安息日の尾行
法と神によって定められた、一週間に一度の『安息日』
この日だけは、奉仕義務も労働も禁じられ、心身を休ませなければならない。
(つまり、今日こそが彼を独占し、完璧に囲い込む最大のチャンス……!)
王都の裏通り。
特徴的な銀髪と顔を隠すための深いフードを被った私服姿のエレノアと、修道服ではなく清楚な街着に身を包んだセシリアは、偶然にも全く同じ曲がり角で鉢合わせした。
「……チッ。教会の狸女。こんな所で何をしている?」
「あらあら。騎士団長様こそ、そんな怪しい格好でどちらへ?」
エレノアは鋭く目を細め、セシリアはおっとりと微笑みながらも瞳の奥に殺気を滲ませる。
二人の視線の先には、少しサイズの余ったシャツを着て、機嫌よく街を歩くリトの背中があった。
「私がリトに偶然を装って会い、最高級の食事とベッドで休息を与えようとしていたのだ。邪魔立てするな」
「お生憎様。安息日こそ『家族』と過ごすべきですわ。私が彼を完璧に甘やかして差し上げますの」
バチバチと火花を散らす二人だったが、今は争っている場合ではない。彼に気づかれないよう、二人は一時休戦し、一定の距離を保ってリトの尾行を開始した。
リトの足取りは軽やかだった。
なけなしの給金が払われたばかりのはずだが、彼は自分のための美味しいものや服を買うわけでもなく、真っ直ぐに街の小さな花屋へ向かった。そこで白く可憐な花束を一つ買うと、王都の郊外にある、戦没者が眠る共同墓地へと足を踏み入れた。
(……お墓参り?)
エレノアとセシリアは顔を見合わせ、大きな木陰に身を隠しながら、彼が膝をつくのをじっと見つめた。
そこは、かつての戦争で命を落とした、リトの両親の墓だった。
リトは冷たい墓石の前に花束をそっと供えると、両手を合わせ、静かに語りかけ始めた。
「お父さん、お母さん。……僕、元気にやってるよ」
風に乗って、彼のか細くも優しい声が、隠れている二人の耳に届く。
「見て、このシャツ。少し前にお給金で買ったんだ。いいでしょ?……僕ね、今、騎士団本部でお掃除とお茶汲みをさせてもらってるんだ」
エレノアの肩が、ビクッと跳ねた。
「騎士団長様は、国のために三日も寝ないで働くくらい、立派で厳しい人なんだけど……でもね、僕が淹れたお茶を飲んで『ありがとう』って言ってくれたんだよ。ちょっとお疲れみたいで、僕にすごく甘えてくれた時もあったんだ。……本当は、すごく優しくて、可愛らしい人なんだよ」
「……っ!」
エレノアは顔を真っ赤にし、同時に、胸を鋭い刃でえぐられたような痛みを覚えた。
自分はただの私欲と独占欲で、彼を職権乱用で囲い込もうとしていた。彼に甘えたのも、ただの自分の弱さだ。それなのに彼は、自分をそんな風に「立派で優しい人」だと信じて疑っていないのだ。
「それにね、孤児院のシスターも、いつも僕を心配してくれて、美味しいご飯を作って待っててくれるんだ。僕のことを本当の家族みたいに抱きしめてくれて……僕、すごく幸せなんだよ」
セシリアの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
自分が抱いているのは、彼を外の世界から隔離し、永遠に彼を支配しようとする泥のように黒い執着だ。それなのに、彼は自分の狂気を「過保護な家族愛」だと信じ、あんなにも美しい笑顔で感謝している。
「お母さんたちが教えてくれた通り、誰かを恨まず、真っ直ぐに生きてたら……僕、こんないい人たちに出会えたよ。だから、もう心配しないでね。僕、これからも二人のために一生懸命働くから」
底抜けに純粋な、嘘偽りのない祈り。
それが、遥か天界で見守る『本当の母親(女神)』から受け継ぐ愛あるその言葉は、二人の心を完璧に打ち砕いた。
(私は……なんて浅ましいんだ。この気高く美しい魂を、独占しようだなんて)
(あの子は、こんなにも深く愛されて育ったのね……私の執着なんて、なんてちっぽけで醜いのかしら)
さっきまで恋敵としていがみ合っていた二人は、静かに顔を見合わせた。
そして、言葉を交わすことなく頷き合い、木陰からゆっくりと歩み出た。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




