6 0時間(前編)
ライトブラウンに、赤い薔薇の刺繍をたっぷりと施したドレスを身に纏う。長いボルドー色の髪は結い上げた。
アルベール様とは色合わせの相談ができなかったので、彼の茶色の髪に合わせて仕立てたドレスだ。
昨日は結局、アルベール様からはネックレスを渡してもらえなかった。
(今日、持ってきてくれるのかしら……?)
首には何も付けず、彼が来るのを待つ。
――壁の時計に視線を送る。
そろそろ屋敷を出ないと間に合わなくなるのに、まだアルベール様が来たという報告は受けていない。
私は部屋の窓から外を覗くが、まだ馬車は到着していなかった。
「アルベール様、遅いですわね……」
カチ……、コチ……。時計の振り子の音が響く。
私は忙しなく部屋の中を歩き回っていた。何度も窓の外を確認する。
メイドに外を見てきてもらったが、馬車が来るような気配はなかったという。
「アルベール様、どうしたのかしら? もう、間に合わないですわよ……? 何かあった……?」
(出かけましょう。途中で会えるかもしれないわ……)
私は不安に駆られつつ、とりあえず一人で学園に向かうことにした。
結局、アルベール様に会えないまま、学園に到着した。
夕焼けに染まるロータリーで、馬車を降りる。
卒業パーティーが始まっている時間のせいか、生徒は誰一人としていなかった。
スカートの裾を持ち上げ、会場へ急ぐ。
会場の中からは、音楽の華やかな演奏が漏れ聞こえてくる。
扉を開けると、すでに会場内ではダンスが始まっていて、生徒たちが楽しそうにワルツを踊っていた。
(もうダンスが始まっていますのね……)
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に、私の息が止まりそうになる。
そこには、私を迎えに来るはずだったアルベール様が、なぜかカトリーヌ様と楽しげにワルツを踊っている姿があった。
「…………え……?」
(どうして二人が踊っているんですの……?)
スッと全身が冷えていくのがわかる。
アルベール様は婚約者の私を放置して、カトリーヌ様をエスコートしたということか。
ツカツカと靴音を立てながら、私は二人に近づいた。
「ごきげんよう、アルベール様、カトリーヌ様。ふふっ、楽しそうですわね」
私は笑顔で二人に挨拶をする。
「あぁ、ローゼ。やっと来たのか。遅かったな」
(は……、やっと来たですってぇ!?)
怒りが込み上げてくるのを、ぐっと我慢する。
「アルベール様、迎えに来てくださると約束しましたよね?」
「あぁ、そうだったな。でも仕方ないだろ、カトリーヌを一人で来させるわけにはいかない。彼女は病弱なんだぞ、君は健康じゃないか」
全く悪びれる様子もないアルベール様。さも当たり前のように義妹を優先する。
「でしたら、連絡の一つも寄越してくださいませ」
「どうせ君も来るのだし、必要ないだろう?」
私たちの様子を黙って見つめているカトリーヌ様に視線を送ると、彼女の胸元に見覚えのあるものが輝いていた。
昨日、アルベール様が購入していた、トパーズのネックレスだった。
「……これ……」
私がそれを見て呟くと、カトリーヌ様が照れたように自身の首元に触れた。
「……あ、これはお義兄様が、プレゼントしてくださったんですわ。……実は昨日、少し喧嘩しまして、仲直りの印にと」
「カトリーヌ、すまなかったな」
「いいえ、私も悪かったのですわ」
二人は照れくさそうに見つめ合っている、――私の目の前で。
――その時、私の中で何かが切れる音がした。
それは、幾重にも絡まった呪縛という鎖の切れる音だ。
今まで、いったい何を我慢してきたのか。そして、これからも、我慢する必要があるのか。眉間にシワを寄せてまで。
(……こんな人たちのために、この私が……)
「……ふっ、ふふふっ、……最高の門出ですわ、ふふっ」
私の口から笑いが漏れると、アルベール様が眉をひそめた。
「……ローゼ?」
私はスッと背筋を伸ばし、アルベール様を見据える。
そして、大きく息を吸い、告げた。
「アルベール様、婚約破棄いたしましょう」




