第二十一話
ロディア「先ずはお食事を取られて下さい。
お話はそれからに致しましょう。」
やけに食事を勧められる。
胡座をかく私の目前の床に、〈アルブ〉と呼ばれる褐色の〈ハイエルフ〉の様な見た目の人々が、果実、燻製肉、間を置いて調理された肉や根菜等と、次々に食事を運んで来る。
私とトリコに対して、とにかく何かを口にさせようとしている様だ。
ニャフンは食事を済ませて、早々に眠ってしまった。
ロディア「まだ産まれて間もないという事ですので一応お聞きしますが、〈孤独相〉はご存知ですか?」
〈孤独相〉か?蝗害かなんかの話で聞いた事があるか?〈群生相〉と〈孤独相〉だっただろうか。
私は首を横に振る。
ロディア「やはりですか。
簡単に申し上げますと、一部の生物は〈孤独相〉になると凶暴化します。
そしてリケイ様は今、〈孤独相〉になりかけています。」
私の前に一人の〈アルブ〉の女性が鏡を差し出す。
・・・ん?鏡?
金属等を磨いたものなどではない。
ガラスを用いた銀鏡の鏡だ。・・・爆弾とかもあるんじゃないだろうな。
食事を頂きながら覗き込む。
私の左目が赤黒い。右目が充血している。
なんだこれは?
ロディア「私が知る限りですが、〈ハイエルフ〉、〈アルブ〉、〈オーガ〉、〈ヘプバァン〉、そして〈真竜〉とその眷属達、あぁ、〈アルケマリア〉達もそうでしたね。
そして私の様な〈フェンリル〉もそうです。
今挙げたのは一例ではありますがこれらは、飢餓を放置すると〈孤独相〉となり、肉を食い荒らします。
見境はありません。食欲に我を忘れるのです。」
・・・覚えがあるな。今はそうでは無い。さっきは確かにそうだった。
生きている獣に対して、明らかに食指が動いていた。
ロディアは続ける。
「一度〈孤独相〉に陥ると、止められない食欲に任せて喰らい、その次は自身が美味だと感じる肉を求めて彷徨う様になります。
・・・私の場合は〈オークリン〉でした。」
〈オークリン〉。
話に聞いた事がある。確か知的生命体だ。
ロディア「・・・私はこの島の〈オークリン〉を喰らい続け、やがて絶滅に追いやりました。
この島にはもう一人たりとも残っておりません。」
そんなにヤバいのか。
確かにさっきまでは自覚が無かったが、今思えば確かに我を忘れそうになっていた。
抑えてはいたが、あの食欲は確かにかなりのものだった。
用意された紙に文字を書く。
[危険性を理解した。どうすれば戻れる?]
ロディア「リケイ様はまだ空腹を満たせば大丈夫です。
ですが、完全に〈孤独相〉に陥ってしまった者を戻すには、心臓を止めるという方法しか知りません。
私の場合は、大きな傷を受けて一度心臓が止まり、ある御方により再度心臓を動かして頂いたそうです。
大恩ある御方です。」
・・・心臓を止めるのか。そういう器官から血液を抜く、という事だろうか。
ロディア「・・・くれぐれも〈飢餓〉にはお気をつけ下さい。
我に返った後、必ず後悔します。
周りにとっても迷惑この上ないのです。」
筆談で返答する。
[よく理解出来た。常に気を配ると誓おう。
可能ならばもっと聞かせて欲しい。
あなた達に迷惑をかけない様に、私は学ばねばならない。]
〈飢餓〉の危険性。
この話は一度も聞いた事が無い。
ヨシミやテオからもだ。
〈原初の島〉では誰か知っていたのか?話題にすらならなかったが。
ロディア「私が今の半分程度の大きさだった頃、ここより遠く西の地〈フックセィマァ〉にて、五回の日の出を見る間、一度も食事をする事が出来ませんでした。
砂漠であった事が理由でもあるでしょうが、とある〈巨大蛇〉が暴れた後であった事も理由として大きかったでしょう。
そこに生き物は全くおりませんでした。」
〈巨大蛇〉。
〈原初の島〉でも蛇型は恐れられていたな。
だが〈巨大蛇〉?〈巨大蛇達〉ではなく?
