第二十二話
充分以上の食事を頂き、温泉を使わせて頂き、寝床まで借りる事が出来た。
ロディアの塒の中にある、〈アルブ〉達が寝泊まりする部屋の一室だ。個室だ。申し訳ない。
地図を確認する。何もわからん。
私が持っている地図は過去、赤い竜〈ヘリオス・ドラゴン〉の〈オーミ〉と呼ばれる竜が〈原初の島〉にもたらした物のレプリカ。
〈オーミ〉は北の大陸にある国の名なのだという。
この地図は、北大陸の南半分程と南大陸の北半分程の輪郭が描かれている、という物だ。
これは全ての気球に積まれていた。
三十二型のモニター位の大きさだろうか、獣の革に焼印という形で描かれている。
紙では保存加工が手間だったそうだ。
ノボル曰く、電熱線での焼印印刷、だそうだ。
一部の物はその上から塗料で塗られている。
腐食対策と共に地形イメージを把握しやすくする為の物らしい。
〈原初の島〉の部分にはいくつかの追記がなされている。
やはり私達の現在位置は見当も付かない。
南方の島の何処かではあろうが。
私達は南西に流された。
これは間違い無いだろう。
だが、気球で数日流された経験などあるわけもなく、どのくらいの距離を超えてきたのかを全く想像出来ない。
色々と話し辛そうなロディアには正直聞きにくい。
単純に過去の話は辛そうに見える。
地理の話とはいえ何処に地雷があるか分からない。
この地にてロディアは間違いなく上位者である。
ただの迷い人である私が図々しく踏み込むのは、やはり躊躇ってしまう。
先ずはノウラかファティマに話してからの方が良いだろう。
ロディアの話に出てきていた地名は〈カント〉と〈サキオバァナ〉。
どちらも私の地図には無い名前だ。
原初の島の西側にある島〈エイグレア・フウクエィ〉、南東の島〈エイグレア・ヒィサァカ〉、遠く南南西にある連なる島〈エイグレア・ニアマァツ〉〈エイグレア・セントオリ〉〈エイグレア・ナル〉。
〈エイグレア・フウクエィ〉と〈エイグレア・ヒィサァカ〉は共に逆側に弧を描く大きな三日月型の島であり、その東端と西端は私達の出発点である〈ヒィラゥド〉から見て南西直線上にある。
その手前は海だ。
恐らくどちらかではあるはずなのだが。
・・・トリコとニャフンがこちらに居る以上、ノボルは追ってくるだろう。
アイツは見捨てるという行為自体が出来ない、というよりトラウマを持っている。
恐らくリュウが止めても聞かない。
そして巻き込まない為に、ヨシミには相談しない。
ヨシミはタチアナに固執している。
タチアナを残す事で人質に出来るはずだ。
二人で来るだろう。ヨシミとタチアナを置いて。
もし彼等がここまで到達出来るなら、私はここを動いてはいけない。
いや、彼等が必ず通るであろう場所で待つべきだ。
やはり、現在地を把握する事。
これが最優先だ。
翌日明け方。
目を覚ますと妙に騒がしい。ロディアの塒を出て外を確認する。
〈アルブ〉達が空を見上げて不安そうに騒いでいる。
彼等の視線の先に目をやると、まだ薄暗い空を無数の何かが舞っている。
球体だ。
その球体は、例の光の糸が絡まるような、巻き付かれているような状態で風に流されている様だ。
光の糸をよく見ると、私と私の左側数メートル先に伸びている。
私の左側に伸びる糸の先を見るとそこにはニャフンが居た。
傍らにトリコも居る。
私に向かっては僅かにしか伸びていない光の糸が、ニャフンに向かって無数に伸びている。
ニャフンは球体を見つめている。
無数の球体の内のひとつがニャフンに向かって降りてくる。
・・・何が起こっているんだ?まるで分からない。
ニャフンはそれに手を伸ばす。
«パンッ!»と音を立ててそれは破裂し、残骸が地に落ちた。
ゴム製の風船だ。
ニャフンはこれに爪を立てて割った様だ。
・・・風船は明らかにニャフンに向かって降りてきていた。
本当に何が起きていたのだ?いや、先ずは確認だ。
分からない事は後でいい。
実際に起きているのだから検証など後回しだ。
風船に何かが括りつけられて繋がっている。
防水性の袋だろうか?ビニールか何かのように思える。
そういえばこれは、〈テオマシオ〉の面々が〈ヒィラゥド〉に大量に持って来ていた物だ。
植物等の採集や保管、手袋代わり等に使っていたな。
これには折り畳まれた紙が入っていた。
開くと大人の掌六つ分程の大きさの紙に、地図とメモが書かれていた。
地図は〈原初の島〉から大陸に至るまでの地図。
そこに一本だけ線が引かれている。
これは道だろうか?それに重なる様に三つのバツ印とその地の特徴(特徴)が書かれている。
