89話 終わりへの起点
カルタからはっきりと殺気を感じる。
彼女は、ロッキを敵と見なしていた。
「シルドさんは……?」
「……家族を持つといった感覚を味わいたい願望があったのさ、
シルドとソウドは、そのために用意しただけの存在だよ」
「肖像画……あれはなんだったんです?」
「国を治めるのに家族はいらない。
民が家族だから……
ただの余興さ――家族ごっこ」
ロッキは目を閉じた。
彼女に悪意は無い。
彼女に迷いは無い。
――彼女は正しいのだ。
正しい彼女に、何を言っても意味をなさない。
「ロッキ……念のために聞いておこう」
「はい?」
「わたしの国づくり、手伝う気はないかい?」
冗談ではない。
彼女は本気で言っている。
「君は……前世でできなかったことをもう一度やり直そうとは思わないのかい?」
小角も異世界へ来てからずっと考えていた。
――生まれ変わりについて。
それは呪術を使うことで生まれる業。
償うべき罪。
それでも呪術師は同じ過ちを繰り返す。
生まれ変わりのあと――
これより先のことなどわからないのに……。
「……」
「随分と考え込んでいるね……」
ロッキはゆっくりと目を開いた。
カルタを見る。
彼女は微笑むようにロッキを見ていた。
「そうですね。
前世でできなかったことをもう一度……
僕もこの世界にきてからずっと考えていました」
「……」
「同じです。
あなたも僕も……
前世をずっと引きずっている」
「君にも、わたしの国を作るのと同じように、
成し得なかった夢があるということだね?」
「……そんな立派なものではないですよ」
「謙遜することはないさ……」
「僕は……困っているみんなを守りたかった……
苦しんでいる人々を、笑って過ごせる道へと導きたかった……」
「……立派だよ。
わたしの思想に極めて近い……。叶えよう、ともにね」
「……いえ、
遠いと思いますよ……僕たちの思想」
「?」
「あなたは、あなたの世界を作るといった思想を通すために、
誰かを困らせて苦しめている……
僕は……そんな人たちを守りたいと思う側です」
「……そうかい……困ったねぇ」
「えぇ……困りました――」
「……」
「残念です――交渉決裂ですね」
カルタを取り巻く兵隊たちが、一斉にロッキへ身体を向けた。
――――――
フィートがアイナのもとへと走る。
彼はすでに詠唱を始めていた。
――これは先程ベルゼにかけていた呪文。
発動してから数分間だけ、全能力を強化する呪文。
「アイナ! 受け取れ!」
フィートの両手が光り輝くと――
アイナの全身から、赤いオーラが立ち上る。。
魔戦斧が纏う魔力の色も赤色に染まった。
この呪文、ベルゼ以外に使用したことのない呪文だった。
数分間の能力強化――
それが意味するのは、想像を絶する身体への負担だ。
血液の沸騰、筋肉の断裂、内臓への負担――。
数々の猛者が、その代償に倒れていった。
それほどの負荷を、身体に強いる呪文なのだ。
そのため、フィートが得意とする呪文ではあるが、禁術の1つとして登録されている。
この呪文を難なく使いこなすベルゼ――
彼もやはり、天才冒険者の1人なのだ。
アイナの斧とエースが使うタイタンの拳。
その撃ち合いの均衡が崩れ始める。
フィートの目には、アイナの斧さばきにシルドの影が見えた。
アイナが僅かに押し始める。
必死に耐えるエース。
「クソが! クソ女がぁ!」
アイナは背中の傷口が開き、血が止まらない。
このまま長引けば、アイナは持たない。
「決めてくれ! アイナァー!」
その声が斧に乗るように、エースの左肩へ切り込んだ。
一瞬――
ほんの刹那――
エースの動きが止まった。
「!」
これが勝敗を分ける一撃となった。
――絶え間ない魔戦斧の乱撃が唸りを上げる。
ズバババババーッ!
「い……いてえぇ……。
無茶苦茶斬ってくれやがって……
ヒュドラ……で、すぐに再生を……」
能力の切り替えを試みるエース。
しかし、アイナがそんな時間を与えるわけない――。
「再生を……っ、早く……」
更なる斧の乱舞――
再生しかけた肉が、次の斬撃で削ぎ落とされる。
「チキショー! 再生をーっ!」
――グチャッ!
頭部を切断。
一瞬、すべての動きが止まった。
そして、斧が差し込まれた頭部から魔力が暴走し、炎を吹き上げた。
――エースの焦滅。
その存在は、この世から完全に消え去った。
アイナ、フィート、サラ、ベルゼ、ミラ。
全員の力で、ようやく掴んだ勝利。
満身創痍のアイナが、
シルドからもらった斧で、
シルドの仇を獲った瞬間だった――
フィートが駆け寄る。
「アイナ……君って子は……ベルゼと一緒でいつも無茶ばかりする……
すぐに回復呪文をかけるからね」
アイナの反応が無い――
すでに意識を失っているようだ。
「まったく……
何もかもベルゼとそっくりじゃないか……」
フィートは文句を言いながらも涙ぐんでいた。
重傷者多数。
アイナとサラは瀕死状態。
それでも、このギルドチームは勝利を掴み取ったのだ。
――――――
100体の兵士が、一斉にロッキに向かって進軍した。
前鬼と後鬼が一歩前に出た。
「10秒ほどで皆殺しにいたしますが、よろしいですか?」
後鬼の提言を、小角は手を挙げて止める。
そして、一言主神の力を解放した――
《一帯に影響を及ぼせし術を無効とする》
次の瞬間――
降霊術で召喚された100体の兵士と新生命体は、
音もなく崩れていった。
抵抗する間すらなかった。




