第107話 セリクの兄
「——セリク、久しぶりだな」
エリューの初陣の日。
林の中で、魔術士の一人がセリクに声を掛けた。
「……ローヴァー兄さん」
「皇妃補佐官になってから、殆ど家に帰らなくなったと聞いてるぞ。手紙を出しても返事が来ないと」
「——遠征があったり、バタバタしていたので」
「陛下の結婚式で、御者を務めていただろう。なぜ家に報告しなかったんだ?」
「…………」
「精霊召喚の時は、魔術士のまとめ役にお前が出てきて、驚いたぞ」
「会うなり説教ですか。勘弁してください」
「説教じゃない。お前の活躍を家族が喜ばないわけないだろう」
「僕は報告するような活躍なんてしていないです」
「何の音沙汰もないから心配してるんだ」
「忙しかっただけです」
「そんなに忙しいのか? 業務を見直してもらうよう大伯父君に——」
「大丈夫です!」
セリクはローヴァーの言葉を遮ると、背を向けて駆け出した。
林を出て丘に進むと、エリューとシェイドが並んで座り、話している。
邪魔をしないよう、遠回りをして調理場の方へ向かう。
調理場の前を通り過ぎようとすると、ルトが話し掛けてきた。
「おっセリク、まだメシ食ってないよな!」
「いえ……いりません」
「なんだ、喉通らねえのか? オッサンにちょっと話してみな?」
「いえ、大丈夫です」
「話すか食うか、どっちかだぞ」
「じゃあ食べます」
「ははは! 食いな食いな!」
調理場の裏に座り、パンを無理やり口に押し込む。
ギュッギュとパンを噛み潰しながら、頭を巡らせる。
スープでパンを喉へ流し込み、皿を持ってルトの元へ戻る。
「ごちそうさまでした」
「おぅ、腹いっぱいになると、気分も変わるぜ。どうだ、オッサンにちょっと話す気になったか?」
「……僕が良くても悪くても家族は説教ばかりで、ちょっと嫌気が差しました。かといって、わざわざ功績を報告して褒められたくもないし……特にして欲しいことは無いんです。だから相談するほどのことじゃないんです」
「そうか。家族に放っておいて欲しいんだな」
ルトはセリクの肩をポンと叩く。
「いちいち干渉されるとめんどくさいよな。もう子どもじゃねぇのにな」
「その気持ちを素直に一度ぶつけてみな。自分のことは自分でやるから黙っててくれって。わざわざ言ってやんなきゃ分かんねえんだよ」
「でも親は勝手に心配する生き物だから、あんまり音沙汰ないと追いかけてくる。適度に情報を与えて安心させといた方が自分がラクだぜ。言いたいこと分かるか?」
「……はい」
「セリク!」
ローヴァーがやってきた。
「次の休みは家に戻るんだ。俺も一緒に行くから。休みはいつだ」
「…………」
セリクはうんざりした顔でため息をつく。
「おっ、セリクの兄ちゃんか。兄ちゃんもまだメシ食ってねぇな。ちゃんと食えよ」
ルトはスープをよそいながら言う。
「いやー、セリクは最近、うちの姫さまにかかりっきりで大忙しだったよなー。遠征に結婚式に大召喚に……」
「……落ち着いたら自分のタイミングで帰ります。あまり子ども扱いしないでください」
「兄ちゃん、とりあえずメシ食え!」
ローヴァーに器を渡して背中を叩くと、ルトは水場へ向かった。
ローヴァーから逃げるように水場についてきたセリクは、ルトに器を渡した。
「——ありがとうございました」
「俺はメシ食わしただけ。セリクが自分で言っただろ」
水場で洗い物をしながらルトが答える。
「……もし伝えても、何も変わらなかったら……?」
「そん時はまた、会議しようぜ」
「……はい」
セリクは立ったまま、洗い場で揺れる泡をじっと見つめていた。




