第三十九話
全員無事に〈ククリ島〉から〈トンボロジャンヨ〉を渡りきった。
岩礁地帯を越えて海を背にその先の崖を登ると、長閑な農村の様な風景が広がり、それを五、六階建てのマンション程度の高さだろうか、壁がそれらを囲む。
私達は〈サム城塞〉へと到達した。
住民達はミユズを〈ルゥリィンミユズ〉と呼び、ミユズは困ったように笑顔を返している。
なんとなく覚えている。
〈エイグレア・イーキ〉から海を渡り、〈サウザヨウ〉を超え、この〈サム城塞〉に到達した時もそうだった気がする。
〈白天竜〉のシルエリスも〈ルリンクミューズ〉等と呼んでいたか。
その時はまだ私は〈ユミル〉ではなかったからな。記憶が朧気だ。
そして同じ様に、ネムもまた〈ルシファディブリン〉と呼ばれ、敬意を持たれている様だ。
〈ハウルの一団〉の〈調査記録〉より抜粋。
マルキド歴61年の出来事を書かれた物だ。
【サム城塞にはオーガ、オークリン、エルフ、ハイエルフ、ヘプバァンが共存しており、楽園と呼ばれるククリ島のアルビオン・シリコニアから来た者達も居住していた。
城塞の中も住民も異様に清潔であり、清潔でなければ呪いを貰うとの教えからである様だ。呪いとは病の事であろう。
壁の外にはオーガ、アルケマリア、ヘプバァン、ディブリンの集落もあるらしい。
ディブリンと呼ばれる者達から稀に産まれる乱暴な個体集団による野党であるゴブリンや、オークリンの有罪追放者であるオーク、孤独相のアルケマリアの中でも凶暴な個体であるアルケ、そしてワイバァン、シャブアンドン等、危険な者達から守る為の城塞で囲まれている。
内側には畑が拡がっており、居住家屋は極端に少なく、農夫と食品加工者のものがほとんどらしい。
他の者達の居住は見張りも兼ねて城塞の壁の中の部屋で行われる。
この城塞は南東側に海、北側を河川、そこから扇型に崖や丘を巻き込む形となっており、目算で海抜三十メートル程の丘の上から見て全てを見渡せる事から、体感五十平方キロメートル程あるのではないかと予測される。
この壁はあるディブリンからの提案で建造が始まった様だ。
『我らは呪いを持っている。
拾い育てようとしたオークリンやエルフの子供達を何人も呪い殺してしまっている。
元は我らの同胞であるゴブリン共も同じく呪いを持っている。
我らはあなた達に近寄らない。
あなた達はゴブリン共から身を守って欲しい。』
この言葉と共にあるディブリンが壁を作り始めた。
それが50年程前。
そのディブリンの胸には白い石が埋まっていたという。
彼女はルシファディブリンと呼ばれた。
そのディブリン曰く、「私はフリアより知識を貰った。」と言っていたそうだ。
ゴブリン、というよりもディブリンは接触すると呪い(病)をもらう。それに対抗出来る(薬効のある)とされる、ヨウソーの卵が特産であり、必須と考えられていた。
ゆで卵で食すのが一般的。ヨウソーの見た目はまるっきり軍鶏だ。
ヨウソーの卵の効果は対症療法的なものであり、抗菌剤の様な効果は無い様だ。
ゴブリンから呪われたとされる者は治るか死亡するまで隔離され、死亡した者は火葬される。
これもまたルシファディブリンからの教えだった。】
この〈ルシファディブリン〉、どうやらネムの事らしい。
ネム「〈ネム〉は〈リワァド〉で〈名前〉って意味なんでしょ?
ク・・・じゃなかった、〈グランマリア一世〉がつけてくれた名前なんだよ。」
ネム。元は〈ネーム〉なのか。
という事は、実際に〈グランマリア一世〉と会ったことがある訳だ。
[〈グランマリア一世〉ってどんな人だったんだ?]
