そして、熊さんの言うことにゃ。その1
室内は結界空間が解除されて元に戻り、
食後の激しい運動を終えたリアは満足した顔で汗を拭いている。
「食べて飲んで運動もしたしぃ~、
またお風呂借りようかしらぁ♪」
「またかよ…
何回入るんだよ。」
呆れ顔のアサヒにリアは言う。
「あらぁ、
温泉ってのは何度入ってもいいのよぉ?
ここのは温度もちょうど良いし景色も素敵だし…
あんたもいただいた方がいいわよぉ?
あ…
アタシの旅の目的は温泉巡りでもいいわねぇ♪」
(それは旅と言うより旅行だ。)
「お姫ちゃんも汗だくでしょぉ?
洗ってあげるから一緒にいらっしゃいなぁ。」
「うん、行く~♪」
エイナは楽しそうに飛び上がってクルクルと回りながらリアに寄る。
「ん…じゃあ僕も…。」
ついでにと立とうとするシュミカをジュリエットは引き止めた。
「ちょっと君は残ってくれるかい?
あとエイナちゃん、
その花の子を預からせてもらえるかな…
頭も洗うでしょ?」
「あ~…」と斜めに目をやるエイナはアサヒ達に少し不安そうに顔を向ける。
「ん…大丈夫…。
ここには魔力も味方の精霊さん達もいっぱいだから…
ゆっくりしておいで…。」
「精霊の化身とはいえ、
花にお湯は辛いだろうから置いて行った方が良いよ。
さ、貸してごらん?」
そっと手を伸ばすアサヒにエイナは安心して頭の花を差し出す。
「じゃあちょっと行ってくるから、
『ハナコ』をよろしくね~♪」
シュミカはその瞬間に何かを感じたらしく、
その花に目をやって苦笑いを飛ばした…。
エイナとリアを見送り…
残された一同は、
バドゥワの淹れたお茶を手にテーブルの真ん中で小さな花瓶に挿されたその花を囲う。
「さて、
シュミカちゃんはその子の言葉がわかるよね?」
「ん…
『ハナコ』って呼ばれるのが嫌みたい…。」
「だろうな…ははは。
意思が通じなくても俺でもわかるよ…。
エイナに呼ばれる度にうっすら萎れるもんな。」
そう言いながらみんなで苦笑する。
「でもね、
受肉した精霊にとって名前はとても大事なんだ。
特に人と共に在ろうとする子達にとっては尚更ね。」
ジュリエットはその爪で傷つけないようにそっと優しくその花を撫で、
この先共に在るであろう二人の目を見つめた。
「…ん、
やっぱりちょっと怖い…。」
「え~?
こんなに仲良くしてるのに…まだ?」
「お・師・さ・ま!」
コップを軽くテーブルにコンコンしながら、
バドゥワは話の脱線を引き止める。
「あ…そうだね。
この世界は精霊が全てなのは説明するまでも無いね?」
二人は頷いてしっかりと話を聞く姿勢をとった。
「シュミカちゃんみたいに会話ができる人にとっては、
身近に感じすぎて…
アサヒ君みたいに存在が遠すぎる人たちにとっては、
未知すぎてよくわからないんじゃ無いかな?
