第三十四話
「ニャ〜いっぱい食べるとよい、ニャ〜。」
ニィアが今日も〈原初の樹シリコア〉の地下、〈アルビオン台地〉内部、〈迷宮節殻貝〉の〈死宮〉に色んな物を与えている。
残飯処理の様に見えるが、色々と食べさせると〈迷宮節殻貝〉の発光が強くなる。
〈迷宮節殻貝〉の発光の度合いが良くなると〈ケッカ〉の〈迷宮クローン〉の肉付きが良くなるらしい。
使われる頻度が低くなってしまった〈死宮〉は徐々に小規模になりやがてその機能を失う。
〈死宮〉は所謂下水処理としても使われている。
これが減るとトイレや調理場等の水場として使える場所が減ってしまう為、定期的に食事が与えられる。
〈迷宮節殻貝〉への給餌、いや〈給仕〉は〈ヘプバァン〉が行う神聖な行いである、というものが住民達からの認識だ。
〈エルフ〉や〈オークリン〉、〈ハイエルフ〉もこれには手を出さない。
ここ〈ククリ島〉に於いて〈ヘプバァン〉は、〈聖女〉の次に位の高い者達として認識されているからだ。
但し手伝いは推奨されている。獲物の解体、可食物の採集、周辺の清掃等である。
〈アルビオン・シリコニア〉の〈迷宮〉は〈原初の樹シリコア〉より地下に延び、海抜零の高さで水没する。
そこから更に六方向に分かれて海に向かい延びる。
その中のひとつはヨシミとトウジが〈地獄の蓋〉より入り発見、処理した大規模な〈卵宮〉に繋がっていた。
これは〈ゴブリン大侵攻〉の後、リケイおじさんが水中に潜り、探索し、証明した。
水没地点から地上までの部分は〈旧迷宮〉と呼ばれるが、その部分の〈迷宮節殻貝〉は生きていないわけではない。
蛍の様に通路を照らし、複数ある〈卵宮〉では〈ケッカ〉の〈迷宮クローン〉が育てられ、〈子供部屋〉等の空間には住民が居住している。
私の名はユミル。
以前はトリコと呼ばれていた。
日本での名は見郷弓流。〈みさと〉では無い。〈けんきょう〉と読む。
見郷家は神代家の分家だ。
分かれたのは占守島の戦いの直後だと聞いている。
同じくリュウ、逢沢龍驤の逢沢家、そして熊野家、水嶋家、宗像家も神代家の分家だ。
こちらはもっと歴史が深い。
神代とその分家は、千賀家とその分家である織原家と稲葉家を主君として仕えてきた一族なのだそうだ。
ノボル、織原音階は織原家の者であり、自称中小企業〈コンストレイション社〉の社長だ。
全ての家が男系男子を当主とする事を守り続けている。
この歴史は、千賀家が豪族と呼ばれていた時代から始まっているらしい。
つまり、私とリケイおじさんは親戚にあたり、家としてはノボルに仕える立場となる訳だ。
いや、今となっては全てが過去形か。
神代を継ぐ私達の家にはある武術学術が存在する。
〈さなぎ兵術〉。
これを使う我々は〈さなぎの兵〉と呼ばれた。
まぁこれも大昔の話ではあるのだが。
私も幼い頃からこれを学んだ。座学もあるからな。
一番上の兄と私はこれを好き好んで学んでいた。
研鑽により戦力が上がっていく事が楽しいと共に、それを失う事を恐れ、訓練を休む事が出来なかった。
ある日私はある事件に巻き込まれる。
私はフィールドワークで、ある海岸を訪れていた。倉庫街脇の海岸だった。
休息を取っていると、ある倉庫に大型のバン、ワンボックスカーが六台、乱暴な運転で入って行き、即座にシャッターが閉められた。
違和感を感じ、一応織原ノボルにメッセージを入れ、斥候を始めた。
その倉庫の中では外国語が飛び交っていた。アジア系数カ国語と英語だった。
知っている制服の学生三名が捕らえられていた。
リケイおじさんとヨシミさんの娘、理善が通う高等学校のものだった。
倉庫二階の物陰から、一階部分を覗き込むとその中には、理善にいらんちょっかいを掛けているという話の、ヤクザの娘、大門奈緒の姿があった。
一緒に捕まっていたのは、警官の娘、人形朱、それともう一人、この子の情報は持っていない。
