第二十六話
後方、私達が走って来た方向より、蹄を持つ四足動物が走って来る。
原初の島でも見たことがある。鱗に覆われた大きな馬の様な生物。
〈サラマンドラ〉だったか、三頭居るな。一頭は荷物、二頭は人が乗っている。
あぁ、確かアナだったか。少々過ぎる程に女性的なシルエットである為遠目からでもよく分かる。
追いかけて来たのか?もう一人は男性?誰だ?
彼はロディアに声をかける。
「スミマセン、ロディアさん。寝てました。」
なんか気安いな。
長髪細身というか少々痩せすぎか。
女性としてはやや背の高いアナと同じ位の身長、黒目黒髪、日本語を話す事もあり、とがった耳以外は浅黒い日本人男性の様に見える。
ロディア「今日は運動音痴とかいらないのだけれどなにしに来たのかしら?
あぁ、リケイ様。彼は運動音痴のヨハンです。なさけない姿を晒すと思いますけど気にしないであげて下さい。」
やっぱり気安いな。
ヨハン「ひどいなぁ、事実だけど。
〈神獣〉リケイ様。お初にお目にかかります。ヨハン・ランスが固有名です。
〈エイグレア・ククリ〉にて学び、この地に戻り六十年、〈ヒュドル〉の管理を任せていただいております。」
〈エイグレア・ククリ〉。また知らない名前だ。ん?戻って来て六十年?
アナ「あ!兄の妹のアナです!こ!今年十九です!兄とは丁度百歳離れてます!」
・・・ガッチガチじゃねぇかよ。
百歳離れた兄妹か。〈アルブ〉とは相当に長命なのだろうか。〈ハイエルフ〉とは色違い位にしか見えんが。
いや、そういえば私は、〈ハイエルフ〉の寿命自体知らない。
ヨハン「丁度良い機会だったので来てみました。
こちらの方々が捌いた肉と一緒に、動物達の絵を描いて送ってきてくれるのです。実物も見ておきたいと思いまして。」
ロディア「そういえば〈ヒュドル〉では蛇と巨獣以外ほとんど見ないものね。
大丈夫かしら?今日はかなり走り回る事になりそうだけど。」
ヨハン「トドメと解体なら出来ますよ。なので、ロディアさんに乗せてもらおうかなって。」
ロディア「あぁ、そうしましょうか。勢子でもやろうかと思っていたけれどその方が良いかしらね。
あなたが落ちなければだけれど。」
ヨハン「そこは気を遣って頂いて、お願いしますよ。」
・・・セコ?勢子か?日本人でもあんま知らんぞそんな言葉。
ヨハンとロディアの関係性は、まぁ友人なのだろう。
程なく。
山側の果樹園から浅黒く体格のよい男性が慌てた様にこちらに近付いてくる。
名をケイン。
慌ただしく起床して来たケインから挨拶を受ける。
「責任者のケインです!お待たせしましてスンマセン!」
上位者のアポ無し訪問に泡を食っている、といった所か。まぁ驚くよな。
ケインは真面目な職人といった印象を受ける。
ゴツい身体に革鎧の様な作業着。危険を伴う作業が日常である事を伺わせる。
友人の漁師がこんな感じだったな。
ロディア「勝手に来ただけですよ。お気になさらず。」
ヨハン「スミマセンね、押しかけてしまって。」
案内を受けてケインの作業場へと向かう。
海岸からしばらくの距離のやや上り坂の先、綺麗にに整理された果樹園の中、やはり背の高い平屋建て。
外の左側高い位置からその建屋の天井付近に向かって木製の樋管が伸び、逆側に貫通。
右側に明らかに人工の池、そこに水が流れ込む。
その池から伸びる溝と建物の中からかなり深く掘られた排水溝が建物の左側で合流、その先に視線をやると、川が流れている。
あの川の上流から水を引いてきているわけか。
滝でもあるのか?
