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『シュレーディンガーの魔王様〜ただのお世話係の孤児、愛が重すぎる騎士と聖女に囲い込まれる〜』  作者: 虹の箸


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観測された神の愛と悪魔の魅了

王都を脱出した三人は、夜の闇に紛れて国境へと続く険しい森を駆け抜けていた。

しかし、国と教会の威信を懸けた追討部隊の足は速かった。

「――いたぞ! 悪魔の少年と、反逆者の二人だ!」

「異端を逃すな! ここで聖伐せよ!!」

背後から迫る無数の松明の炎。王国の精鋭騎士たちと、教会の武装異端審問官たち数百人が、完全に三人を包囲していた。

「……チッ。しつこい羽虫どもめ」

エレノアが足を止め、腰の剣をゆっくりと抜いた。

かつて部下だったはずの騎士たちを前にしても、彼女の瞳には微塵の躊躇いもない。あるのはただ、己の宝を奪おうとする者への、底知れぬドス黒い殺意だけだった。

「私のリトを奪おうとする者は、かつての同胞であろうと皆殺しだ。一人残らず、その首を刎ねてやる」

「あらあら、物騒なこと」

セシリアもまた、おっとりとした声で笑いながら、手にした白木の杖から禍々しいほどの漆黒の魔力を立ち昇らせていた。

「でも、賛成ですわ。私たちの愛のゆりかごを邪魔する悪い子たちは……命の残骸すら残さず、綺麗に消し去ってあげましょうねぇ」

二人の顔には、すでに英雄としての面影はなかった。

リトを独占するためなら、世界を血の海に沈めることも辞さない――鬼の形相で、数百の軍勢へと単身突っ込もうとした、その時。

「だ、駄目です、お二人とも!!」

リトが二人の前に飛び出し、両手を広げて追討部隊の前に立ちはだかった。

「僕のために、お二人が人殺しになるなんて絶対に嫌です! 待ってください、皆さんも! 僕はただの雑用係で、世界を滅ぼす悪魔なんかじゃ……!」

リトの悲痛な叫び。

それと同時に、彼が背負う『神の愛』と『悪魔の誘惑』の力が、またしても無意識の波動となって、森全体に放射された。

「黙れ悪魔め、お前の言葉など……!」

先頭に立っていた審問官が槍を突き出そうとした、次の瞬間。

波動は、観測された。

カラン、と。

彼の腕から力が抜け、武器が地面に落ちた。

「……あれ? 俺は、なぜこんな可愛くて健気な少年を……傷つけようとしているんだ……?」

「見ろよ、あの震えながらも大切な人を庇う姿……尊すぎる。俺たちが間違っていた。彼が悪魔なわけがない。いや、悪魔でも構わない」

武装していた数百人の兵士たちが、次々と武器を投げ捨て、うっとりとした表情でリトの前に両膝をついた。

圧倒的な『魅了』と『服従』。リトが発した無自覚な愛と誘惑の引力は、歴戦の兵士たちが受け取り観測された瞬間、戦意は意味を持たず、神の愛への狂信者へと変えてしまったのだ。

「えっ!? あ、あの、皆さん……?」

ぽかんとするリトの前で、追討部隊は「リト殿万歳!」と涙を流しながら道を空けていく。

(やっぱり、きちんとお話しすれば分かってもらえたんだ! みんな根はいい人たちなんだなぁ!)

リトは相変わらず斜め上の勘違いをしながら、安堵の息を吐いた。

しかし、その背後で。

一切の血を流すことなく、数百の軍勢を笑顔一つでひれ伏させたリトの『圧倒的な力』を見せつけられたヒロイン二人は、さらなる深い深い、底なしの沼へと突き落とされていた。

「――ッッ!!」

ガシャン!! と、エレノアが剣を放り出し、後ろからリトの腰に強くしがみついた。

「んん……リトぉ……っ! 凄いのぅ、私のリトは最高なのぅ……っ!」

「だ、団長様!? どうして急にそんな甘えんぼうに!?」

「こんなに凄いのに、無自覚で……優しくて……ああもう、好きぃ……っ! どこにも行かないでぇ、ずっと私を撫でててぇ……っ!」

血に飢えた鬼の形相から一転、エレノアは完全に理性を溶かしきった極甘酔っ払いモードへと移行し、リトの背中に顔を擦り付け始めた。

「だめよぅ、エレノア。リトは私がいーっぱい褒めてあげるんですからねぇ」

セシリアもまた、杖を放り投げてリトを正面から抱きしめる。

「よしよし……なんて優しい子かしらぁ……。争わずにみんなを仲良しにしちゃうなんて、えらい、えらい……! シスターが、頭の先から足の先まで、たーっぷり甘やかしてあげるからねぇ……」

過剰な幼児かわいがりモードに入ったセシリアが、リトの頭をこれでもかと胸元に抱き込む。

「わわっ、お二人とも、苦しいです……! 皆さん見てますから!」

追討部隊の兵士たちが「尊い……」とひれ伏しながら見守る中、リトは前後から熱烈な拘束を受けながら、夜の森を抜けていくのだった。

こうして彼らは、誰にも邪魔されることのない隠れ家(ゆりかご)へと、歩みを進めていく――。


お読みいただきありがとうございました。

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