはあるか」
「んーん、ないよ? じゃまたね!」




