80
異口同音に疑問符を隠せない二人。大人しそうに見えて、予想外の反応を見せてくる。
「私はたしかに、あなたたちには敵意はない。だけどこれを聞いたら、あなたたちは私に敵意を向けるはずだよ」
「ど、どういう事だよ、おい!」
「優太……んーん。優太くん。ごめんなさいね。私、この子の身体、乗っ取っちゃった」
「……えっ」
意味が分からない。辞書で調べたいくらいに、意味が分からない。乗っ取る、とは具体的にはどういう事なのだろう。
「み、美香は……? おい、美香はどうしたんだよ!」
「なるほど。あなたが故郷に帰っても実家に帰らなかった意味が、ようやく分かったわ」
暴れ回る優太を片手で抑えつけながら、オブラートに殺気を放出している。素人でも分かるくらいに。
「実家には帰ったよ。ほら、ちなっちゃんが逃げ出した、黒い家」
それを聞いた途端、ちなっちゃんの目が委縮する。あれが……ミイラだらけのあの家がこの人の実家だったって事か。そんな事より、
「おい、美香はどこに行ったんだよ!」
彼は食ってかかった。自分の命を投げ捨てるような、威勢だけで。
「もう、この世には存在しないよ。私たちが飛行機で帰ってきた日。……もっと分かりやすく言えば、キミが初めてこの二○一号室へ入居した、およそ十四日くらい前に、美香ちゃんは生霊となってキミの背後に現れて別れの挨拶に行ったの。気付かなかったかな?」
胸倉を掴んでいた優太の拳が緩んだ。たしかに、あの時見た。ガラス戸に映る黒いモヤを。その時恐怖で窓を開けたら、ちなっちゃんがいた事を思い出す。
「あーあ。別れの挨拶も言えずに、かわいそー。まぁ、私も私かな。その時死神に美香ちゃんを売っちゃった罪は、さすがに重いのかな?」
「……なぁ。ウソだよな。作り話だよな、そんな話」
「残念ながら、ホントだよ」
「ウソだって言えよ! いつもみたいに、クソガキみたいにベロベロ舌出して俺をからかえよ!」
透き通った涙に対し、容赦のない一言が炸裂する。
じゃあ、一体、今まで何のために優太たちは戦ってきたのだろう。今まで友達のために戦ってきたとばかり思っていたが、実は違ったなんて。
「……ごめんなさい。本当は私も、美香ちゃんの身体を乗っ取る事なんてしたくなかったよ。だけど久しぶりに身体を借りて、この足でちゃんと歩いてる事を感じて。生前は何とも思わなかった夏の匂いや田舎の子供たちの心に触れたり、川のせせらぎの優しさを感じて……何もかもが新鮮に思えた。……私欲に囚われて、私はあの時正常な判断が出来なくなっちゃったの。気付かれなければそれでいい。そう思っちゃって」
絶望の淵から蹴落とされた気分だった。
「私は、自分の足で歩きたかった。元々私は身体が弱くてさ、産後は奇跡的に一命を取り留めたものの、産後からのうつ病になって、寝たきりになったの。薬を飲まないと立ち上がる事さえ難しかった。夫は何もしてくれない。幼かったあの子に夫は虐待ばっかりで、私は庇ってあげる事すら出来なかった。私もうつ病から、虐待しそうになったけど、なんとか薬で誤魔化したの」