バカ社長から待てだの動くなだのメッセージが入っている中追加情報を伝え、警察にも連絡しようとしたその時、男の怒声が上がる。
倉庫入り口に目をやると、右手に血塗れの剣鉈を握った神代理善の姿があった。
理善に一番近い男は理善に散弾銃を向けていた。
たかが誘拐に散弾銃だ。やはりただの誘拐ではなかったのだろう。
神代理善は天才だ。それは知っていた。
立ち合いを見た事がある。あの子は異常だ。
長い髪を後ろに一つで纏め、その身体は正面から見ると細身であり、普通の少女にしか見えない。
だがその身は前後に分厚く、〈鶏皇〉なる技術を使用しこれが最適となった際、頬の血管が怒張する。
この特徴は史上、神代の男系男子にしか現れていない。いや、不確定が三人居たな。
女の身でこれを宿した彼女は、〈さなぎ兵術〉を知る者達の中で、〈奇跡の子〉等と呼ばれていた。
私は、十近く歳の若い少女の技術に、強さに、生まれ持った才能に、本気で憧れた。
だが今、人質を取られ、散弾銃を向けられ、敵の総数はまだ見える限り十二名残っている。
敵集団はカタコトな日本語で「動くな」を連呼していた。
理善はゆっくりと歩き、壁際に向かい、立て掛けられた金属製の建材を固定しているワイヤーに唐竹を一閃、その一振りのみでワイヤーを叩き斬った。
建材は四方に向かって倒れ、その場は混乱する。
同時に理善は散弾銃の男に躍りかかり喉に一突き、散弾銃を蹴り飛ばし、数歩駆けながらもう二人首に一刀、背中から肝臓に一突き、迷いなく、確殺していった。
残り九つ。
私は急ぎ一階へと駆け下り、人質付近の二名の両鎖骨を破壊して制圧、理善が蹴り飛ばした散弾銃の方へと走る。
残り七つ。
理善はまた駆けながら、喉を裂き、鎖骨の隙間から心臓を突き、肋骨の隙間から心臓を突き、目を突き両鎖骨を壊し峰で頭骨を叩き割った。
残り三つ。
私は理善の技に、所業に見惚れながら散弾銃を拾い振り返る。
目の前に何かが浮いている。
それを左手で掴み、人質と理善から一番遠い敵影に向かい走り、ソイツの口の中に突っ込んで仰向けに押さえつける。
小型の手榴弾だ。隠し持つ事を目的としたものだろう。
程なく炸裂した。
敵の頭ごと私の左腕は吹き飛び左目もやられた。
残り二つ。
理善はすでに残り二人を斬り伏せていた。
名も知らない少女が私の左上腕に触れていた。おそらく止血をしてくれていたのだろう。
後の事はうっすらとしか覚えていない。
病院で知った顔に治療されていた。稲葉総合病院に運ばれたんだな。
おそらく私の事だろう「舞浜事件の被害者」という言葉。違うけどな。
最後に聞こえたのはテレビの音声。
「舞浜事件の続報です。陸上自衛官が十二名を殺傷したとの事です」というニュースだった。
おそらくこの時、私は死んだのだろう。
昨日私は皆に自分の正体を伝え、〈原初の樹〉に見せられたのであろう夢の内容を伝えた。
〈原初の樹シリコア〉の〈聖者の祠〉、(ルリンクドーラ)内、〈グランマリア一世〉の研究室にての事だ。
マリ「〈原初の樹リィンリア〉に〈青いデバイス〉、そして〈大量の青〉か。
放っとくと〈ナキ〉が〈青いデバイス〉を取り込んで強くなっちゃうから回収して隠せってコトだよね。」
【ナキは海から現れる。
青いデバイスを隠しなさい。
これはナキに力を与える。
ナキはリィンリアに向かうだろう。
あの地には大量の青が眠っている。
ナキは聖女を喰らうだろう。
理由は私に似ているから。
ナキに力を与えてはならない。
聖女を守りたいのならば。】
この声の主が味方であるならば。
[これをそのまま読むならばそうだね。]
リュウ「そんでユミルちゃんさぁ、ニャフンの正体に心当たりは無いの?」
それな。
[無い。ホントに分からん。
トウジ君とマリちゃんはいつ頃記憶取り戻した?]
