第三十一話
海岸に集まっていた住民達は静まり返っている。
タチアナの〈ファントム〉達を警戒しているのだろう。無理もない。
体験してきた者達は知っている。知らぬ者達は聞かされてきた。
この島〈エイグレア・イーキ〉に於いての調査で改めて知った。様々な文献に記述がある。
〈ファントム〉は本来、危険極まりない捕食動物なのだ。
ノボルとリュウが私達の元に合流する。
ノボル「あー・・・ここもやっぱこんな感じ?」
リュウ「・・・さっさとメシ食って寝たい。」
いつのまにかロディアやフラウは後ろに下がり控えていた。
「〈神獣〉の皆様、歓迎致します。
この島の名は〈エイグレア・イーキ〉。
管理を任せられております私はクラン・ロディアが固有名です。」
あぁ、喋れねえの忘れてた。橋渡しとかやんねぇといけねぇじゃねぇかどうしよう。
ヨシミ「ご丁寧なご挨拶恐縮です・・・ってこれで通じますか?
日本語、〈リワァド〉で大丈夫でしょうか?
私達は〈マルキドワァド〉でも大丈夫ですが。」
いや、そこは問題無い。大丈夫だ。
ロディア「どうぞ日本語でお話し下さい。
この地〈エイグレア・イーキ〉は〈マルキド歴275年〉より、過去の〈神獣〉の皆様方の意思により、日本語での〈義務教育〉がなされています。
〈マルキド語〉は名詞等の単語でのみ存在している程度であり、話せる者は一部です。」
そう、〈義務教育〉。書物で読んだ。
ここ〈エイグレア・イーキ〉では、五十年以上もの間、謂わば〈日本化〉が行われてきた。
ミユズ「お久しぶりですロディアさん!フラウさん!
早速なんですけど、現在の害獣ってどんな感じですか?」
ロディア「本当に久しぶりです、ミユズ。
〈ファントム〉達の食事ですね。〈ヘビ〉ならいくらでもどうぞ。」
フラウも手を上げて応える。まさかの顔見知りの様だ。
という事は、ミユズは少なくともここを訪れた事があるという事か。
目に見えてロディアもフラウも嬉しそうだ。
ミユズ「ありがとうございます!
タチアナ様!〈エバンミィア〉と〈テオミィア〉です!」
タチアナ「わかりました。助かります。」
タチアナは目を閉じ両手を開く。
すると、天から垂れる光の糸が更なる光を放ち、タチアナを中心に拡がり、全ての〈ファントム〉達と繋がる。
よく見ると、ヨシミとも繋がっている。
ニャフンとも繋がっている。それを通してトリコとも繋がっている。
タチアナは拳を振り上げ、数秒の間を置いて「食べ過ぎちゃだめだよ!」の声と共に振り下ろす。
〈ファントム〉達はウミネコやカモメの様な声を上げながら散っていった。
同時に光の糸と柱は弾ける様に光を放ち、やがて見えなくなった。
一体なんなのだこれは?
原理も何もかも全く分からない。何らかの意思疎通方法なのか?
リスク等は無いのだろうか?
ロディア「・・・本当に従えているのですね。
お食事の用意を致します。少々歩きますがご容赦願います。」
・・・ロディアは何か知っている様だが・・・。
歩き出そうとするロディアに追いつきながら、ヨシミが口を開く。
「感謝します。
夫がお世話になっております。
私の名はヨシミ、姓はカミシロです。」
ロディア「恐縮ですわ。
夫、妻、夫婦、姓や苗字でしたか?血の繋がる集団名、でしたでしょうか?
〈ハイエルフ〉や〈オーガ〉の長達が用いるもの、と記憶しておりますが。」
ヨシミ「その通りですね。ここでは一般的ではないのですか?」
ロディア「この地の〈アルブ〉達は血縁を確認している暇など無かったのです。六十年程前までは本当に過酷な地でしたので。
ノウラが眷属達を纏め上げられる様になってからは、とても平穏な地となりました。
実験的に世襲を始めた者達もいるのですよ。
数十年程前にやっと技術的に可能になったのです。」
・・・〈世襲〉が〈技術的〉に可能になった?意味がわからん。
知らん事、分からん事が多すぎる。
いや、ロディアの事だ。知っておかねばならない事ならばそのうち教えてくれるだろう。
フラウ「リケイ、私は少し外す。
ノウラに伝えてやらないと気が気でないと思う。」
あぁ、そうだったな。
[頼んだ。改めて気にするなと伝えてやってくれ。]
フラウは飛び立ち、ロディアの塒に向かった。
ノボル「まぁた黒いネーさんたらし込んだんか?」
リュウ「黒ギャル好きだよな、昔っから。」
・・・嫁の前ですふざけんなよクソガキ共。
軽口を叩きながらしばらく歩く。
やがて〈ハウルの館〉へと到着した。
宵闇の中、広場に灯りが燈され、敷地入口から見える〈ハウルの館〉の軒下では日中の学校での様に、子供達の歌声が聞こえる。
〈テオス・ドラゴン〉、〈フェルンドールマリア〉、〈トライ・レィディ・フリアクイーン〉等といった、古くから伝えられてきた歌が歌われている。
ここでは、子供たちはこれらを覚え歌うことで、言語理解の入口となっている様だ。
いや、〈原初の島〉でもそうだったのだろう。
そこから更に中庭、というか校庭か。足を進めると祭の屋台の様なものが多数並んでいる。
町中から人が集まっている様だ。串焼きが多いな。
ふと校庭の校舎側に目を遣ると、ファティマ達が居る。
ロディアの塒の〈アルブ〉達が調理をしている。十数人居るな。全員来ているのではないか?
