第三十二話
〈プリス〉は小鳥全般。直訳すると〈可愛い翼〉。
〈ブリス〉は小さなコウモリの様な生物全般。直訳は〈小さな翼〉。
〈ブリカス〉は害鳥及び飛行する害獣。直訳は〈ずる賢い者に翼〉。
〈ゴブリカス〉もまた、害鳥及び飛行する害獣だが、怪我人が出る程度の害鳥及び飛行する害獣。直訳は〈悪賢い者に翼〉。
ヨハン「この島の〈リィン〉は〈アルブ〉のみです。
〈アスレ〉のパンは主食と言って良いと思いますよ。
果実の消費量も多いですね。酒にしてしまえば保存も利きますし、色々と使えますし。」
〈ブリカス〉と〈ゴブリカス〉はほとんどが果実食の強い雑食性である為、農作物に多くの被害が出る。
その為、数十年に渡って駆除がなされてきたのだが、その数が目に見えて減った辺りから〈イスバァン〉が急に目立つ様になったとの事。
ヨハン「今思えば、〈ブリカス〉や〈ゴブリカス〉共は〈イスバァン〉等の卵も食べていたのではないでしょうか。」
〈コンニチワオシゴト〉の依頼書を見ながらノボルとアナが話している。
ノボル「元々居た肉食動物はもうほとんど居ねぇんだろ?
ならその代わりを〈アルブ〉がやるしかねぇわな。」
そう、元々肉食動物は居たが、〈アルブ〉達を襲い、返り討ちに遭い、ほとんど居なくなってしまったらしい。
犬とか猫みてぇな家畜も居ねぇしな。
〈アルブ〉達は率先して狩りを行う訳では無い。
自分達が襲われた際、もしくは、農作物や町、家が襲われた際でも無ければ殺生をしない。
一見良い事の様に見えるが、やりたくない事、出来ない事を一部の者に押し付けているとも言えるが。
アナ「こういう依頼ってあんまり受けてもらえないんですよ。
絞める時のやつはもうなんか、私もあんまり体験したくないかなと思ってしまいますね。」
そうだな。動物の断末魔は聞いていて気持ちの良いものではない。
私も一時は夢に出る程だった。
ノボル「纏めると、農園の害獣駆除だな。
取り敢えず十日位やってみるよ。色々と試したい事もあるしな。」
ノボルは〈イスバァン〉等の駆除作業を手伝う様だ。
これは保存食の確保も兼ねている。
これより数日前まで私達は〈フエロ〉に滞在し、色々と作らせてもらっていた。
これらを試す目的もある。
私がこの世界に生まれ落ちておよそ一年半、この島に私達が流れ着いておよそ一年、皆が〈ヒュドル〉にて合流して半年程が経っただろうか。
私達は旅立ちの準備を始めていた。
私達は一応気を付けている事がある。
出来る限りオーバーテクノロジーを伝えない事だ。
〈ハウルの館〉に納められた過去の文献にはこうある。
[ある者は鉱山病に苦しむ鉱夫達の身を憂い、爆薬を使った。
内乱の末その者は、爆薬の製法を欲した権力によって謀殺された。
マルキド歴270年現在、我々の妨害のせいもあり〈ニゲン〉による爆薬の製造は成功していない。]
詳しくは分からないが我らの同胞、〈神獣〉と呼ばれた者が少なくとも一人、〈ニゲン〉の手によって命を落としているという事だろう。
書き方から察するに、オーバーテクノロジーが原因で戦争が起こっている。
現状この世界では弓ですらオーバーテクノロジーだ。ノボルとリュウは戦力半減だな。
この地〈エイグレア・イーキ〉に於いての武器といえば、石、投げ槍等の投擲、そして槍や槍斧の様な刃物。
どちらかと言えばこれは、武器というよりも道具である。
包丁というかナイフというか、そういう物もあるにはあるが、やはり兵器では無い。
過去、捕食動物との戦いの際に発達した様だ。現在もヘビ共の迎撃に大いに役立っている。
これらの金属成形物は全て〈フエロ〉で作られている。理由は単に鉱床が近いからだ。
そして原材料よりも完成品の方が輸送量として効率が良い。
刃物の材質は青銅が基本だ。
高台にある〈フエロ〉の地下の洞窟。〈迷宮節殻貝〉等のものではない自然洞窟だ。
雨季水害被害に遭わないギリギリの高さらしい。そこに工房がある。
工房から真上に向かって地上に貫く穴が開いており、それを加工、それの地上部分から更に煙突が伸びる。
合計で五十メートル以上あるのではないだろうか。ドラフト効果、煙突効果を狙ったものだろう。
そこでノボルのうろ覚えで、たたら吹きが実施され、少なくともこの地で初の製鉄が行われた、かに見えた。
それからひと月程をかけて、五振の小太刀、ロープ内蔵の盾、安全靴、村に贈るナタや鎌等を完成させた、かに見えたのだが。
