71話 神力解放、小角参上!
人々は倒れ伏し、呻き声だけが広場に残っていた。
そして――カルタもまた、膝をついた。
――毒結界。
エースが張り巡らせたそれは、空気そのものを蝕んでいる。
呼吸するたびに、
毒が体内へ流れ込んでくる。
カルタは歯を食いしばり、自らに解毒の式を施す。
一瞬、視界が澄む。
だが次の瞬間、再び毒が身体を侵した。
――結界の中にいる限り、解毒は意味をなさない。
結界を解くには時間がかかる。
その間、彼女は完全に無防備になる。
――そして、その間に人々は死ぬ。
エースの毒と、サラの攻撃に倒れた人たち。
どちらを先に防ぐとかではない。
今この場では、2人が同時に人の命を奪いつつある。
ならば――
カルタは、結界の範囲を感知した。
歪んだ結界の輪郭をなぞるように。
「……これをやると、寿命縮むね……きっと」
毒に侵されながら、彼女は呪術を重ねた。
『解毒の式』
『回復の式』
ふたつの式が同時に発動する。
広場を覆っていた毒気が、霧のように薄れていく。
倒れていた人々の呼吸が、少しずつ整っていく。
裂けた皮膚が、血を止め、塞がっていく。
――300人を超える人間を、同時に回復。
その光景を見た、エースとサラは言葉を失った。
「……信じられん」
「式を使ってるってことは、あの女も生まれ変わり……?
それにしたって、異常よ……」
カルタの念術――光の手が消える。
解毒と回復を走らせながら、
それでも攻撃の手を止めるわけにはいかない。
術の展開は、すでに生き物の限界を超えていた。
サラが噴水の水を引き寄せた。
刃と化した水が、横薙ぎに迫る。
「――風舞の式」
カルタの術で風が巻き起こり、水刃を弾き飛ばす。
風の刃と水の刃が交錯する。
だが――
その隙を突き、毒気を纏った剣がカルタの懐へ滑り込んだ。
「……隙ありだ」
エースの声。
切っ先が腹部に届く――
――ブシュッ。
肉を断つ、鈍い音が響いた。
カルタの視界に吹き飛ぶ腕が映る。
「……え?」
次の瞬間、鬼の脚が着地する。
――前鬼だった。
「うあぁ!」
エースの叫び声が響く。
蹴り上げた一撃で、エースの腕が切断されたのだ。
カルタは息を呑んだ。
そして、背中に気配を感じた。
「お手伝いしましょうね」
柔らかな声。
振り向けば、扇子を構えた鬼が立っていた。
「……同時にこれほどの呪術。
前鬼が興味を持つわけです」
「君は……?」
「後鬼と申します」
後鬼は目を閉じ、静かに息を整えた。
『万回の刻』
カルタが行っていた解毒と回復。
そのすべてを、後鬼が引き継いだ。
「……っ」
力が抜け、カルタの身体が傾いた。
「無理をなさる……。
呪力の放出量が限界を超え、血液が沸騰しかけています。
このまま動けば、命を落としますよ」
気付けば、視界の端が赤く染まっていた。
目と鼻から血が滴る。
カルタは、膝を折った。
「……妖に、助けられるなんてね」
そう呟きながら、カルタは別の術展開を
始めようとしていた。
「その状態で結界の解印をお考えですか?
……それは小角様にお任せましょう」
後鬼の言葉に、カルタが返す。
「彼……補助系は苦手だって言ってたけど」
「ふふ、なんとかなさるでしょう……」
前鬼が前に出た。
エースとサラの前に立ちはだかる。
その鬼気に、ふたりの背筋が凍った。
「……腕、再生するのか」
「ヒュドラの力を舐めるなよ!」
切断された腕が、肉を蠢かせながら再生していく。
「毒蛇の類か……?」
「だからヒュドラなんだよ!」
後ろからサラが水の鎌を振るう。
だが、前鬼は微動だにしない。
次の瞬間――
前鬼の拳が振り下ろされる。
――ドゴッ!
地面に叩きつけられたサラの頭が、舗石を砕いた。
声を発することもなく、痙攣を起こしている。
「前鬼、殺してはいけませんよ……
聞きたいことが山ほどあるのです」
「一応、手加減はしている」
エースは、前鬼への攻撃を躊躇した。
力の差を、はっきりと理解したのだ。
その時――
「この結界、解いていただけますか?」
「任せてよ!」
馬の蹄。
ベルゼの背後から、小角が姿を見せた。
一言主神の力が解放される。
《結界、消滅せよ――》
光が走り、毒結界が霧のように崩れた。
カルタは、それを見届けて深く息を吐いた。
「……これが、神の力か」
前鬼と対峙しながら、エースは悟る。
――計画が、崩れ始めた。
そして、小角の登場により――
戦いは次の段階へと進んでいく。




