94話 百花繚乱の果てに
カルタとロッキの力が反発し合う。
フランは不安そうにロッキを見つめていた。
青いオーラに包まれたカルタは、両手のひらをロッキに向けた。
紫の呪力に包まれたロッキは、下唇に指を当てながら左手のひらをカルタへ向けた。
「わかっているだろうけど青龍は神の力だからね、一言主神の力でも回避不可だよ」
「……先ほど直撃しそうになりましたから、重々承知していますよ」
「わたしの神通力に、君の呪力が対抗できるのだろうかね?」
神通力で身体を覆うカルタ。
今の彼女に一言主神の力は通らない。
呪術も効力を削がれてしまう。
それでも。
――ロッキは撃つ。
微笑むカルタ。
彼女は青くゆらめく龍神の波動を放つ。
「君と共にこの世界を作り直したかったよ!
――残念だ!」
真っ直ぐにカルタを見つめるロッキ。
彼は紫色に輝く呪力の球体を放つ。
――『虚空の式』
バチバチバチーッ!
波動と呪力が激しくぶつかり合う。
眩い光が一帯を照らす。
フランは目を伏せながら声を上げる。
「ロキ坊! ……ロッキー!」
大爆発が起こり、カルタとロッキはそれに飲み込まれるように消えていった。
――――――
光がすべてを飲み込み、世界が途切れた場所。
そこは音もなく――
ただ、白に塗りつぶされたような空間だった。
そんな世界に足を崩して腰を下ろす2人。
卑弥呼と役小角は、落ち着いた様子で会話を交わしていた。
「茶でもあれば……いいのだがねぇ」
「僕はコーヒーが飲みたいところです……」
「君はあんなに苦い物を好むのかい?
わたしは苦手だね」
「ミルクと砂糖を入れて飲めばいい」
「試したことがないよ……」
「あれは薬だと思って飲むのですよ。
気分を落ち着かせ、頭を冴えさせる効果がある。
大変良き飲み物です」
「邪馬台国にはあんな飲み物はなかった」
「僕のいた時代にもありませんでしたよ」
そこには、当時の姿のままで談笑する2人がいた。
「虚空の式だったかな?
わたしが生み出した呪術にはあんなのなかった……
君が考えた術かい?」
「えぇ、光る球体の全体が無空間になっていましてね。
触れるだけで、あらゆるものを飲み込んでしまうのですよ。
ですからあなたの神通力である波動も飲み込んだわけです」
「まこと、恐ろしい術だねぇ」
「よくおっしゃいます。
飲み込む虚空を、青龍の波動で上から覆い、押し潰そうとしたではありませんか?」
「……そのおかげで大爆発だったね。恐ろしや恐ろしや」
微笑み合う、卑弥呼と小角。
「その力があれば……君の国ぐらい作れたろうに……」
「興味がないのですよ……」
「呪術を人を守るために使うのだろう……?
矛盾した使い方よなぁ。呪いで人助け……」
「呪いで国創りも物騒でしょうがない……」
「……まったく、君は可愛げがないから困る」
卑弥呼は立ち上がり伸びをした。
小角に背を向けて話を続ける。
「その考え方が、この異世界の人間とも上手くやっていける秘訣なのだろうね。
あのフランという娘……随分お気に入りじゃないか」
「出会った時から僕の考え方と近いものがありました……。
彼女がいなければ、すでに村を出て、この戦いにも関与していなかったかもしれません」
「……どのような考え方が近かったの?」
「とにかく……彼女は、人を守ろうと必死でした。
辛い過去があり、目を背けたい現実もあった。
それでも、村人を守るため、頼ってきた者を救うため、剣を握り立ち上がった……」
「人を呪わば穴二つ……
呪いを使えば呪いが還る。そうと知りながらも、
人を守ってきた君に近いと――
そういうこと?」
「まぁ……こじつけのように聞こえるかもしれませんが、
そんなところです」
「……君は本当に……欲がないねぇ」
「前の世でも……質素な生活をしてましたから」
卑弥呼は小角へ首を向けた。
「わたしはこの力を使って王になろうとした……
でも君は、その力で普通の人でいようとしたのだね――」
「……そうです。僕も、彼女も、
ただ人として普通のことをしようとしただけなのです」
「……」
卑弥呼はまっすぐに歩き始めた。
その先は何も見えない真っ白な空間。
その先は何もない真っ白な世界。
彼女はポツリと呟く。
「今更だけど……
家族ごっこに付き合わせたシルドには、
心から申し訳なかったと思うよ」
「……彼からすれば、あなたは良い母親だった」
背中越しに、彼女が小さく笑ったような気がした。
「さて、この門の向かうは……どうなっているのかねぇ?」
卑弥呼は背を向けたまま小角へ手を振り、
真っ白な世界へ、溶け込んでいった。
――――――
激しい爆発により、立ち上る砂埃。
風に流され視界が開ける中、フランが見たもの。
カルタへ両手を開けて向けているロッキの姿だった。
「よかった……ロキ坊! 無事だった!」
「!」
「……あれは、鬼門封じ?」
フランの横にいる後鬼が声を上げた。
ロッキは両手をカルタに向けて召喚呪術の展開を行なっていた。
カルタは呆然と立ち尽くしロッキを見ている。
カルタの両隣には、巨大で物騒な門が2つ見えた。
それが後鬼の言う鬼門封じだった。
右に見えるのが、鬼門――
左に見えるのが、裏鬼門――
同じ時、同じ場所に姿を見せることのない、
黄泉の国へ誘う2つの門。
カルタは両門に左右の身体を引かれ、動けないでいる。
「たまげたもんだ。鬼門、裏鬼門を同時に?
……こんな使い方ができるだなんてねぇ」
「一言主神の力で口寄せしました」
「……神に神の力は通じない……油断していたのはわたしだったか」
対峙し合いながら目を閉じる2人。
そして――なぜかカルタは微笑んだ。
「色々後悔はあるが……」
「?」
「コーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んでおけば良かったよ……」
「……機会があればぜひ」
ロッキは、カルタに向けていた両手を叩くように合わせた。
――『合鬼門』
鬼門、裏鬼門、2つの黄泉への門がカルタに迫る。
「さて、この門の向かうは……どうなっているのかねぇ?」
――閉門
重なりあった鬼門、裏鬼門が泡のように消えていく。
その後には――
カルタの姿は、すでになかった。
ロッキはそのままカルタへ――否、
卑弥呼に向けて合掌し、静かに見送った。
そして――
乱れ咲いていたすべての戦いが、
静かに終わりを告げた。
――百花繚乱は、静かに幕を閉じた。




