69話 カルタの遠隔術
シーアの街中を、一頭の馬が凄まじい勢いで駆け抜けていった。
人々が驚き、振り返る。
馬上にいるのは、カルタだった。
馬を走らせたまま、
意識はすでに街の奥へと伸びている。
――呪力感知。
意識の奥で、歪んだ2つの気配が蠢く。
「……やっぱりね」
小さく呟く。
その時、彼女の意識に別の反応が混じった。
「4人の冒険者が接触を始めたか」
眉をひそめる。
「……まずいね」
カルタは、馬上でそのまま瞑想に入った。
――――――
シーア検問所近くの喫茶店。
店内では、男女2人を囲むように4人の冒険者が立っていた。
全員が戦闘態勢。
客はすでに避難している。
だが、囲まれているはずの男女は――
「だから言ったじゃない。
検問所の人間を殺すのは目立つって」
サラが紅茶を口にしながら、呆れたように言う。
「仕方ないだろ。邪魔だったんだ」
エースは肩をすくめた。
「せっかくの紅茶も、落ち着いて飲めないよ」
その態度に、冒険者の1人が声を荒げる。
「路地裏で見つかった3人の遺体……お前たちの仕業だな!」
沈黙――。
「答えろ!」
次の瞬間。
サラのカップから、紅茶がふわりと浮いた。
そして――弾けた。
水滴が弾丸のように飛び、
冒険者たちの身体を貫いた。
「ぐあぁっ!」
「ぎゃっ……!」
4人が床に倒れ込む。
サラは何事もなかったかのように、紅茶を注ぎ直した。
「安心して。まだ殺してはいないわ」
「なら後で殺そう。飲み終わってからな」
エースが笑う。
その時、1人の冒険者が必死に魔法を唱えようとした。
サラが気付き、指先を軽く動かす。
床に広がった血溜まりが逆巻き、一本の杭となって冒険者を襲った。
「ぶっ……!」
血を吐いて、冒険者が崩れる。
「ドルハン!」
仲間が叫ぶ。
だが、その声は途中で止まった。
エースの剣が、その冒険者の腕を床に縫い止めたからだ。
「うるさいな」
淡々と告げる。
刺された腕が、黒く変色していく。
「……壊死だ。
そのまま全身に回れば、お前は溶けて死ぬ」
「なっ……」
「もうすぐお前らも、こうなる」
剣を抜こうとした、その瞬間――
サラが天井を見上げた。
「ねぇ……あれ、何?」
天井に浮かぶ、巨大な光。
――手のひらの形。
エースの表情が一変する。
「サラ、逃げろ!」
――ズドン!
光の手が2人を叩きつけるように落ちた。
店が大きく揺らぐ。
間一髪で避けた2人が体勢を整えると、
光の手は、冒険者たちを庇うように彼らの前で止まった。
「……これが、カルタの念術というやつか?」
「近くにいないのに? 遠隔術?」
「そうだ……厄介だな」
さらに、もう1つの光の手が現れ、倒れた冒険者たちを包み込んだ。
――――――
馬上で瞑想を続けるカルタ。
千里眼で状況を把握しながら、
片手で攻撃を、もう片手では治癒を行う。
――同時多重術発動。
それは、呪術の開祖――
“呪術師の女王”と呼ばれた存在にしか扱えない領域だった。
「……毒か?」
治癒が効かない1人を見て、即座に判断する。
――解毒の式を送る。
冒険者の黒ずんでいた肉体に、わずかな血色が戻った。
喫茶店内。
エースとサラが、目を見開いた。
「……遠隔で解毒まで?」
「本当に人間?」
その時、冒険者たちの脳裏に、声が直接響いた。
『――逃げなさい』
4人は、反射的に動いた。
だが、エースは結界術で出口をすでに塞いでいる。
次の瞬間。
光の拳が結界術を叩き潰し、大穴を開けた。
冒険者たちは、転がるように逃げ出していく。
「……段取りが狂ったな」
エースが舌打ちする。
「一度退いた方がよくない?」
「そうだな。
だが、カルタは生け捕りにしたい」
「今日じゃなくもいいでしょ」
2人は店を出て、街を移動し始めた。
光の手が追撃する。
エースは符呪を破り、ゴーレムを召喚した。
「足止め用だ。こいつは手強いぞ!」
ゴーレムが立ちはだかる。
ところが――
カルタの光の両手が、ゴーレムを掴み、握り潰した。
一瞬のことだった。
ゴーレムが崩れて砂埃が舞うなか、
砂煙に紛れるように、2人の気配は消えていた
――――――
街中に移動しながら、サラが尋ねる。
「ねぇ……?」
「なに?」
「出直した方がいいと思うんだけど……」
エースはサラの忠告に耳を貸さず、
少し考えてから笑った。
「……いい場所を思いついた」
進路を変え、歩き出す。
彼の視線の先には、
これから始まる“戦いの舞台”があった。