少し表情を曇らせながらネムは応えた。
ネム「甘い人。優しい人。全部助けようとする人。
自分を人質にして戦争を止めた人。
自分を犠牲にして〈南大陸〉を守った人。
でも私はこれを手紙でしか知らない。」
ネムは沈みゆく太陽に目を向けながら言った。
ネム「私はね、お墓参りに行きたいの。
自分の目で確かめたい。」
私はこれ以上、聞くことが出来なかった。
陽は沈み、夜が訪れた。
本当は直ぐにでも出発する予定だった。
だが出来なかった。
〈エイグレア・イーキ〉から連れてきた、連れてきてしまった、〈サラマンドラ〉達が居たからだ。
〈エイグレア・イーキ〉から〈カント〉に入り、程なく見付けた〈オーガの遺跡〉。
山岳地帯の洞窟の中にそれはあった。
そこには、〈トチ大壁〉を、〈カンナ大湿原〉を超える為、その試行錯誤を記された書物があったそうだ。
地図に色々と書き込まれた物であったらしい。
〈トチ大壁〉という名の長大な崖、もしくは、広大な湿地帯である〈カンナ大湿原〉。
このどちらかを超えねば陸路で西へは渡れない。
記録に依れば、渡りは全て失敗に終わっていた。
あの地に文字が伝わって以降書かれ始め、〈オーガ〉達の西への渡りが成功するまでの間の物であろうから、少なくとも二百年より新しく、百年以上古い物だろうか。
この時ミユズは言ったそうだ。
「思ったより状況が悪いですね。渡れると聞いていた道程が全て潰れています。
〈シマクライ〉の影響でしょうか。
情報収集の為、〈サウザヨウ半島〉の〈ククリ島〉へと行ってみませんか?
あの地の書庫は恐らく、〈南大陸〉にあるものの中では最も大規模です。
〈楽園〉と名高い場所です。」
そうしてそこから北上し、訪れたのは〈サウザヨウ半島〉。
〈サウザヨウ〉の東側を〈サラマンドラ〉に乗りこれを越え、現在地〈サム城塞〉、〈ディブリン〉達の住む三角州〈マァツ・ディシ〉、〈アルビオン・シリコニア〉を始めとした〈ククリ島〉の集落や町。
各地で情報収集を行った。
だが何処にも情報は無く、〈オーガ〉達は誰一人として残っていなかった。
いや、情報はあったのだ。だが実現不可能だった。
記述はこうだ。
【オーガを始めとした戦う者達は、ハウルの一団やハクロ号の一団と共に西へと渡った。
彼等は海を割って進んだ。
またある者達は竜のように空を越えた。】
これはマルキド語で書かれた物だった。
〈海を割って進んだ〉は〈ハクロ号〉、〈空を越えた〉は恐らく飛行船だろう。
〈オーガの遺跡〉にそれらしき壁画が残されていた。
ヨシミとトウジが〈カンナ大湿原〉を調査した際にも、陸路は発見出来なかった。
〈聖女の島〉の〈グランマリア二世〉に話を聞ければ良かったのだが、会う事が出来なかった。
〈グランマリア二世〉の守護獣、〈殺戮竜ゾネス・ドラゴン〉の〈センシン〉の背に乗らねばあの海は渡れず、空から近づけば〈グランマリア二世〉の眷属、〈アルバ〉達の妨害に遭う。
あの海には海棲の〈マセキ寄生体〉、〈マモノ〉が群れを成しているらしいのだ。
沿岸に近寄るだけで大変危険らしい。
〈ククリ島〉の〈ククリ山〉に住む〈美獣竜フェンリース〉のオパル。
彼女にも話を聞こうとしたのだが、彼女の眷属達からの妨害に遭い、謁見は叶わなかった。
リケイに依れば、[恐らく盟約によるものだ。刺激しないでおこう。]との事だった。
結果、〈サラマンドラ〉達は置いていくしか無い、という事となった。
これを見越して、ミユズとシャルはこの地に到着直後から、〈サム城塞〉の者達に、〈サラマンドラ〉達の世話の方法を念入りに教えていた。
ミユズが〈トンボロジャンヨ〉を渡れなかった事もあり、この地での情報収集はミユズとシャルが担った。
〈サム城塞〉の者達と〈サラマンドラ〉とが打ち解けた辺りで調査を完了させ、私達はこの地を去ろうと考えていた。
翌日早朝私達は〈サム城塞〉を後にし、それから原生林の中を三日程歩き、〈サウザヨウ〉の入り口付近にある〈アルケマリア〉の集落に到着した。
以前〈孤独相〉の治療を施した〈アルケマリア〉の予後を伺う目的もあった。