どうやって来たんだ?かなりの距離だが。
あぁ〈サラマンドラ〉が居るな。騎乗して来たのか。アイツ等かなり速かったな、そういえば。
ノウラが一人でロディアの塒の留守を守り、ニャフン等捜索の人手をこちらに寄越したという事だろう。
ノボル「うまそーだな。スパイスとかもあんのな。」
リュウ「汁気モンねーかな。さっさと喰って寝たい。さすがに疲れた。」
まぁそうだろうな。悪かったよ。
よく知った顔が近付いてきた。〈ヒュドル〉に戻っていたのか。
ヨハン「ようこそいらっしゃいました〈神獣〉様方!
この町〈ヒュドル〉の代表をさせて頂いております、ヨハン・ランスが固有名です。
どうぞ御用の際はこのヨハンにもお申し付け下さい。
本日はこの食べ放題を対価に、皆に依頼をしておりましたので、並んでおります物はどれでも好きなだけお召し上がり頂けます。
どれも安全、美味を自負させて頂いております。」
ノボル「安全!いいっすね!」
ロディアとヨハン、ノボル、ヨシミは色々と食べながら話し込み始めた様だ。
疲れ切った様子のリュウとタチアナ、そしてトリコは、ニャフンを抱き上げたシャルと共に私の座るテーブルに残る。
ミユズ「取り敢えず食べましょう!
特にタチアナ様と私は余計に食べておいた方がいいですよ。私達は〈ハイエルフ〉ではないので。
多分大丈夫ですけど、万が一〈孤独相〉になってしまうと取り返しが付かないので。」
・・・〈孤独相〉。ミユズは知っていたのか。ん?〈ハイエルフ〉ではない?
ロディアやヨハン、フラウとも面識がある様だった。
タチアナ「はぁい。スープがいい。」
ミユズ「美味しそうなのがありましたよ。どうぞ。シャルも食べておきなさい。」
シャル「ハイ、イタダキマス。」
そういえばシャルは、日本語勉強中という話だったか。
自力で読み解きたい書物があるらしい。
ミユズとシャルは何故ついてきたのだろう?
ミユズば〈フリア家〉。シャルは〈カスガ家〉。共に王族のはずだが。
[二人はどの様な経緯で同行して来たのだ?]
ミユズ「そうですね・・・基本的には道案内ですね。ここまでの、では無いです。
皆様には先ず、〈ギーフ〉は〈セイキガーラ〉の島々に向かって頂きたいのです。
ウォードさんの許可は取ってあります。」
〈ギーフ〉?〈セイキガーラ〉?
ミユズ「ここから西に大陸へと渡り、更に西に広大な湿地帯〈カンナ大湿原〉、その先に〈センベ生態系〉。
ちなみに〈カンナ大湿原〉は〈カント生態系〉に属します。
〈センベ生態系〉に入ると陸上生物の生態が目に見えて変わるので面白いですよ。
その先に〈南の大陸〉と〈北の大陸〉の繋ぎ目の島々、そこが〈セイキガーラ〉です。
日本語を解する者達は〈セイキガーラ列島〉と呼んでいます。
日本語を解する者達以外にとっては、諸島や列島の概念が一般的ではないので、地名のみで表現する事が多いですね。」
遥か西の地。
モカも遥か西から赤い竜に乗って帰って来たのだったか。
ミユズ「〈神獣〉には、あの地の状況を先入観無く見て欲しい、というものが〈ハウルの一団〉や〈ハクロ号の一団〉の意思です。」
・・・意思?
