5 24時間前
本日は珍しくアルベール様に誘われて、宝飾店を訪れている。
学園から帰ろうとした時、アルベール様が私に声をかけてきたのだ。今日はカトリーヌ様と一緒ではなかった。
突然どうしたのかと尋ねると、『婚約者なんだから、当然だろう』と返された。
(……散々婚約者より、義妹を優先していたくせに)
疑問に思いつつも、私はアルベール様の誘いを受け入れることにしたのだった。
アルベール様はどこか落ち着きない様子で、店内を見回す。
「……すまないが、君はここで待っていてくれ」
「はい、わかりましたわ」
私は彼に言われたとおり、店内の椅子に座って待つことにした。
アルベール様はショーケースを覗き込み、店主と真剣に話している。
アルベール様が指差し、店主が取り出したアクセサリーがチラリと見えた。
彼の瞳の色と同じ、茶色のトパーズが揺れるネックレスだった。
そういえば、卒業パーティーでは、パートナーから瞳の色の宝石を贈られるのが恒例だった。
(もしかして、一応、婚約者として形式だけでもする気になったのかしら?)
今更、そんなことされても落ち着かないが、それでも、もしアルベール様が態度を改めるというなら、私も婚約者として振る舞わなくてはならないだろう。
アルベール様が紙袋を抱え、こちらに戻ってくる。
「ローゼ、待たせたな。行こう」
「はい」
私は彼が持っている紙袋に視線を送るが、アルベール様はそのまま先に歩いていく。
(帰りに贈ってくれるのかしら?)
私はその後を追いかけた。
私たちは宝飾店の近くの喫茶室に入る。
そういえば、こうやって二人でお茶をするのは久しぶりだった。
カトリーヌ様が入学してからは、一緒に帰ることすらなくなったのだから。
店員が運んできた琥珀色の紅茶に口をつける。いつもの慣れ親しんだ味だ。
(……あのシルフィグリーンは、本当に美味しかったですわ……)
昨日、殿下からご馳走になった紅茶の味を思い出していると、アルベール様が口を開いた。
「……ローゼ、今日は、突然すまなかったな」
彼には珍しく、恐縮したような態度をしている。
「いいえ、大丈夫ですわ。ですが、カトリーヌ様と過ごさないでよろしいのですか? 私とお茶などして、彼女が寂しがっているのではなくて?」
少し嫌味まじりに言うと、アルベール様は苦笑する。
「あ……あぁ、まぁ、……そうだな」
彼は歯切れ悪く答えながら、髪をかき上げる。そして、押し黙ってしまった。
(……? どうしたのかしら?)
私はそれ以上は踏み込まず、再びカップに口をつけた。
私たちは向かい合い、ただ黙々と紅茶を飲んでいる。
……会話がない。
私たちは今までどんな会話をしていたのか。
(……たしか、アルベール様がいつもカトリーヌ様の話をなさっていて、それを聞いていたのだったわ)
私たちの間には、カトリーヌ様の話でもしないと、会話が成り立たないのか。
ライアス殿下とは、アルベール様への愚痴の他にも、学園での出来事、シルフェード王国のことなど、色々とお話をした。
(……殿下との会話は、楽しいですのに……)
そんな考えがよぎり、私は首を振る。
婚約者がいる身で、他の男性のことを思い浮かべるなんて。
でも、会話もない婚約者と、この先もずっと共にしていかないとならないと思うと、心の奥底に重いモヤモヤした感情が湧き上がってくる。
『君さえよければ、シルフェードで、この伝統刺繍を学んでみないかい?』
(……でも、全てを捨てて隣国へ行くなんて、私にはやっぱり無理ですわ。……夢は“夢”だから、眩しいのですわね……きっと)
昨日の殿下の言葉を反芻しながら、私は夕暮れ時の街の雑踏を見つめていた。




