83話 絶対にない絶対のこと
ベルゼは、待機させてある馬車までアイナを運んだ。
馬車へ向かう間も、ミラは途切れることなく治癒魔法をかけ続けていた。
長時間の魔術放出により、彼女の身体からは明らかな疲労が滲んでいた。
「フィートは何をしている。ミラ、あいつの位置はわかるか?」
「はい。間違いなくこちらへ向かわれています……ただ……」
「どうした?」
「……追手がフィートさんに迫っています」
「!」
「追手を撒くように動いているため、こちらへ合流できないようです」
「追手は何人だ?」
「ひとりです……。おそらく、以前逃がしたエースという者だと思います」
「あいつか……」
その名を聞くなり、ベルゼは大剣を強く握り締めた。
感知している方角をミラに確認すると、
馬車から飛び出しフィートのもとへ急行した。
――――――
ベルゼとミラのもとへ向かう途中、フィートはすでに追手の存在に気付いていた。
このまま合流すれば、皆を戦闘へ巻き込むことになる。
治療中のアイナに支障が出ることを恐れ、フィートは距離を保っていた。
追手は、じわじわと距離を詰めてくる。
フィートはAランク冒険者の中でも魔法使いに分類され、接近戦は不得手だ。
一方、相手は近中距離を得意とするタイプであることが、動きから察することができた。
さらに――
それとは別に、異質な気配が迫っている。
この気配は魔力だ。
しかし、普通ではない気配。
――新たな追手だろうか?
最悪の状況だ。
加えて、ひとつ気がかりな点があった。
カルタの魔力が、異質な“何か”へと変わった。
――これまで感じたことのない気。
とてつもなく神聖で、巨大な力。
もしこれがカルタのものだとすれば、
相手が何者であっても負けるはずがない。
今いる場所は住居の立ち並ぶ区域だ。
追手はフィートの魔力を追って来ている。
不安定ながらも感知しているようで、
確実に迫りつつあった。
「ふたり揃うのはまずい……
ひとりずつ相手にするしかないか」
身を潜めながら戦闘準備に入ろうとした、その時――
フィートは自分の手指が紫色に変色していることに気付いた。
――毒だ。
即座に理解し、解毒の術を唱えて進行を抑える。
下手に動けば、毒の回りが早まる。
逃げる敵を一網打尽にするための、広範囲毒散布。
この威力からして、追手が並の敵でないことは明白だった。
――その間に、追いつかれた。
「やっと追いついたぜ。ちまちま逃げやがって!」
姿を現したのは、エースだった。
彼はペアルトから、カルタ以外の冒険者を皆殺しにする命令を受けている。
フィートは解毒を中断し、魔力を杖へ一点に集中させる。
もうひとりも、すぐ背後まで来ている。
ここで決めなければならない。
杖先を向けず、魔力を隠したまま蓄積する。
毒の進行を考えれば、一撃必殺しかない。
確実に当たる射程距離まで、魔力を溜め続ける――
「毒の進行を遅らせてやがるのか。
面倒な奴だ。毒で死んでくれりゃ楽だったのによ。
命乞いとかすんなよ、サクッと終わらせて次行くからよ」
エースが悪態を吐きながら、飛び掛かった。
――今だ。
『魔力界砲!』
詠唱と同時に、魔力の塊を放つ。
小角へ放った時とは比べものにならないほどの大きさだ。
直撃を危険と判断したエースは、間一髪のところで回避した。
「!」
「何か企んでることはわかっていたぜ!」
「くそ……!」
エースが一気に間合いを詰める。
その瞬間――
近くの井戸から水の塊が飛び出し、エースを包み込んだ。
「ぐぁ! なんだよ、これ!?」
「なんだよって水臭いね。今まで散々見てきたくせに……」
フィートが感知していたもう1つの気配――
それは――サラのものだった。
「サラ!? なんで生きてる!
とっくに拷問されて死んでると思ってたのに!」
「エース……あんたを殺しておかないと、死んでも死に切れない!」
水を礫に変え、弾丸のように撃ち込む。
だが、エースは皮膚の硬質化で全てを受け切った。
水を刃に変えて斬りかかるが、効果は見られない。
「ムカつく男だ!
呪いも使えて、ヒュドラとタイタン――
2種のモンスター能力まで使いやがる!」
「……俺に歯向かっても死なねぇのか?
解呪されてるじゃねぇか! 何してくれてんだ、冒険者ども!」
サラは両手を合わせ、小さな三角形を作る。
井戸の水が、その三角形の中へと凝縮されていく。
「知ってんだろ!
タイタンの力の前じゃ、ケルピーの水攻撃なんて意味ねぇんだよ!」
「……」
「全身に薄い水膜を張ってやがるな?
毒がまったく浸透しねぇわけだ!」
互いに手の内を知り尽くした者同士。
弱点も、戦い方も――
すべてわかっている。
「エーースッ!」
高速回転する水鉄砲が放たれた。
「だから効かねぇって――」
――ドゴンッ!
水鉄砲は、硬質化したエースの右肩を貫いた。
「うがぁぁっ!」
「……あんた、わたしを舐めすぎなんだよ!」
右肩を失い、エースは膝をつく。
サラは再び構え、2発目の準備へ移る。
その様子を見て、フィートが問いかける。
「……君たちは、仲間じゃないのか?」
「……」
エースは膝をついたまま睨みつける。
サラも睨み返し、その横でフィートは杖を構えた。
「悪いけど、僕は仲間のもとへ急ぐ。
先に行かせてもらうよ」
「足手まといだ。とっとと消えな!」
フィートは進路を変えた。
――その時。
「えっ……」
「……どうした、早く行けよ!」
「まさか……嘘だろ……?」
ギルド協会本部。
ペアルトとカルタが戦う、その場所。
フィートは、常にカルタの気配を追っていた。
「そ……そんな……」
サラにエースを任せ、
アイナのもとへ向かおうとした――
その瞬間に、それは起こった。
どんな相手でも負けるはずのないカルタの神聖な気配――
それが――
一瞬で消えた。
起こるはずのないことが――起こった。
フィートの頭は、その現実を受け入れられずにいた。