建屋の中に入ると外から見えた木樋と繋がった高い位置、天井にまで届く背の高い水瓶。恐らく陶器製。
高中低と三ケ所に蛇口の様なモノがある。
位置エネルギーを利用した水道か。
水槽内の水面よりホースの先を低くする事で使える訳だ。
ん?ホース?洗濯機の排水管の様な蛇腹構造。
こんなものどうやって・・・これは動物の気管か?使えるのか?いや、すでに使っているのか。
レザーホースや胃袋で水筒ってのは見たことあるが。
天井付近対角線上に交差した梁が通り、ロープがかけられている。
多分獲物を吊るして解体しているのだろう。
ケインが何かを運んで来た。
剥製だ。
ケイン「コイツが〈イスバァン〉です。
まぁこれは角や皮を木に貼り付けて、生きていた時と同じ形にしているだけですが。」
弧を描く角、尖った吻、太い肩、腰、太腿、細い手足に蹄。
見る限り鱗の生えた山羊だが。
ケイン「この〈イスバァン〉共は、〈スミロッド〉や〈アスレ〉の葉も根も喰らい、〈アレ〉も喰らいます。
しかも見つかるとまず突進、頭突きして足止め、そのまま逃げます。
頭突きや踏みつけで負傷する者も多いですね。」
山羊だな、まるっきり。
〈アレ〉とは果肉状の部分を持つもの全般。
地球で言うモモやリンゴはもちろん、イチゴやトマトもまとめてこう呼ぶ。
ケイン「とにかく素早い為捕らえにくく、何故か罠にもかかりません。
かなりの数になっておりまして手を焼いております。」
ヨハン「〈イスバァン〉は卵生、卵で産まれるかと思いますが、そちらはどうされていますか?」
陸生動物で卵生なのか。ならばやりようはあるかもしれない。
ケイン「卵ですか?スミマセン、知りませんでした。」
ヨハン「あぁ失礼しました。これは〈エイグレア・ククリ〉の知識です。
〈イスバァン〉や〈バイソン〉、〈ケッカ〉もそうです。
落ち葉や砂と己の糞を混ぜて山を作り、そこに産卵します。
埋めてしまいますので外からは見えませんが、やや温かいので触るとわかります。湯気が立っている事もありますね。
卵を回収してしまいましょう。」
ケイン「なるほど。
卵の見た目は〈レィムゥ〉が産む様な卵という認識で宜しいですか?」
ヨハン「〈レィムゥ〉は〈鳥〉でしたね。そうです、白い卵です。
回収して実際に飼育してみたいですね。面白そ・・・。
〈コンニチワオシゴト〉として買い取りましょう。」
ケイン「承知しました。これから作業する者達がおりますので伝えて参ります。
すぐに戻りますので少しお待ち下さい。」
ケインは足早に建屋を出て走り去る。
対処を早めたいのだろう。
それだけ被害が出ているという事だろうか。
ヨハン「・・・しかしこの像は素晴らしいですね。これならば絵よりももっと多くが伝わるでしょうし・・・」
ヨハンは興味深そうに〈イスバァン〉の剥製を眺めている。
建屋の奥を覗くと他にも剥製が置いてある。
教材だな。多分。仲間内の。
私はヨハンを背に乗せたロディアと共に、畑と果樹園を荒らす動物達の駆除に当たった。
アナと現地作業員達は作物の収穫と卵の回収、ケインは仕留めた動物の解体に当たった。
私とロディアの走力が高い事もあり・・・獲物の数がとんでもない事になってしまった。
〈イスバァン〉三十頭。
・・・切りが良いのでここで止めた。
〈ディナケッカ〉三頭。
下顎から生える太い牙を持ったトリケラトプスの様なシルエットの生物。
しつこく突進して来たのでやってしまった。
〈バイソン〉六頭。
〈イスバァン〉をゴツくした様な牛の様な生物。
全部生け捕り。というか邪魔だったので一頭紐で縛ってそのまま引っ張ってたら他のも付いてきた。
ここまではまぁいい。問題は卵だ。
大小五百程の卵と十二の幼体が発見された。
アナ「ニャ〜と鳴きます。丸いのはワンと鳴きます。」
大体が中型犬の子供位の大きさか。
日本で見た恐竜図鑑に載っていた角竜の子供の様なイメージだろうか。
頭部がデカいのがちょっと黒いか。成長度合いの違いか?