ロディア「その後は思い出すのも悍ましい。
私は〈カント〉を彷徨い、喰い荒らしました。
呼んでそのまま〈シルガウル〉、リワァドですと〈悪意の獣〉。
そう呼ばれてしまう程にです。」
よく知っておく必要がある。
[止められないのか?自制は全く効かないのか?]
ロディア「自制は出来ません。
少なくとも私には出来ませんでしたし、今でも出来る気はしません。
喰らう事に異常な快楽を感じたらもう手遅れだと思って下さい。
すでに経験した私ならば、その時点で自害します。
次は必ず、そうします。」
薬物中毒の症状に近いのだろうか。
ロディア「今私達が居るこの場所。
以前は〈サキオバァナ〉と呼ばれておりました。
私は幼い頃この地の〈オークリン〉に保護され、その中で育ちました。
我を失ったまま私はこの地に戻り、彼等を喰らいつくし、滅ぼしたのです。
その説得の声も悲鳴も、確かに聞こえていたのに・・・意にも介さずに、です。」
・・・そういえばフルネームは〈クラン・ロディア〉と名乗っていたな。
[〈クラン〉とはどういう意味なのか知りたい。]
ロディア「・・・偉大なる御方の名前の一部です。
恐れ多くも私を家族と認めて頂き、名乗りを許されております。」
苗字とかミドルネームとかか?
[その〈クラン〉なる者のフルネームは分かるか?]
ロディア「・・・それは〈盟約〉によりお答えしかねます。」
・・・盟約?少々声にトゲがあるな。話しにくい事だったか?
ロディア「これは伝えられた言葉をそのままお伝え致します。
【順序は大事だ。私達はあなたの旅の重荷になる事を望まない。】との事です。」
・・・〈旅の重荷〉。
あの石板にもその記述があったな。
[それは〈インヌトゥアロ〉なる者も関係あるのか?]
ロディア「・・・あります。
ですが先ずは世界を見られてからの方がよろしいかと思います。」
かなり複雑そうな声だった。
・・・順序か。
食事の後、水場の場所を聞き、使わせてもらう。身体を洗う為だ。
〈アルブ〉の女性の案内を受けて山を下る。
褐色の肌に黒目黒髪。肩や背中、臀部や太腿は鍛えられており槍を持ってはいるが、その他は余りにも女性的だ。
それにこの槍、ガラスや鉱石の様に見える。
武器として使用出来るのか?
彼女の名は〈ファティマ〉。
戦士を自称していたが・・・明らかに向いていない。
モカもそうだったが、ファティマも相当に目を引く事だろう。
彼女が口を開く。
「ここに働く〈アルブ〉は〈リワァド〉も介します。なんでもお聞きください。分かる範囲でお答え出来ます。
・・・ロディア様の罪はあの方の物。
ですが、ロディア様がいらっしゃるおかげで、守られている者達も居ます。」
少々拙い日本語だが、意味は伝わる。
ロディアの自虐的な発言をフォローしているのだろう。
〈原初の島〉、そしてここでもそうだが、強ければ正義が基本なのだ。
それに加え、少なくとも現在のロディアは温和で穏やかだ。
畏敬を集めているのだろう。
〈原初の島〉から空を流されて何日経っただろうか?
私もそうだが、トリコもニャフンも毎日身体を洗う。風呂があれば風呂に入る。
ノボルに「潔癖獣共」などと小馬鹿にされていた事を思い出す。
皆は今どうしているだろうか。
まさか追いかけて来たりはしていないだろうか。
聞く限り、余りにも危険すぎる。
なんとか無事を伝える方法は無いだろうか。
覚えのある匂いが近付く。
到着した。
温泉だ。広いな。岩造り。明らかに人工物だ。
鏡が置いてある。
私はものっっっすごい勢いで尻尾を振っていた。
・・・ウソだろずっとこうだったのか?感情で尻尾振ってたってのか?
・・・ファティマが見ている。
ぜんっぜん気付かんかった恥ずかしいので見ないで下さい。
風呂を頂き寝所へと案内される。
ベッドがある。シーツもある。私の尻尾は左右に振れている。
あぁ、これアレだ。タチアナとかが色々と察してくれていたのは、原因多分これだ。
・・・クソっ。