でも精霊達にも性格はあるし、
それぞれのテリトリーや相性もある。
動物達や人間達の社会構造のような物だってあるんだよ。」
そこへ森の外の世界も知るバドゥワが補足を足す。
「あなた方が西の大陸を目指すなら、
縄張り意識の強い精霊が多いですから…
特にその辺は気に留めておいた方が良いですね。
国や民族も多彩ですから…
精霊だけじゃなくて人間種にも気をつけた方が良いです。
お連れのリアさんも彼方の出身でしょうから分かってはいるでしょうけど…。」
言ってもらいたい事をスッと差し込んでくれる弟子の成長に、
ジュリエットは目を細めて頷いてみせた。
「外の世界はバドの方が詳しいからね。
滞在中に色々聞くと良いよ。
で、
言いたい事を簡単に言うと…
少しでもこの子達との関係は良好にしておくべきなんだ。
その土地土地での精霊達との橋渡しをしてくれるかもしれないからね。
もしシュミカちゃんと離れている時に問題が起きたとするよね。
その時この花の子が君達を守りたいと思ってくれたら、
その場の精霊達に語りかけてその場を少しでも有利にしてくれるかもしれない。
それが最もわかりやすい精霊の加護の形さ。
要は少しでもご機嫌はとっておいた方が良いって事だね。」
ジュリエットの言ってる事がわかるのか、
その鮮やかな色の花はその花弁を少し上に向けた。
「ん…僕はこの子と話せてわかるけど、
みんなの事はまだキチンと区別がつかない幼児みたいな感じなの…
エイナには懐いてるけど、
運んでくれる人…程度かな?」
そこまで大人しく聞いていたアサヒは頭の中で浅はかな答えを導き出す。
「じゃあ…
エイナとリアが居ない今の内にご機嫌を取っておけば、
俺の方を積極的に助けてもらえる可能性があると!?」
当然三人から冷たい視線を浴びる事となる…。
「ぼくには心の中が聞こえてたからアレだけど…
そう言うのは口に出しちゃダメだよ…。」
「…心は読まないって言ったじゃん…。」
「ん…
読まなくてもわかるし…
本当に愚かしい男…
そこの熊にでも食われて生まれ変わってくるといい…。」
「人間は食べないよ!」
「お・師・さ・ま!」
二度目のテーブルコンコンに『本当に良くできたお弟子さんだ』と思ったのは、
アサヒではなく『ハナコ(仮)』である。
「…ゴメンよ。
こんなに大勢と話せるなんて滅多に無いからね、
はしゃいじゃったよ♪」
それを聞いてバドゥワは少し申し訳なさそうに肩を縮める。
「…同門に会ったらもう少し頻繁に立ち寄る様に伝えておきます。
も、もちろんアタイも…。」
「ありがとう。
でも無理はしない様にね。」
ジュリエットは優しくバドゥワの頭を撫でた。
「まぁ、
そういう訳で…
まずはこの花の子が気に入る名前を考えてみないかい?
エイナちゃん達が戻って来る前に決まれば、
魔術で紐づけてあげるよ。
エイナちゃんには、
花の子が自分で名乗ったとでもシュミカちゃんから言ってくれれば…
…アサヒ君、
今浮かんだ名前でその子を呼んでごらん?
シュミカちゃんはそれをその子に伝えてくれるかな?」
力無く椅子の背もたれに身を預け、
溢れようとする何かを抑えようと上を向いたアサヒはゆっくりと提案する。
「『ルーニー』。
…『ルキリ=スターニー』が生まれた時から…最後まで、
共に…在り…
その先を…共に見ていく…」
バドゥワはジュリエットの目配せを待つ事もなく、
段々と言葉が出なくなるアサヒを外からは見えない結界空間へと隔離した。
「…どうだい?
伝えてくれたかな?」
目を伏せて肩を震わせるシュミカは小さく頷く。
「ん…
満足している…って。
それが良いって、
言ってる…。
本当にあの男は…いちいち腹が立つ…
生まれ変わったらゴムールの床にでもなればいい…」
立ち上がって深呼吸をしたジュリエットは咆哮を上げた。
シュミカは感傷も何もかもがそれどころではなく…
気を失う。
「汝が受け入れしその名は『ルーニー』。
願わくはその名と共に在り続ける者達への加護と祝福を!」
儀式の派手さの中、
優しい光が小さな花を包み込む。
『…ルーニー…
ルーニーは…ルーニー…
しゅき…
シュイカ…エーナ…シャヒ…リャー…
リュキィ…リュキィ~~…
リュキィは…ルーニー…?
ルーニーは…リュキィ…?
みんな…しゅき…いっしょ…ずっと…』
その光を吸い込んだ小さな花は、
より鮮やかにその色彩を纏う。




