第三十六話
〈サム城塞〉にて。
ヨシミさんとミユズは、テオとリケイおじさんがやっていたという滑空飛行の真似事を始めた。
ミユズは全力疾走、かなり速い。
直線ならば今の私よりは全然速いだろう。
その上空ギリギリをヨシミさんが低空飛行、ミユズはその前肢に掴まりヨシミさんは上昇出来るところまで上昇、そこから滑空。
三キロ程で地上付近高度数メートル、地面は乾いた砂と草、ミユズはそこで手を放す。
ミユズは着地と同時に足が追いつかずゴロゴロと転がる。
ヨシミさんは限界まで高度と速度を落としているが、どうやら無理がある様だ。
ミユズは傷だらけである。
ミユズ「もっかいやりましょう!」
ヨシミ「諦めましょ。この飛行距離だと海に落ちてしまうわ。
あれはリケイさんが頑丈だから出来ていた事よ。
私の飛行能力もまだ心許無い。
例え軽いケガでも感染症が危険なのはアナタならよく知っているでしょう?」
ミユズ「大丈夫です!私は(ヘプバァン)なので!」
ヨシミ「・・・そういえばアナタ〈ハイエルフ〉じゃなくて〈ヘプバァン〉だったわね。
〈ヘプバァン〉は病気にはならないって話だったかしら。」
ミユズ「そうです!
病気に対する耐性だけなら、〈竜〉や〈聖女〉と変わりません!
やっときましょう!もういっかい!」
〈ヘプバァン〉の女性の見た目は〈ハイエルフ〉とほぼ変わらない。
自然下に於いては、ある種の擬態だったのではないかと予測されている。
やたら美形のアホの子が居ると思ったら、大抵〈ヘプバァン〉の女性だ。
ヨシミ「・・・いや、ダメよ。
防具を作るとかしてからにしましょう。
一度戻るわ。」
縋り付くミユズはヨシミさんに拘束され、「チックショー!!!」等の叫びで抵抗するもシャルにより〈サム城塞〉の家屋に放り込まれ、軟禁され、ヨシミさんと私は〈アルビオン・シリコニア〉へと飛び立った。
ミユズの〈ククリ島〉への渡航に関しては簡単な解決方法があったが、この時は誰も可能だとは思っていなかった。
一時間程をかけて飛び、〈原初の樹シリコア〉へと到着した。
ノボル「あぁ防具っすか。落下対策?
サイズ合わせながら作らねぇと装備固定する所の皮膚とか擦れてケガみてぇになっちまう。クッション素材がなかなか良いのがないんすよね。ウレタンフォームとか作るかとは思ったんすけどうろ覚えだし。
あと防具にも受けの技術とかあるんで、教えながらやんないと。」
ヨシミ「そうなのね。ここで作って持って行く訳にはいかないか。
気球は使えないのかしら?」
ノボル「〈サム城塞〉からここまででしょ?
南か南東に向かって風吹いてくんないと無理っすね。今はほぼ真逆っす。
グライダーもなぁ〜あの辺ほとんど低地で平地だし。〈凧揚げ〉してみるか?車とか無いと無理か。」
〈アルビオン・シリコニア〉の地下の〈旧迷宮〉、〈原初の樹シリコア〉のほぼ真下。
そこには付近で最大の〈死宮〉がある。
ここにあるのは鍛冶場。
〈アルビオン台地〉を貫いて空に向かい伸びる煙突は高低差六十メートル、相当な吸引力を有する。
ノボルはここで〈学校〉の成績優秀者である、〈エルフ〉のケイク、〈肌色ディブリン〉のネム、〈オークリン〉のシイド、〈アルケマリア〉のビザ等と共に鍛冶に勤しんでいた。
現在ノボルは手を止めて、ヨシミさんと共にミユズをここまで輸送する為の計画を練っている。
〈原初の樹〉の真下の〈旧迷宮〉であるにも関わらず、〈アルケマリア〉の若者ビザは普通に作業をしている。
私は、前々から気になっていた矛盾があったのでネムに聞いてみた。
[〈アルケマリア〉達は〈原初の樹〉の匂いで酩酊してしまうから〈トライ・バーミリオン〉の外に住んでいると聞いているが、〈アルケマリア〉の彼は大丈夫なのか?]
