75話 最強であり続けたかった男
薄暗い地下室には、黒魔術の祭壇があった。
床一面に描かれた魔法陣、その中央に残る血の跡。
捧げられたのは――生きた子供たちだ。
無残に切り裂かれた式神の藁人形が、足元に散らばっている。
ジーラブールは、その上を踏みしめながら言った。
「変わった術だな。藁人形を生き物に変えるのか……」
「便利だろう?」
カルタは淡々と返す。
「この術は命に触れている……黒魔術と、何が違うのか?」
「決定的に違うよ」
カルタは祭壇を見据えた。
「わたしは命を奪わない。
君は、奪っている」
ジーラブールは小さく笑った。
「……協会には、黙っていてくれないか?」
「つまらないことを言うねぇ……」
カルタは首を振る。
「これはポンズからの依頼さ。
君は――今、話で時間稼ぎをしているだけだろ?」
ジーラブールは逃げなかった。
隠れもしない。
その場で、大剣を肩に担ぐ。
黒い霧が、彼の身体から滲み出した。
「やはり、お前は怖い女だよ」
「そう思われるのは心外だね」
カルタは肩をすくめた。
「珍しく、君は素敵な男だと思っていたのに」
「……それはどうも」
黒い魔力が、室内を満たす。
悪魔との契約が完了した合図だった。
ジーラブールの身体が、ゆっくりと歪む。
白目が剥き出しになり、角が生え、肌は鉛色に染まった。
その姿は、絵に描いたような悪魔だった。
「……それが、君の本気かい?」
「ああ……」
彼は即答した。
「お前と戦うには、覚悟が必要だ」
「……そんな姿になってまで」
カルタは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……悲しいね」
次の瞬間。
轟音とともに、衝撃が走った。
カルタの身体が壁に叩きつけられ、切断される。
だが――
斬り裂かれたそれは、藁人形だった。
本体のカルタは、階段の影から姿を現す。
「拘束するよ」
宙に浮かぶ光の手が、ジーラブールを掴む。
だが、次の瞬間には砕かれた。
「無駄だ」
ジーラブールが言う。
「対お前用に、契約したんだ」
大剣が唸りを上げ迫る。
カルタは退いた。
力勝負は分が悪い――。
懐から藁人形を3つ取り出し、
分身へと変え、足止めに飛びかからせるが、
無意味だった。
「……やはり、時間稼ぎにもならないか」
カルタが小さく印を切ると――
ジーラブールにしがみ付く分身が爆発を起こした。
――ドドーンッ!
衝撃で地下室が崩れ、夜空が覗いた。
カルタは、すかさず地上へと跳び出した。
黒い影が、瓦礫の中から現れる。
無傷のジーラブール。
彼は、落ち着いた声で言った。
「……ずっと目障りだった」
「?」
「お前がな……」
カルタとジーラブールが対峙する。
「理由を聞いても?」
ジーラブールは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「俺はこの世界の英雄。
最強の剣士だ――誰もが、俺を見ていた」
「……」
「だが、ある日お前が現れた」
彼の声が、低くなる。
「離れた場所から依頼を片付け、
姿も見せず、すべてを終わらせる」
「冒険者の目が、いや――
世界の目がお前に向いた」
「?」
「その時、わかったんだ――
俺は、こいつに勝てない」
カルタは、黙って聞いていた。
「最強から転げ落ちる恐怖に、耐えられなかった……」
「だから……黒魔術に手を出したのかい?」
「あぁ、いつか最強の座に返り咲くためにな……」
「……そうかい」
カルタは、静かに言った。
「知らぬ間に、君の誇りを傷つけていたんだね」
「……気にするな。弱い男の逆恨みだ」
ジーラブールは剣を構えた。
「でも……お前がいなければ、俺が1番だった」
カルタは、答えなかった。
そして――
今まで閉じていた目を開いた。
澄んだ青が、夜を裂く。
次の瞬間。
――焼ける音がした。
硬質化したジーラブールの身体に、3本の深い傷。
何が起きたのか、理解できなかった。
死んだことすら気付かなかった。
顔が焼け爛れ、英雄の名も、誇りも、姿も――そこには残らない。
そこに倒れたのは――
最強の剣士ではなく。
最強であり続けたかった、ただの男だった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
最強だった男、ジーラブールの結末――
それはまだ終わっていません。
本当の問題は、
ここから始まります。
――次話より、怒涛の展開に入ります。
引き続きお楽しみください。