一つ目は、〈原初の島〉より南東の島〈エイグレア・ヒィサァカ〉。
その最も南にある湖の北側、海との間にある東向きの洞窟、と書かれている。
二つ目は〈原初の島〉より遠く南西の島、〈エイグレア・ナル〉の中央に位置する湖、その南端ほとりにある〈トライ・バーミリオン〉群生地中央。
湧水地があり、そこにそびえる巨大樹の頂上。
台地の様になっている、とある。
三つ目は〈エイグレア・ナル〉よりさらに南に海を渡った先にある〈エイグレア・イーキ〉。
大きな島だ。
〈エイグレア・ナル〉から渡ってほど近い場所に〈アルブの居住地〉があるらしい。
〈アルブの居住地〉の名は〈ヒュドル〉。
メモにはこうあった。
[ノボル→リケイ
地図の線はハウルの一団が通った道だ。
バツ印は確実に安全な場所だ。
一番近い✕印で待て。
一箇所に五日ずつ滞在しながら進む。]
・・・頭の回るヤツだ。
[ノボル→リケイ]の部分以外は焼印だ。
おそらく、最悪を想定して事前に作っていたのだ。
そして気球は風に流されたのだから水素かヘリウムかを詰めて浮力を得た風船ならば同じルートを辿るかもしれないという判断だろう。
〈ヒィラゥド〉には、観測気球用のボンベが、こちらも大量に持ち込まれていた。
見えるだけで十数の風船がここまで到達している。相当数を飛ばしたのだろう。
急ぎ私自身の現在位置を特定しなくてはならない。
申し訳ないが、ロディアに協力を仰ごう。
急ぎロディアの下に向かい地図を広げて問う。
[すまないが答えてほしい。現在位置、ここが島であるならば名前を知りたい。]
ロディア「これは・・・〈オーミ〉の地図の写しですか。
一番近いのは〈ヒュドル〉。〈アルブ〉達が住む場所です。」
・・・それはおかしい。
[間違いないのか?]
ロディア「?、はい。間違いありません。
この島の名は〈エイグレア・イーキ〉。
〈リワァド〉で言えば〈巨獣の島〉、でしょうか。」
・・・考え込んでしまった。あり得るのか?
〈原初の島〉の〈ハウリア〉と〈ヒィラゥド〉は、東京から福岡程に離れていたはずだ。
〈エイグレア・イーキ〉は〈エイグレア・ナル〉の更に南に位置する。
これらが事実なら、私達はただの気球で、日本からオーストラリア程の距離を飛行してきた事になってしまう。
流石にあり得ないだろう?
・・・現実的に考えるべきか、現実を見るべきか。
現実的に考えるなら、地図が間違っている。
現実をそのまま受け入れるならば、あの光の糸の影響。
しかも、ニャフンが何かやっていた可能性。
違うな。今は検証等いらん。動くべきだ。
[仲間が私の下に向かってきているかもしれない。〈ヒュドル〉に向かいたい。]
ロディアは私が広げた地図を見て応えた。
「こちらに来られる方々の中に〈神獣〉、〈原初の樹〉より産まれられた方はいらっしゃいますか?」
ん?〈神獣〉であるとなにか不味いのか?
[確実に二人、多ければ四人。全員が〈原初の樹〉より産まれた。]
ロディア「あぁ!そうなのですね!そうであれば確実にここまでいらっしゃるでしょう!
どの様な方法でいらっしゃるのでしょう?」
特に不味い訳ではなさそうか。
[恐らく徒歩だ。
私がここまで来た方法は、何度も試せるものじゃない。]
ロディア「なるほど。三百日程度と見ておきましょう。
ノウラ!居ますか?!」
ノウラ「はい、ここに。」
ロディア「急ぎ〈ヒュドル〉に伝えて下さい。
〈ニホン〉の暦で今から一年以内程度、〈ナル〉側から〈神獣〉様方がいらっしゃいます。
決して見逃さぬ様にと。」
・・・今、日本の暦って言ったよな?
いや違う、今はそこじゃない。
[私の仲間は〈ハイエルフ〉が二人、あとの二人は〈フェルン・ドラゴン〉と〈グレムリン〉と呼ばれていた。
〈孤独相〉について何も知らない可能性がある。]
ロディア「・・・〈ハイエルフ〉と〈フェルン・ドラゴン〉ですか。
〈ハイエルフ〉であれば大丈夫かと思います。
〈孤独相〉に変異する事は可能ですが、大抵その前に餓死してしまいます。」
なるほど。
ロディア「何よりこの道程であれば、食料に困る事は無いと思いますよ。
島の沿岸を〈巨竜〉が移動する事により形作られた道は歩きやすく、〈リワァド〉を話せるのであれば各地の〈竜〉と敵対する事も無いでしょう。」
・・・〈巨竜〉の道?各地の〈竜〉?
ノウラ「委細承知致しました。
見張りを置くと共に〈ハウルの館〉を開きましょう。
すぐに出発致します。」
ノウラは早々に出発した。
・・・聞かねばならない事が多すぎるな。