ネム「え?!文字?!しかも〈リワァド〉!」
あぁまたか。忘れていた。一時は分からないふりとかしてたしな。
[記憶を取り戻したんだよ。]
ネム「ほう。」
ネムの見た目は完全に子供だが、それらしからぬ言動をする事がある。見た目と言動が全く合っていない。
あと、リュウにすごく懐いている。日本語を介していた事もあり、リュウもまたよく面倒を見ていた。
因みに、ここ〈アルビオン・シリコニア〉に於いて日本語を話せるのは、〈ロナルケ・レィディ〉、〈聖女教〉の〈神官〉と、彼等が主宰する〈学校〉の学生の内の一部の者のみだ。
もう一つ追記するなら、この〈学校〉に卒業の概念は無い。
ネムは少々険しい表情で応えた。
「彼等のアレは優しいウソだよ。」
?
[どういう事だ?]
ネム「〈アルビオンの悲劇〉って知ってる?」
[歴史書で読んだ。知っている。]
ネム「あの事件の前は〈アルケマリア〉達も相当数ここに住んでたんだよ。
でもここの復興が済んだ後、呪われやすいヒト達に自分達が住んでた場所を譲ったの、〈実は酩酊するから〉っていう理由を付けて。
もちろん大嘘。酩酊なんかしてない。」
あぁそう言う・・・納得したが多少違和感がある。
[詳しいな。
私の調べ方ではその情報は得られなかった。]
ネム「私の親は〈ゴブリン〉だから。
〈ゴブリン〉の集落とかで保護された子供は、〈アルケマリア〉の集落である程度まで育てられた後、普通の〈ディブリン〉は〈ディブリン〉の集落へ、私みたいな〈肌色のディブリン〉は〈アルビオン・シリコニア〉に送られるの。
〈アルケマリア〉の長老フキ様が、当時周囲への被害が大きかった〈ゴブリンの洞窟〉を滅ぼしたの。
その時に保護されたのが私。
〈アルケマリア〉の歴史は勉強してるんだよ。大恩があるもの。」
ネムが幼い姿である事にはやはり違和感しか無い。
なんというか、言葉に時間を感じるのだ。言葉が分厚い。
ネム「・・・〈アルケ〉はすっごいコワイけど。」
急に子供っぽい事言ったな。
あぁそうだ、〈アルケマリア〉も〈孤独相〉になってしまうのだったな。
〈孤独相〉の〈アルケマリア〉は〈アルケ〉として区別されている。
〈アルケ〉の〈孤独相〉の治療は上手く行っていないらしい。
外殻が硬すぎて上手く絞め落としが出来ない様なのだ。
以前リケイおじさんが無理矢理絞め落とした際、外殻が割れて内部に向かって刺さり、大きな血管が破れ、結局蘇生が出来ない、といった事態になってしまったらしい。
〈アルケ〉は単純に強いしな。
暴れられるだけでも失敗の要因になってしまう。
以前〈サム城塞〉付近で一体だけ成功したが、これはノボルとミユズの外科的処置の助けがあっての事だった。
そもそもこの地で〈アルケ〉の存在数自体少ないのだが。
ノボル「ネムさ〜ん、再開するわよ〜」
ネム「はぁい」
彼等は、魚達から浴びせられる刺突斬撃対策、そして〈フネクライ〉の触手対策を両方可能にする防具を製作中だ。
完成すれば清流でなくとも浅瀬までなら渡る事が出来る様になるだろうバカヤロウの猫撫で声は気持ち悪い。
〈原初の樹シリコア〉が聳え立つ〈アルビオン・シリコニア〉の〈屋上〉。
そこで日々〈開催〉される〈学校〉。
何故〈開催〉という表現かと言えば、特に建物がある訳ではないのだ。この地の〈ハウルの館〉は図書館の意味合いが強く、〈ヒュドル〉の様に教室等が併設されている訳では無い。
因みに、〈ヒュドル〉の〈ハウルの館〉の方が新しいものの様だ。