ヨハン「ニャ〜と鳴く頭が大きいのが〈バイソン〉の幼体、やや丸いのが割と育った〈イスバァン〉の幼体だね。
何食べてたか分かるかい?」
アナ「えーっと、どっちも落ちてる〈アレ〉と、〈スゥ〉食べてた。
〈イスバァン〉は木の皮も食べてた。」
ヨハン「なるほど、難しくはなさそうかな。
飼育してみようか。いろいろ調べたい。」
アナがなんか嬉しそうだな。
幼体は大体なんでも可愛く見えるからまぁしょうかねぇか。
ケイン「卵はどうしましょうか?〈レィムゥ〉や〈ヨウソー〉の卵は割と食べるのですが、土の下の卵なんて初めて見ましたので。」
ヨハン「〈ヨウソー〉?!〈ヨウソー〉が居るのですか?!」
ん?なんだ?〈ヨウソー〉?
ケイン「え?あ、はい。〈ポポスプラ〉の森にかなりの数がおります。」
ヨハン「〈ポポスプラ〉!確かにあの実は桃に似ていますね。
案内をお願い出来ますか?」
モモ?桃か?
ヨハン「今ある卵は日の当たる場所で拳一つ分程土を被せ、その上から葉のついた木の枝を被せて置いて下さい。
ほとんどが孵るはずです。
孵りましたらこちらで回収します。」
案内を受け〈ポポスプラの森〉に到着する。
その果実の見た目も匂いもまるっきり桃だ。
ヨハン「どうぞ。そのまま食べられますよ。」
味も桃だ。皮がやや硬いか。
[私の知る桃とよく似ている。懐かしくなった。]
ヨハン「やはりそうなのですね。
かつて〈ハウル〉が〈桃〉と名付けたそうですよ。〈サウザヨウ半島〉にてよく見かける果実ですね。」
また知らない名だ。
[それは何処にあるのだ?]
ヨハン「ここから西に大陸へと渡り、さらに北上した先です。
その端に〈原初の樹〉を有する〈ククリ島〉という島があります。」
〈原初の樹〉?
[そこは原初の島ではないのか?]
ヨハン「あぁ、違いますね。
〈原初の島〉はここより北に数回海を渡らねばなりません。
〈原初の樹〉は私が知る限り、五柱存在しているそうですよ。
〈原初の島〉、〈ククリ島〉、〈アスマキオ〉、〈ゴクラ島〉、〈ノウスシィロウド〉、の五カ所です。」
そんなにあるのか。
[助かった。夜に見える光の柱を目指して進んでしまう所だった。]
ヨハン「光の柱?ですか?」
ヨハンが不思議そうな顔をする。なんだ?
ロディア「リケイ様、見えているのですか?」
ん?ロディアが怪訝そうな声で聞いてきた。なんだ?
[見えている。空から垂れる紐の様な糸の様な光だろう?
〈原初の樹〉の辺りで束になっていたと思う。]
ロディアは驚いた様に応えた。
「それは本来、何度も成長を経た竜の成体にしか見る事が出来ません。
リケイ様は明らかに幼体。
本当は見えるハズがないのです。」
そうなのか?・・・あぁまさか。
[〈孤独相〉が関係していたりするのか?]
ロディア「いえ、それは大丈夫だと思います。
見えたからといって何がどうというわけではないのですが。まぁあり得ない事でしたので。」
・・・そうなのか。
ニャフンはそれを操っていた可能性があるのだが。