ミユズ「過去〈センベ生態系〉、〈センベ地方〉と言った方が良いでしょうか、そこに住む〈リィン〉達は、〈孤独相〉となった同胞達を、現在の様に〈死刑〉にするのでは無く、戻る事が出来ない〈カンナ大湿原〉や〈北の大陸〉に追放していました。」
殺生を嫌うが故の島流し、といった所か。
ミユズ「〈北の大陸〉へと追放された者達は、その地を喰い荒らしました。
〈北の大陸〉の〈リィン〉である〈ニゲン〉達は〈南の大陸〉を大変恐れました。
〈南の大陸〉の者達は〈北の大陸〉に〈知的生命体〉がいる事など知る由も無かった様です。」
〈ハウルの館〉で読んだ。
双方とも旧石器時代の様な文明レベルであった時代までの話だな。
ミユズ「その様な状況の中、〈マルキド歴72年〉に〈ハウルの一団〉が〈北の大陸〉に到達し、隠れ住む〈ニゲン〉達のその文明に、知識を与えました。
現在では〈ニゲン〉達自身で作り上げた壁の内側での生活が主流の様です。
〈ニゲン〉にとっての危険生物は、南大陸から来る〈孤独相〉だけではありませんしね。」
そう、〈ハウル〉が知識を与えてからは相当に改善されているはずだ。
ミユズ「〈ハウルの一団〉が〈北の大陸〉に知識を与えてから五十年程で、〈南の大陸〉に進出し、〈ニゲン〉のみで幾つかの砦、それらを繋ぐ街道を築く程になっていました。
しかしその後〈ニゲン〉達は、この砦を基地として、小さな動物や動物の幼体、〈リィン〉達を〈北の大陸〉へと連れ去っていた様です。」
・・・なんというか・・・やっぱりロクでもねぇな、〈ニゲン〉・・・たった数十年、その発想に至るまでが速すぎるだろう。
ミユズ「そんな中、事件が起こります。
〈マルキド歴123年〉、〈ハウルの一団〉の一人、〈モゥム〉様が〈ニゲン〉の集団に攫われ、〈北の大陸〉に連れ去られました。
この時まで〈ハウルの一団〉は〈ニゲン〉による誘拐を全く把握していなかった様です。
これに〈ハウルの一団〉は激昂し、即座に〈北の大陸〉に攻め入ります。
その数は千以上とされています。
〈ヒアッキアコウ〉を自称し、生存している攫われた者達全てを救出するまで、幾つもの町を焼き、破壊し、数万の〈ニゲン〉を屠ったとされています。
これの分隊は〈南の大陸〉に残っていた〈ニゲン〉達を鏖殺しています。」
〈ヒアッキアコウ〉。
〈怪物の軍勢〉といった意味の言葉。この後結果的にそうなったのだろう。
まぁ、〈百鬼夜行〉だろうな。
ミユズ「これ以降、〈南の大陸〉の玄関口である〈セイキガーラ〉では、大陸間の行き来に対して、厳格な規制が行われ始めます。
〈セイキガーラ〉にも〈ニゲン〉は住み続けています。恐らく今も。
実際、無害な者達がほとんどではありますので。
〈ハイエルフ〉と〈アルブ〉が統括する事になっていますね。」
・・・甘いが、まぁそうなるか。
ミユズ「〈南の大陸〉の〈リィン〉達は元来、持ち運べる程度の物に対してでなければ、所有の概念を持っていませんでした。
住居が必須ではない事に起因するものと考えられています。
〈ニゲン〉の集団への対抗策として、〈ニゲン〉に対して土地の所有権を主張する様になりましたが、それはまだ百年程度です。
すでに数百年、ともすればもっと長い間、〈南の大陸〉からやってくる〈孤独相〉と、それと平行して〈ニゲン〉同士で、〈北の大陸〉で土地の奪い合いをして来た〈ニゲン〉達には、経験の部分で私達は全く敵いません。
〈南の大陸〉の軍略は〈ニゲン〉に対して、未だお粗末であると言えるでしょう。
過去〈ニゲン〉は〈セイキガーラ〉で、戦えない振りをした者達を集めて生活をさせ、時を合わせて一斉に南大陸に攻め込む、という事を繰り返して来ました。
それに対して〈南大陸〉の〈リィン〉達は、個々の戦力で対抗していた、という事の様です。」
確かに。〈テオタータン〉との戦いにて見て取れていた。
〈原初の島〉のウォードの部隊も、集団の体を取っているだけで各個撃破前提。
一対一を何回やるか。そういう部隊編成と戦い方だった。
複数人以上での連携があまり上手くないのだ。
一人がメインで対峙し、ヤバそうなら手を貸す程度。
戦士たちの個々の強さ故、何とかなってしまってはいたのだが。
・・・そんでその〈セイキガーラ〉の現状を見て欲しいと。
ロディアも世界を見て欲しいといっていたな。