マリ「私は最初から私だったよ。卵の中の時から。」
トウジ「同じく。」
記憶に問題があるのは私とニャフンとタチアナだけか。
何かしらの条件でもあるのだろうか。
私とニャフンの産まれ方はかなり特殊だ。
私とニャフンだけが同一の樹卵から産まれている。
リュウが言い難そうに口を開く。
リュウ「・・・言い難かったらゴメン、その場合は無理には聞かない。正直聞き辛かった。
皆の最後の記憶の日時聞いても良いかな?
オレは何年かは覚えてない。もう体感二十年位前だし。
年明けにデカめの地震あった年の、十二月一日から三日位?十二月の始め頃の夜。」
マリ「あ、多分同じ年だと思う。
十二月九日。トウジ君の誕生日だったし。」
トウジ「一緒。」
マリ「ん?あれ?変だよ?
リュウさんとオッちゃんとうちの父ちゃん、私がこっち来る直前に会ってるけど。九日の日に。」
リュウ「・・・?いや、そんな記憶は無いよ。」
マリ「オッちゃんとリュウさんが退院するってうちの父ちゃんが迎えに行ったんだよ。
確かにオッちゃんとリュウさんだったよ。」
リュウ「・・・退院?俺等入院したの?・・・ニセモノとかじゃなくて?」
マリ「本人だと思うけど・・・ちゃんとお話もしたよ?」
・・・ホラーかよ。コエーよ。新要素とかもういらねぇぞ。
ヨシミ「私とリケイさんも十二月一日から二日にかけてだと思うわ。
リケイさんが車を運転して、私は助手席に乗っていたはずよ。」
リュウ「なんだよ車かよ。
俺等ヨシミさんとリケイさん探してたんだよ〜?
すっごいVR酔いしながらドローン操縦してさぁ〜。
そしたらそのまま意識途切れたんだよ。
・・・事故ったりしてないよね?」
ヨシミ「芝浦過ぎた辺りのコンビニの前に停車してたから大丈夫だと思うわよ。」
・・・?ヨシミさん、なんか変だな。
リケイおじさんも沈黙してるし。
・・・いや、そうか。思い出した。
・・・隠しておきたいんだ。
リュウ「やっぱ銀座付近だったか〜・・・ってコトは、千理の安否はわからず仕舞いか・・・。」
マリ「?千理さんってリケイおじさん達の息子さんの?
病院に運ばれたけど無事って言ってたよ。うちの父ちゃんが。
打ち身とヤケドって言ってたけど。」
ヨシミ「ホントに?!ホントかしら?!」
マリ「え?!うん!大丈夫だって言ってたよ、確かに。」
ハッと我に返った後、平静をとり戻そうとしたのであろうヨシミさんは、押し黙った。
ただ、その涙は止まらず、という様子だった。
・・・竜って涙出るんだな。
リケイおじさんとノボルは押し黙ったままだった。
ノボルに至っては終始、一言すら発する事は無かった。
リケイおじさんとヨシミさん、そしてノボルは皆に知られたくない事があるのだろう。
リケイおじさんとヨシミさんの事は予想が付いている。
私はリケイおじさんの手記を読んだ。ハッキリと書いてあった。
[妻と共に身を焼かれた]と。
二人が隠すならば、私も口外してはならない。
・・・そうか。
〈ハウル〉や〈ハクロ号〉の面々も、こういう事があって文書を切り取ったのかもしれない。
翌日、つまり先ほど。
情報収集の為にと了承を取り、再びリケイおじさんの手記を読ませてもらった。
幾つかの部分が黒く塗りつぶされていた。




