14.新年の宴
冬越しの宴を終えて王都へ戻り、しばらく。
年が明けた。
ユルスラシア王国では、新しい年の始まりに王家主催の宴が開かれる。
一年の始まりを神に感謝し、王国の安寧を祈る。
その後に貴族たちが親交を深める。
というのが、表向きの目的らしい。
『裏向きは?』
とは聞かなかった。
聞かなくても分かる。
父さまの周りを見れば。
「ラルシーア公爵。今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「先日の件ですが――」
「それについては後ほど」
挨拶。
挨拶。
挨拶。
そして、時々仕事の話。
新年早々、大人は大変そうである。
「テオくん」
「はい」
「ぼーっとしないの」
メイ姉さまに小声で注意された。
「してません」
「してた」
「考え事です」
「それをぼーっとしてたって言うの」
そうなのだろうか。
僕たちがいるのは、王城の大広間。
高い天井。
大きな燭台。
壁には王国や各地の風景を描いた絵が並び、中央にはたくさんの料理が置かれている。
もちろん、このような場で料理にがっつくわけにはいかない。
前世でも。
現世でも。
そして何より。
人。
人。
人。
冬越しの宴とは全然違う。
あちらは、領民たちと一緒に冬を迎えるための宴だった。
こっちは貴族だらけだ。
王都に屋敷を持つ貴族。
冬の間、王都へ戻ってきている貴族。
軍人。
文官。
聖職者。
外国から来た人までいる。
「疲れた?」
母上が僕の顔を覗き込む。
「まだ大丈夫です」
「無理しなくていいのよ」
「はい」
とはいえ、今日は僕もラルシーア公爵家の一員として来ている。
いつものように、ベッドへ転がるわけにはいかない。
貴族子女スマイルは常時発動している。
「テオ」
父さまに呼ばれた。
「はい」
「こちらへ」
父さまの前には、見覚えのない夫婦と、その子供たちがいた。
女の子と、男の子。
よく似ている。
「こちらは、北方の辺境伯家の――」
「テオ!?」
父さまの紹介を遮って、女の子が声を上げた。
「リン」
その父親らしい男性が窘める。
しかし遅かった。
「テオでしょ? 五歳でしょ? 私も五歳! リン!」
「僕はレン!」
今度は男の子。
「双子!」
「僕が弟!」
「私が姉!」
「ちょっとだけ!」
「私がお姉ちゃん!」
「同じ日に生まれたじゃん!」
「私の方が先!」
「ちょっとだけ!」
「二人とも」
今度は母親。
二人が止まった。
「…………」
「…………」
静かになった。
三秒くらい。
「テオは何のスキルだったの?」
早い。
「僕もそれ聞きたかった!」
止まっていなかった。
「こら」
「だって、スキルを授かったんでしょ?」
「何だったの?」
二人がぐいっと近づいてくる。
距離が近い。
「《糸》です」
「糸?」
リンが首を傾げる。
レンも首を傾げる。
左右対称。
「うん」
「何それ?」
「糸を出せます」
「見たい!」
「僕も!」
「面白そう!」
予想外の反応だった。
「面白い?」
「だって糸出るんでしょ?」
「どこから?」
「手から」
「見たい!」
「何本?」
「一本ずつなら、何本か」
「長さは?」
「十センチくらい」
「短い!」
「でも面白い!」
「見せて!」
「今?」
「今!」
「ここで!?」
畳み掛けてくる。
「リン、レン」
二人の父親が、とうとう少し強い声を出した。
「テオ様がお困りだろう」
「「ごめんなさい」」
今度は同時だった。
「いえ」
面白い二人だ。
「後でならいいですよ」
「ほんと!?」
「約束!」
復活も早かった。
「しかし、《糸》とは……」
二人の父親が呟いた。
悪意はない。
たぶん。
でも。
その場にいた大人たちの視線が、少しだけ変わった。
「珍しいスキルですな」
「前例がないとか」
「ええ。聖教会にも記録がないそうです」
父さまが答える。
「レベルは?」
「表示されておりません」
「それは……」
会話が途切れた。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
だけど。
分かる。
カイ兄さまが《剣聖》を授かった時。
メイ姉さまが《大魔道士》を授かった時。
たぶん、こんな空気にはならなかった。
僕を見る大人たち。
困ったような。
残念そうな。
どう評価すればいいのか分からないような。
そんな顔。
「まあ」
誰かが言った。
「ラルシーア公爵家には、既にカイ様とメイ様がおられる」
「そうですな」
「末の御子息にまで望んでは、さすがに神もお困りでしょう」