問題は無い様であり、数日の休息の後、出発となった。
当人の〈アルケマリア〉のデリバ、この地の代表のロスカには大変感謝された。
〈エグレイ・サウザヨウ〉、〈サウザヨウ半島〉。
その名の由来となっている〈サウザヨウ〉。
〈ヨウ〉という読みが入っている事から、恐らく〈道〉の意味があるだろう。
幅は〈ククリ島〉と同程度。
リケイ曰く、この幅はおそらく九州横断と同じ位の距離、らしい。
それが真南に向かって長く伸びている。
これもまたリケイ曰く、多分本州縦断と同じ位の距離、らしい。
何がスゲぇってホントに両方走破した事あるからな、この人、何度も。
本州縦断はチャリで、九州横断はランニングで。
向こうでもこっちでも走り切った上での〈体感〉だ。
因みにリケイおじさんの息子の千里、娘の理善、ノボル、リュウ、そして私と他にも数名、あとリケイおじさんの姉貴の万理さんも何度か見たな。
時期や年齢、回数は違えど、これに付き合わされた事があるわけだ。
完走出来たのはリケイおじさんと万理さんと理善だけだ。
他は誰一人完走してない。無理。しんどい。バカなんじゃねえのかマジで。
・・・話を戻そう。
〈サウザヨウ〉は、全土が〈トライ・バーミリオン〉に覆われている。
大型の野生動物は〈トライ・バーミリオン〉の森林を嫌う為、長大に続くこれを超える事は無い。
生息する虫の様な生物の影響だと考えられている。
竜に影響は無いらしいが、前にこれを越えた際、今いる場所に向かって来る際は、一応全員が〈エイグレア・イーキ〉は〈ヒュドル〉にて製造された防虫剤を塗りたくった上で通過した。
しかも〈サラマンドラ〉を走らせて、だ。
更には〈楽園〉と呼ばれる場所を目指していた。
今回は徒歩だ。
〈サラマンドラ〉も居ない。
しかも抜けた先は、高い戦力を持つとされる〈オーガ〉達ですら見捨てた土地である。
ミユズ『過去のオーガ達は〈サウザヨウ〉の西側を通ってこれを渡っていたそうです。
岩場が多いので比較的走り易い、という情報が〈サム城塞〉の書庫に残っていました。』
私達は〈サウザヨウ〉東側の来た道を戻るのではなく、西側の岩場を進む事となった。
〈アルケマリア〉の集落を出発して一度野営を挟み、合計丸一日程歩き、〈サウザヨウ〉の入り口へと到着した。
目の前には鬱蒼と茂る〈トライ・バーミリオン〉の原生林。
まだその外に居るにも関わらず、カサカサ、キシキシと虫の音が微かに聞こえてくる。
タチアナが不安そうに問う。
「・・・ホントに行くの?」
ノボル「覚悟決めとけよ。
忌避剤効いてないっぽいのも居たからな。」
マリ「・・・そんなにヤバいの?」
タチアナ「デッカい足無しムカデみたいなのが居る。
すごいキモい。
小さい不快害虫は数え切れない。」
マリ「あ~・・・イヤかも。」
リュウ「刺す奴は大体忌避剤が効くらしいから、・・・まぁなんとか頑張ろう。」
ウェン・ディ『何があってもお側にいますわ!!!』
日本語をあまり理解していない〈マジ様ファンクラブ〉筆頭、ウェン・ディは張り切っている。
少しだけ日本語が分かるポルカは、少しだけ緊張しているだろうか。
・・・多分少しだけじゃダメなのぜ。
シャルとネムは平気そうだが・・・ミユズとニィアは沈黙している。
シンガとその眷属達は、明らかに嫌な顔をしている。
今思えばタチアナのファントム達も、前にこの〈サウザヨウ〉を通過した際は、ずっと空を飛んでいたと思う。
タチアナの群れに混ざり込む、フラウより預かった〈コクヨク〉達も同様だ。
マリの眷属、〈フェンネル〉達六頭はイラついている様に見える。
みんな、嫌なんだな。
トウジ「・・・マリ連れて飛んでくれません?」
ヨシミ「そしたらタチアナが残っちゃうでしょう。ダメよ。
・・・時を待ちなさい。」
飛んで逃げる気満々のゲス竜共の密談がバッチリ聞こえてくる。
私もゲス竜と成り果て、ニャフンの為になんとかしなければ・・・。
・・・私達は地獄へ行く為に地獄へと踏み入った。
・・・次回、ギャグ回・・・だったらいいな・・・。




