70話 借り物の力 vs 女王
シーア南西部――若者が集う噴水広場。
昼下がりの光の中、
恋人たちが寄り添い、
家族連れが微笑み、
屋台からは甘い匂いが漂っていた。
噴水の水音が、穏やかな時間を刻んでいる。
その噴水の縁に、正装した男女が並んで腰を下ろしていた。
深緑の髪を持つエース。
青いショートカットの女――サラ。
「……ここでいいの?」
サラが人混みを見回しながら言った。
「問題ない」
エースは即答する。
「人、多すぎない?」
「人じゃない。盾だ」
何の感慨もない声だった。
エースは菓子屋で買ってきた黒い固形物をサラに差し出す。
「なにそれ?」
「チョコレートだ。こっちで流行ってる菓子だ」
「へぇ……」
半信半疑で口に入れた瞬間、
サラの目が大きく見開かれた。
「あまっ……! でも美味しい!」
「だろ」
「……どうせ死ぬ人たちに、お金払う必要ある?」
「護衛料だよ」
「安すぎでしょ」
他愛ない会話。
だが、その言葉の1つひとつに、人命の重さは含まれていなかった。
――――――
噴水前で似顔絵描きが声をかけてきた。
「銅貨5枚でどうです?」
「1枚描いてくれよ」
エースは営業に乗った
。
「なんで描かせるの?」
サラが小声で問う。
「絵描きがそばにいれば、
あの光の手も使いにくくなるだろ」
「……なるほどね」
エースがサラに寄り添うポーズで、絵描きの前に座る。
そして数分後――
広場に、異質な音が混じりはじめる。
馬の蹄だ。
ざわめきの中、人々が視線を向ける。
全速力で駆け込んでくる、一頭の馬。
「危なくない?」
「何あれ……」
馬上の女が、声を張り上げた。
「噴水から離れて!
その2人から、今すぐ離れなさい!」
カルタだった。
だが、誰も状況を理解できない。
次の瞬間、光の塊が浮かび上がる。
巨大な手――念術の具現。
エースとサラは即座に人混みへ紛れ込んだ。
「……!」
カルタは歯噛みし、馬を捨てて地面に手を置いた。
『封印の式』
2人の呪力を特定し、足元に円陣が浮かぶ。
人々が悲鳴を上げながら逃げ去り、
光に縛られた2人だけが、はっきりと見えた。
「……同じ呪術師なのに、行動が安直ね」
カルタは静かに言った。
そして、真正面から問いを投げる。
「シルドを殺したのは……どっち?」
エースが薄く笑う。
「さあ。どっちだと思う? ババァ」
その瞬間――
光の手がサラを掴み上げた。
「ぐ……っ!」
圧力で血を吐くサラ。
「……君かな?」
カルタの声に、迷いはなかった。
「優しい子だった。
女には手を上げるなと息子に教えてきたから……」
「……すご……い」
サラは歪んだ笑みを浮かべる。
「やっぱり親って……子どものこと分かるんだ……」
光の手が締まる。
「あなたの教育が……
息子を殺したんじゃない?」
次の瞬間。
噴水の水が、宙へ浮かび上がった。
「……魔力か?」
「違うよ」
サラの瞳が赤く光る。
「借り物の力さ」
水が散弾のように炸裂した。
カルタは慌てて光の手で防いだが、人々に直撃する。
「……!」
防御に回ったその隙に――サラは解放された。
「!」
水で形作られた手が、光の手を弾き飛ばす。
「見様見真似で作ってみたけど……
どっちが強いかな?」
「……借り物の力ねぇ」
「知らなかった?
アンタの息子、死んでから借り物の力で動かせてやってたんだ」
カルタの念力が、怒りで震えた。
光の手が水の手を打ち砕く。
「……潰す」
光の手がサラへ迫ろうとした瞬間――
人々が、次々と倒れ始めた。
傷はない。
だが、立てない。
カルタ自身の膝も、地に落ちる。
「……毒か」
その背後で、封印の式に縛られているはずのエースが口を開いた。
「同じ呪術師なのに、行動が安直ね……か、
ひどいことを言うなぁ、予定通りなのに」
「……」
「いい毒だろ?
これもモンスターから借りた能力さ」
「警戒はしていたつもりだけど――
それ以上だったようね……」
「思ってたよりママ弱いねー」
封印の式で動きを封じたため、目を離していたエース。
しかし、彼は毒によって一帯を覆い、
カルタや人々の身体を蝕んでいったのだ。
エースの計算通り。
毒はカルタの身体だけでなく、
怒りすら、蝕んでいく――。