笑い声。
慰めているつもりなのだと思う。
貴族子女スマイルが、少しだけ難しくなった。
父さまの眉が、ほんの少し動いた。
母上は笑っている。
……なぜだろう。
少し寒くなった気がする。
「ねえ」
リンが小声で僕に話しかけてきた。
「なに?」
「糸、面白いよね?」
「僕もそう思います」
「じゃあいいじゃん」
「うん」
随分単純だ。
でも。
嫌いじゃない。
◇
「お前が《糸》か?」
しばらくして。
僕たち子供は、大人たちから少し離れた場所に集まっていた。
リンとレンもいる。
そして。
目の前には、僕より身体の大きい男の子。
「はい」
「俺はトワン・アフナール」
胸を張る。
「《騎士》だ」
「へえ」
「この前授かった」
「おめでとうございます」
「おう」
なんだろう。
ちょっと偉そうだ。
「剣も使えるんだぞ」
「すごいですね」
「もう訓練も始めてる」
「僕も少しやってます」
「え?」
トワンが止まった。
「なんで?」
「なんで?」
「《糸》なのに」
「スキルを授かる前からやっていたので」
「ふーん」
なんとなく納得していない。
「トワンは《騎士》なんだ!」
レンが食いついた。
「剣出せるの?」
「剣は自分で持つんだよ!」
「じゃあ何ができるの?」
「強くなる!」
「どうやって?」
「レベルを上げる!」
「どうやって?」
「魔物を倒す!」
「倒したことある?」
「まだない!」
「ないんじゃん!」
「これからだよ!」
騒がしい。
リンが僕の袖を引っ張る。
「テオ、糸」
「今?」
「約束した」
そうだった。
僕は周囲を見る。
大人たちは少し離れている。
危険なことでもない。
「じゃあ」
右手を出す。
『糸』
するり。
手のひらに糸が現れる。
「おお!」
「出た!」
リンとレンが一気に顔を近づける。
「近い近い」
「触っていい?」
「慎重にね」
リンが指先で摘む。
「本当に糸だ!」
「僕も!」
「引っ張らないでくださいね」
「なんで?」
「強く引っ張ると壊れるから」
もう一本出す。
するり。
リンが持っているのと、僕の手のひらの。
二本。
「二本出た!」
「もっと出せる?」
「出せますけど、触るのは一本ずつで――」
「じゃあ三本!」
「聞いてます?」
「出すだけ!」
何が楽しいんだ。
いや。
僕も楽しいから分かるけど。
「…………」
ふと。
トワンを見る。
黙っていた。
「触ります?」
「いらねえよ」
「そうですか」
「そんなの出してどうするんだよ」
「色々試してます」
「色々って?」
「今は――」
答えようとした時だった。
トワンが鼻で笑った。
「糸なんか出して」
その声に。
さっきの大人たちの顔が重なった。
「服屋にでもなるのかよ」
少しだけ。
静かになった。
「トワン!」
リンが先に怒った。
「なんだよ」
「それ失礼!」
「だって糸だぞ?」
「面白いじゃん!」
「何ができるんだよ!」
「これから探すんでしょ!」
「レンは黙ってろ!」
「なんで僕!?」
「トワン」
大人の声が飛んだ。
トワンの父親らしい男性が、こちらへ歩いてくる。
「今、何と言った」
「…………」
「答えなさい」
「糸だから……服屋にでもなるのかって」
「テオ様に謝れ」
「でも――」
「謝りなさい」
トワンが唇を尖らせる。
「……ごめん」
僕は自分の糸を見る。
服屋。
ヲワさんの顔が浮かんだ。
布に合わせて糸を選ぶ。
指先で確かめて、針を通す。
僕には、まだできないことだ。
「別にいいですよ」
「テオ様」
「僕、仕立て屋さんに通ってますから」
「え?」
トワンが顔を上げる。
「本当に服屋になるのかよ」
「それは分かりません」
「なんだよそれ」
「まだ決めてません」
「ふーん」
トワンは、よく分からないという顔をしている。
僕も分からない。
「でも」
「なんだよ」
「服屋も悪くないと思いますよ」
僕は手のひらの糸を見る。
《糸》が当たりなのか、外れなのか。
やっぱり分からない。
面白いと言う人がいて。
がっかりする人がいて。
服屋にでもなるのかと笑う人がいて。
同じ《糸》なのに。
見る人によって、随分違うものに見えるらしい。
だったら。
僕自身が、今すぐ決める必要もないのだろう。
まだ、試したいこともある。
「テオ! 三本!」
「だから、触るのは一本ずつだって!」
「出すだけ!」
「レン、さっきからそればっかり!」
「だって見たい!」
「じゃあ四本!」
「増えてる!」
宴はまだ続くが、どうやら退屈はしなさそうだった。




