72話 話せば死ぬ呪い
前鬼の拳が、エースの脇腹へ叩き込まれた。
「ぶはっ!」
血を吐き、エースの身体が宙を舞う。
噴水場の縁を砕き、瓦礫の中へと吹き飛ばされた。
前鬼は息ひとつ乱さず、崩れた噴水へ歩み寄る。
瓦礫の中から、俯いたまま立ち上がる影へ声をかけた。
「もう少し戦えるか?
今の殴り合いは、なかなか楽しかった」
――しかし、返事がない。
それを見たカルタが、眉をひそめた。
「……様子がおかしいね?」
「!」
「まさか……逃げたんじゃ!」
前鬼が、確認するようにエースに拳を振るう。
その一撃で、“それ”は崩れ落ちた。
中身のない、抜け殻。
足元には、地下へ続く大きな穴が見えた。
「……仲間を置いて逃げるとは」
カルタは、悔しそうに息を吐いた。
目を閉じ、千里眼と感知の術を同時に発動させる。
だが――反応はない。
小角も鬼門遁甲盤を広げ、
逃走方向を探るが、やはり反応がなかった。
「逃走経路は完全に断たれていますね」
後鬼が、静かに言った。
「拘束された仲間を平気で切り捨てる連中です。
仲間意識など、最初から無かったのでしょう」
「……1人捕まえただけ、まだマシか」
地面に横たわる意識を失ったサラへ、
カルタが視線を向ける。
その時、後鬼がカルタへ問いかけた。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「……なにかしら」
「あなたが――カルタ様?」
カルタは、一瞬だけ目を細めた。
「そうよ」
「これはこれは物騒な……
大変恐ろしい人間様ですねぇ」
そう言いながら後鬼は、柔らかく微笑んだ。
「鬼神様に物騒だと言われるとは光栄ね……」
カルタは後鬼をまっすぐに見つめて言い返した。
小角はサラを縄で拘束する。
そこへ、フランやアイナ、
数人の冒険者たちが馬で駆けつけた。
被害者たちへ治癒と解毒を施し、
周辺の警備に当たり始める。
後の処理を冒険者に任せ、
小角とカルタは、サラを連れてギルド協会本部へ戻った。
――――――
ギルド協会本部・地下室
石造りの地下室。
椅子に括り付けられたサラは、すでに意識を取り戻していた。
外部からの感知は遮断され、
術の発動も完全に封じられている。
囲むのは――
カルタ、小角、フラン、ベルゼ。
サラは、乾いた笑みを浮かべた。
「無駄だよ。
わたしを人質にしても、意味はない」
「……どうして?」
カルタが尋ねる。
「ロレンスと同じ。
言っちゃいけない言葉を言った瞬間、死ぬ呪いがかかってるの」
フランが、ロレンスの最期を伝えた。
拘束したのち、痙攣し、
白目を剥きながら頭が破裂したこと――
それを聞いたサラは、苦笑した。
「へぇ……そんな死に方なんだ」
そして、同じ言葉を繰り返す。
「だから言ったでしょ。
話す前に死ぬんだよ」
その中で、カルタが静かに言った。
「……君がシルドを殺したわけじゃないね」
「?」
「……エースだね。
あの子は、あなたなんかに殺されるほど弱くない」
苦笑いを見せるサラの額に、大粒の汗が滲む。
その時――
小角が、前に出た。
「……解呪すれば話してくれますか?」
サラが、はっと顔を上げる。
「その呪い……解けますよ」
「……嘘つくなって」
「いえ。僕も、カルタさんも、
生まれ変わりの体験者です。呪術には、慣れています」
サラは、床を見つめた。
逃げても地獄。
黙っても地獄。
それならば――。
カルタが、静かに言葉を添える。
「君を見捨てて逃げた男を、
庇い立てする義理はあるのかい?」
サラの肩が、小さく震えた。
「呪いを解けば……話せるだろ?」
「……」
長い沈黙の中、
やがて――頷いた。
カルタは、そっとサラの頭に手を置いた。
「交渉成立だ」
右手の指を唇に当て、呪術を紡ぐ。
――『解呪の式』
黒い霧が、サラの口から吐き出される。
重苦しい感覚が身体を抜けていく。
「……終わったよ」
カルタが言った。
「もう、何を言っても死なない」
サラは、震える声で尋ねた。
「……本当に?」
「ええ」
小角が、穏やかに頷く。
「我々を信じて……」
サラはじっと思い詰めた顔を見せたまま――
動きを止めた。
やがて彼女は唇を震わせながら口を開いた。
「……シルドを殺したのは――」
息を吸い、
「……エッ、エースたちだ。
あいつとその仲間……」
――何も、起こらない。
サラは呆然としたまま、目には涙を浮かべた。
次の瞬間、大粒の涙を流して笑った。
「……ははっ……わたし、生きてる」
サラの告白により、エースの背後に別の影が浮かび上がった。
彼女の口から――真実が語られる。




