93話 ふたりの英雄
白虎の前に――フランが立った。
神獣を前にしても、フランは一歩も引かない。
「……フラン」
「紅葉は下がってて……」
フランは抜刀の構えをとった。
――――――
フランの登場を見ていた小角。
「早い……接近にまったく気付かなかった……
すごいなフラン姉さんは……」
「あの娘、本当に人間なの?
ジーラブールを倒してここまで来るだなんて……」
カルタですら目を見張るフラン。
小角は安堵の息を吐き、カルタへ視線を戻した。
「彼女のおかげで、あなたを呪わずに済みました」
「……それは最後までわからないことさ」
「あなたの青龍の力と一言主神の力比べ……
不毛な戦いだとは思いませんか?」
「所詮は呪術師同士……最後は術の勝負になるのかねぇ?」
互いに向き合い、2人とも下唇に指を当てた。
カルタが発する青龍の神通力と、小角の呪力が激しくぶつかり合う。
「ふふっ……この一撃で勝負は決めさせてもらうよ」
「ちまちまと打ち合うのは、僕も好みではありません……」
2人の間に、嵐のような風が吹き荒れる。
――――――
睨み合う白虎とフラン。
白虎が尋常ではない強さだと、フランは理解した。
おそらく島の主より強い。
でも――
負ける気がしなかった。
先に動いたのは白虎。
裁断された爪は元に戻り、両手の爪を伸ばしての猛攻が始まる。
フランは難なく攻撃を躱す。
風の音――
大気の揺れ――
眼の動き――
筋肉の流れ――
五感ですべてを読み取り、動きを合わせていく。
――いや、すでに先を取っていた。
しかし、躱す度に白虎の動きは速くなっていく。
「!」
白虎が、急激に攻撃速度を変えて攻撃を繰り出してきた。
――白虎は様子見だ。
目に見える爪の長さ以上のリーチで攻撃が飛んでくる。
目だけで攻撃を追いかけていれば、すでに殺されていただろう。
抜刀――
閃光が走る。
白虎はそれを受け流す。
敵もまた、五感でフランを捉えている。
互いに距離を取り直し、
再び抜刀の構え。
後鬼は微笑みながらその戦いを眺めていた。
「フラン……その者は、神というやつです」
「……えっ? 神様!」
「えぇ、それに勝てばあなたには神殺しの二つ名が付きます」
「いらないんだけど……そんなの……」
「箔がつくじゃありませんか……」
「……」
「それに……神も鬼も妖も、人間に仇なす者として何も変わりありません。
やらなければ、やられる……」
「神様って……守ってくれる存在だと思っていたわ」
「神など人間の都合で作った虚像です……味方などではありませんよ」
「なんか、がっかり……」
「大丈夫。そんなものに頼らずとも、あなたは強い――」
さっきより早い速度での攻撃がくる。
抜刀からの剣撃で対抗――。
――バババババババババッ!
刀と爪のぶつかり合う音が耳をつく。
折れない刀――小鴉丸。
白虎の高速移動からの力技にも、すべてをいなし続けることができる。
互角――いや、それ以上に渡り合っているフラン。
しかし――
カーンッ!
小鴉丸が手から弾かれた。
ジーラブールとの連戦、フランの握力は弱っていた。
それでも攻め立てる白虎。
躱し続けるフラン。
手から離れた小鴉丸との距離は広がっていった。
――丸腰。
小鴉丸は白虎の後ろにあった。
取りに動けば、格好の餌食となるのは想像に難くない。
武器を持たない敵を見て、勝ちを確認したのだろう……
目の前の白い獣の顔は、うっすら笑っているように見えた。
フランは右手のひらを正面に向けた。
それを眺めながら、白虎がゆっくりとフランに向かって歩いてくる。
勝利を確信した足取り――
優位な立場にいる者の仕草――
強き者は、
どうしていつも驕ってしまうのだろう?
どうしていつも道を踏み外してしまうのだろう?
そして、
どうしていつも……足元をすくわれるのだろう――
フランは一歩も引かなかった。
「小鴉丸……来て」
そう言うと同時に、フランは白虎に向かって飛び込んだ。
すると白虎の背後に転がっていた小鴉丸が、瞬きの一瞬でフランの右手に戻ったのだ。
油断をしていた白虎、
急ぎ戦闘体制に戻るわずかな時間――
――斬ッ!
斬斬斬斬斬斬斬ッ!
フランは、すでに白虎の後方に立っていた。
白き獣はピクリとも動かず、彼方の空を見ていた。
フランは首を向け、声をかけた。
「あなたの敗因は、わたしを――
わたし達として見て戦っていなかったこと」
「……」
「わたしと小鴉丸――
2人と戦っていることに気づいていなかったから」
――それが、勝敗を分けた。
白虎の身体に無数の線が引かれ、
揺れると、レンガが崩れるように
音もなく――崩れ落ちた。
朽ちた白虎を確認したフランは、
慌ててふたりに目をやった。
「紅葉! 前鬼さん! 大丈夫?」
フランが後鬼に駆け寄る。
「フラン……素敵でしたよ……
食べてしまいたいくらいに……」
「だから、それ笑えないから……
それより前鬼さんは?」
「……愛する女を守れなかった男など、捨て置きましょう」
前鬼は意識があるものの、
合わせる顔がなく起き上がることができなかった……。
「ロキ坊は?」
「……あちらに、カルタと2人きりでおられます」
少し離れた場所で、カルタと向かい合うロッキを不安そうに見つめた。
「ロキ坊!」
フランの呼びかけなど聞こえない。
――決着の時が、来た。