ノボル「・・・加工の時からなんか違うとは思ってたが・・・これステンレスだわ。
元々混ざってて温度上げすぎて上手いこと混ざったんか?そんなん聞いた事無いんだが。まぁ元々よく知らんけど。六価でばら撒いてなきゃいいんだが。」
只の鉄じゃなかったらしい。
小太刀は我々が使う〈さなぎ兵術〉に合わせた形で造られた。
とは言っても特殊なものでは無く、逆手持ちで峰を肘で支える事が出来る長さであり、やや反りが浅い。
内二振はナタ程に太く分厚いものだった。
そういえば綺麗に造っていたな。反らせるのは難しいと聞いたが。
他にもエボナイトらしきもので防具等も造っていた。
結果〈フエロ〉に、たたら製鉄とゴムへの加硫による硬化を伝える結果となった。
いや、すでに硬質ゴム管をゴンが作っていたか。
ノボルが害獣駆除を行う間、多分示し合わせたのだろう、リュウは塩田を造っていた。
いや、単に食欲からかもしれんが。
アイツは昔から異常な程にラーメンを食う。なんか食ってると思ったら大体ラーメンだ。
そしてここ〈エイグレア・イーキ〉には〈アスレ〉がある。
非常に小麦に近く〈アスレ〉の粉は小麦粉と同じ様に使う事が出来る。
〈原初の島〉にも似たようなものはあったが、グルテン多めの米粉といった印象だった。
少し前、リュウはケッカの骨でスープを取りラーメンを自作していたのだが、この麺は〈アスレ〉と草木灰から取り出したアルカリから作っていた様だった。
干物は保存食として作るとして、海鮮ラーメンも作る気かもな。
タチアナと〈ファントム〉達は果樹園にて、〈イスバァン〉の卵を集めていた。
〈ファントム〉達には本当に驚かされる。
タチアナの下に卵や〈イスバァン〉等の幼体を無傷で運んで来るのだ。食べられる事を理解しているにも関わらずだ。
どの様な判断基準で動いているのだろうか。
おかげで牧場がいっぱいになってしまった。
この頃にはすでに相当量の卵が採れる様になっていたのだが、それに合わせる様に〈ヒュドル〉では新商品が流行っていた。
私にとってはとても懐かしいものだった。
生地段階から卵を混ぜて作る食パンなのだが、これはとても柔らかく仕上がる。
日本だとプロテイン混ぜるヤツもいたな。
ヨシミ「ここでは元々食パンを作ってたから教えてみたのよ。」
日本でヨシミが電動のパン焼き器で作っていたものとほぼ同じ様な出来栄えだった。
本当に、懐かしいものだった。
日本での色々な記憶が蘇る。
ノボルとリュウを含めた六人で囲む食卓を思い出した。
ノボルが保護し、ノボルの姉と共に育てていた柴犬をよく我が家連れてきていたな。
確かいぬたろうだったか。
このパンを好んで食べてとんでもない太り方をしていた。
リュウの嫁のアイもこの頃急に背が伸びて、リュウとノボルにイジられていた。
私達の息子と娘はこの頃はまだ小さかった。
本当に、いろんな事を思い出す味だった。
私も実験をしていた。
気になっているものがあった。
以前、〈ヒュドル〉から南東の〈スミロッド農場〉、そこから更に南の草原に行った時の事だ。
少し異常な数の、虫等を含めた小動物が生息していた。
小さなトカゲの様な生物やネズミの様な生物も生息しているのだが、虫を捕食するのでは無く、地面を齧っている。
不思議に思い、私もその土を味見してみた。
・・・甘い。
正直勘付いてはいた。
更に、ここに生える枝葉の付いたアスパラガスの様な植物を齧ってみる。
やはり甘い。
これはサトウキビの代わりになりそうだという事で、砂糖目当てで担げるだけ担ぎ、株分けした物も持てるだけ持って〈スミロッド農場〉に持ち込む。
嫌な顔をされた後で謝られた。
というのもこの虫、刺すらしい。目に見えて体調不良になる訳ではないが、単純に痛いそうだ。
そりゃ思わず嫌な顔するわ。
この強すぎる身体は色々な事に気付かないせいで、無自覚に迷惑をかけてしまうことが度々ある。
気を付けねば。
川で念入りに洗い、潰して大鍋で煮出す。なかなかの量のアクを都度取り除く。
脱色処理なんぞ分からんので全くやっていないが、やや濃い黄色の砂糖が出来た。
味はちゃんと砂糖だ。
虫の件もあり申し訳無かったので、〈ディナケッカ〉を獲ってきて、生姜っぽい〈ヒテル〉、魚醤っぽい〈オクボ〉、胡椒っぽい〈スプライト〉等を使用し、生姜焼きっぽい物を作り、レシピも渡した。
思った以上に高評だった。
この砂糖アスパラを育ててみる事にした。
