聖女の甘い呪縛
騎士団でのめまぐるしい3日間を終え、僕は孤児院の扉を開けた。
「ただいま戻りました、シスター!」
「あらあらあら……! お帰りなさい、私の可愛いリト!」
扉を開けた瞬間、待ち構えていたセシリアがものすごい勢いで僕を抱きしめた。
普段のおっとりとした優雅な微笑みはそのままに、彼女の腕の力は、僕の骨が軋むほどに強い。
「騎士団の三日間、とってもよく頑張りましたねぇ。……ん?」
セシリアは僕を抱きしめたまま、鼻をヒクッと動かした。
そして、その瞳の奥に、スッと光の宿らない昏い闇が落ちる。
(……鉄と、馬と、そして……あの女の匂い。私のリトに、なんて野蛮な匂いを擦り付けてくれたのかしら)
「シ、シスター? どうかしましたか?」
「いいえぇ、なんでもないのよ? さぁリト、すぐにお風呂に入りましょうねぇ」
セシリアは有無を言わさぬ笑顔で、僕の腕を引いて浴室へと連行した。
「えっ!? い、いえ、僕もう一人で洗えますよ!?」
「だーめ。外の悪い虫たちの、ばっちい汚れがついているかもしれないでしょぉ? シスターが全部、隅から隅まで綺麗に洗い流してあげるからねぇ……」
「ひゃっ!? シスター、そこは自分で……!」
「よしよし、いい子ねぇリト。お外の世界は怖かったでしょう? でももう大丈夫よぅ。シスターがぜーんぶ綺麗にして、守ってあげるからねぇ」
抵抗する間もなく、僕は頭の先から足の先まで、文字通りピカピカに洗い上げられてしまった。彼女の態度は、まるで言葉の通じない赤ん坊をあやすような、過剰なまでの母性と独占欲に満ちていた。
お風呂から上がった後も、セシリアの『過保護』は止まらなかった。
「ほーらリト、お口あーんしてちょうだいねぇ。ふーふーしてあげたから、熱くないわよぅ」
「シスター、流石にスプーンくらい自分で持てますってば!」
「あらあら、遠慮しなくていいのよぉ? リトはずーっと、私の腕の中で甘えていればいいの。ね? あーん」
口元に運ばれてきた大好物のシチューの誘惑に勝てず、僕はパクリとそれを食べてしまう。
「美味しい……!」
「ふふっ、えらい、えらい。いっぱい食べてねぇ……」
(シスター、僕が数日いないだけで、こんなに心配してくれていたんだ……! 僕が一人で何もできないと思っているみたいだけど、やっぱり孤児院のみんなは、僕の本当の家族だなぁ)
重い独占欲と、リトを幼児として扱うようにさせてしまう程の甘い束縛。
しかし、神の愛を体現するリトは、それを「ただの過保護な家族愛」としてニコニコと全肯定で受け入れてしまう。
「ありがとうございます、シスター! 孤児院にいる間は、いっぱい甘えさせてもらいますね!」
「……ええ。ずぅっと、私にだけ甘えていればいいのよぉ……私の、リト」
その無自覚な全肯定こそが、神の愛が、悪魔の誘惑そのものが、セシリアの執着をさらに深く妄執へと、逃れられない狂気の沼へと沈めていく。
騎士団で理性を溶かされるエレノアと、孤児院で狂気を深めていくセシリア。
二つの場所で過剰な愛を受けながら、6日間のスケジュールは過ぎていった。
そして――。
法と神によって定められた、週に一度の『安息日』の朝がやってくる。
2人のリトを捉えたつもりで、リトに囚われた女が「リトを独占する最大のチャンス」と意気込むこの日、リトが一人で向かおうとしている場所が、彼女たちの心を打ち砕くことになるとは、まだ誰も知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