この〈学校〉には大人子供問わず希望者が集まり、〈マルキド語〉と〈日本語〉での授業が行われる。
〈マルキド語〉で行われるのは〈マルキド語〉、〈四則演算〉、小中学生レベルの〈理科〉。
そして、敢えて日本語に訳すならば、〈歴史を例とした公民と道徳〉。
〈グランマリア一世〉、〈ハウルの一団〉、〈ハクロ号の一団〉の偉業が主に扱われる。
〈日本語〉では〈日本語〉と、更に加え、農業、漁業、建築、鍛冶を目的とした〈生化学〉、〈化学〉、〈物理〉。
そして距離、面積、体積、質量、速度、時間を計測する事を目的とした〈数学〉。
これが何故日本語で行われるのかと言えば、〈マルキド語〉に訳された教科書が無いからだ。
そもそも〈マルキド語〉そのもの自体がまだ発展途上だ。
そしてその中で〈マルキド語〉での〈理科〉の一環としての〈調理〉の教鞭をリュウが取っている。
それは巨大な〈原初の樹シリコア〉の麓に生える大樹の下、木漏れ日の中行われていた。
リュウ『加熱の工程は食材に内包された〈命〉を全て殺す事を目的としているという事です。
もしも食べる側の身体に害をなす生物の〈命〉が残っていた場合、身体の中で増えてしまい、病気になってしまう場合があります。
先ずは十分な加熱を心掛けて下さい。
そしてもう一つ。
〈サリィライルフラウ〉によく似た〈サリィフラウ〉が良い例ですね。
これはら害となる〈物〉を内包します。〈目に見えない程小さな命〉ではなく〈目に見えない程小さな物〉です。
これは〈毒〉と呼ばれます。
これは調理程度の熱では無力化出来ない場合があります。
そして、先ほど出てきた〈害となる目に見えない程小さな命〉。
これらは身体の中に入った後で〈毒〉を作る場合と、身体自体を食べる事で傷つける場合、そしてその両方を行う場合があります。
余計な物を身体に入れてはならない、という事ですね。』
ちゃんと先生してやがるキモチワリィ。
私の中には、ユミルとしての自我と記憶と共に、トリコもまた私の中に存在している。
多重人格という訳では無い。トリコであった時の自分もここに居るのだ。
トリコであった時にも計算は出来ていたし、日本語も理解出来ていたし、さなぎの技も使えていた。
ユミルが半分眠っている様な状態であったとでも言おうか、だが〈こういうときにはこうする〉という事は出来ていたのだ。
おかげで〈マルキド語〉もある程度理解出来ていたり、この世界に於いての安全な場所危険な物等もトリコの経験記憶から理解出来る。
ただ気を抜くとたまにトリコが出てくる。もしくは幼竜の習性なのかもしれない。
座っているリュウやノボル、リケイおじさんの膝の上に座ったりしてしまう事があるのだ。
なのでこのヒト等のマトモだったり気遣いだったりを見ると余計キモチワリィ。
その日の夜、〈ククリ島〉は〈原初の樹シリコア〉の〈聖者の祠〉に皆が集まった。
現在全員で旅立ちの準備中だ。
定期的にその進捗状況を報告するのだ。
そこにリケイに連れられてミユズとシャルが現れた
。
ミユズ「へへへ、来ちゃいました。」
「「は?」」
ヨシミさんとノボルは呆気に取られている。私も意味が分からない。
シャル『大人一人背負っているのに、〈サラマンドラ〉位速かったですよ。流石です。』
再度確認するが、〈トンボロジャンヨ〉は滑り易く、短時間で渡りきらねば海洋生物に襲われる為、とても危険である。
リケイおじさんはそんな〈トンボロジャンヨ〉を、ミユズを背負い、普通に走って渡りきったらしい。