〈ハウルの館〉の庭、〈スミロッド農場〉より南に離れた場所、〈トライ・カミラ〉より北、水遣りが容易な〈迷宮節殻貝〉洞窟内から水を汲み上げるポンプの近く、計三ケ所で実験を開始した。
ヨハンが「粉の砂糖は本当に助かるので。」という事で人手を割いてくれた。
育て始めたのがこの島に来て間もない頃。
やらかした。
国内外来種ならぬ島内外来種だ。
生態を観察したところ、土筆が近い。
地下茎を伸ばして幾つもの赤褐色の針の様なものを地上に伸ばし、それが枯れた後砂糖アスパラが伸びてくる。
これが大人の背丈程になると、地面付近の茎が太くなり、そこに蜜が溜まる。
茎表面に傷があると地面にもその蜜が溜まる。
小動物達はこれを食べていた訳だ。
繁殖力がヤバい。
砂漠にて、〈トライ・カミラ〉の周辺に植えたものが特にヤバい。
植えたのは株分けした三十株程。
およそ十カ月程で三ヘクタール程に広がってしまった。確かに離して植えはしたがこんな事になるとは。
根を残して刈り取ればまた生えてくる。
大きくなったものは根を残して刈り取られ、砂糖へと加工された。
砂糖アスパラ農場より北に進んだ海の手前、〈ヨウシィノウス〉の堤防脇に砂糖工場が造られた。
ヨハン「名前ですか?〈スプラス〉ですね。ちなみに砂糖は〈スープラ〉です。
ただこの名前は砂糖が採れる節のある植物全般を指します。」
この〈スプラス〉の砂糖を使い、ヨシミとノボルによって柔らかいクッキーの様な保存食が作られた。
リュウもまたこれを使い、割り下的なものを作り、ラーメン屋をやっていた。
なにやってんだコイツ。
ある日私は、ロディアの塒へと走った。
フラウとノウラが忙しそうに動き回る事が続いていた為、塒から出られないであろうロディアに粗品でもと、砂糖とそれを使用したいくつかのものを差し入れに向かったのだ。
ロディアの塒付近に到着するとファティマを発見した。
ファティマに事情を伝えると、塒ではない場所へと案内を受けた。
ロディアの塒から谷を挟んだ崖中腹の洞窟の中、私の身長程の石碑の前にロディアは座っていた。
石碑の後ろには二本の青い筒、だろうか。私の身長以上の長さがある。それが横たわっている。
ロディアは石碑に祈りを捧げている様な印象だった。
ロディア「これはリケイ様、ご無沙汰しておりますわ。」
リケイ[少々新しいものが出来たので届けに来た。
この石碑は何なのだ?歴史的なものだろうか?]
ロディア「いえ、この石碑は私が運び込み、彫ったものです。忘れない為に。
後ろのものは私の〈セイケン〉、鎧であり武器ですわ。
これを使う様な事態が起こらない事を日々願っているのです。」
石碑には文字が彫られていた。
有名な歌であるらしい。
【ルキド・セイケン
あらゆる生ける者共はフリアより生まれ世界へと旅立つ
あるものはオーマに侵され奪い
あるものはエシアに魅入られ壊し
逃げ惑う者達はオーズに救いを求めた
戦う者はナキを求め
支配者はメリィに焦がれ
そして飽いた者達はキリウを手にした
純白のフリアは振り下ろされ
己すら砕いた
散らばるそれはやがて命を宿す
その命は経験を積み
やがてそれは白ではなくなってゆく
母は慶びに震えた
その血色は敵を許さない
かの宵色は破壊を繰り返す
そして闇色は耐え続けた
その海色は生者を許さない
かの黄金は群れを成して只々進む
女王はその不和を嘆いた
オーマは侵食し
エシアは触れる全てを破壊する
オーズは耐え続けた
ナキは生者を焼き払う
メリィは群れを成して進み続ける
そしてフリアは全てを戒めた
血色の刃は鎖を断つ
宵色の鎖は盾を縛り付ける
闇色の盾は光を遮る
海色の光は群れを焼き払う
黄金の群れは刃を踏み砕く
そして純白は全てを箱に還した
刃は集い蛇となり
鎖は四肢を手に入れ蛙となる
盾は爪を生やして蜘蛛となった
光は殻に籠りて貝となり
群れは立ち上がり巨人となる
そして蟻はフーガックを憂いた
あらゆる生ける者共はフリアより生まれ世界へと旅立つ
あるものはオーマに侵され奪い
あるものはエシアに魅入られ壊し
逃げ惑う者達はオーズに救いを求めた
戦う者はナキを求め
支配者はメリィに焦がれ
そして飽いた者達はキリウを手にした】
ロディア「最古の歌とされているものですわ。
私は私への戒めの為にこの場所を作ったのです。」
恐らく、辛い過去の話だ。
私は少し誤魔化す様に、持参した菓子類をその場に出し、共にそれを楽しんだ。
情報収集等後回しでいい。
私はその石碑に、ロディアの幸福を願った。




