そして、ある日森の熊さんに出会った。その2
のんびりと出てきて空に浮かぶ鯨を見上げる熊は言う。
「あの空に映ってるのはこの世界の理から切り離された存在だよ。
ぼく達みたいな妖精が居る精霊結界の中からしか目視出来ないんだけど…
わりと存在はしているんだよ。
あの鯨は『天使』の住処。
君の世界の言葉を使わせてもらうなら『天界』ってやつさ。
あ…『妖精』については後でゆっくり話すよ…。」
「…話が早くて助かります…。」
アサヒが頭に思い浮かべると同時に答えが返ってくるのは便利だがこちらが追いつかない…。
(…気が抜けない…。)
「…だよね~。
ちょっとぼくも久しぶりにこんなに沢山の人達を迎えてはしゃぎ過ぎちゃったね。
ごめんよ…
悪意が無いことはわかったし、
壁を作って置くからこの後は口頭だけで大丈夫……って、
言ってる側から悪意を向けないでもらえるかな?
心が読めなくても顔でわかるよ…。」
ジュリエットを睨み付けながらアサヒは言う。
「記憶を読むとか…極悪です。」
「悪かったよ…
普段は草木とばかり話してるからさ…。
それより、
そろそろあの竜人の子とちんちん姫が物騒な事を始めようとしてるから止めようか…」
ふと見るとエイナとリアは楽しそうに飛んだりジャンプしたりで上空に石や魔法を放ち、
シュミカがそれらの力が増幅する魔法陣を地面にしたためようとしていた。
もちろんアサヒには魔法陣など見てもわからないのだが…
状況を見れば一目瞭然である。
「やめんか、
お漏らシュミカ。」
アサヒはその魔法陣を足で散らしながらシュミカを見下して見せる。
「ん~…お、おも…おも~~!?」
顔を真っ赤にして飛び掛かるシュミカの
ローブの首根っこを掴んで宙ぶらりんにして制するジュリエットは、
はしゃぎ続ける二人にも声をかけてこの場を収めようとしていたが…。
「全くもう…
届かないのはわかったでしょ?
空の結界に映った別次元の景色なんだから…。」
ジタバタするシュミカを摘んでウチに帰ろうとするジュリエットをバドゥワが呼び止めた。
「…お、お師様…お師様ーーー!」
狼狽えるバドゥワの声に振り返った一同の目の前には、
確かに空に映し出された映像の様ではあったが…
極限までカメラに寄ったように鯨の眼が大きくその場を見つめていた。
「ん~!
…ぴぃぃ…。」
余りにも異様な光景であったのは確かだが…
その恐ろしさは先程のシュミカの異名を確かなものにした。
「あははは!
でっか~い♪」
エイナは大喜びで飛び跳ねているが…
さすがのリアも突然ドアップに迫ってきた大きな鯨に言葉も出ずに這いつくばっていた。
もちろんアサヒもである。
「な、
なんだい…?
これ…
『天界』は結界越しでもこちらを認識しているのかい…?
じゃあ…ギルドは何の為に…?」
ジュリエットですら想定していなかった事態の様であったが、
空に向かってぴょんぴょん跳ね回るエイナに向けて数回の瞬きを見せると…
鯨は大きく身を翻して上空へと去って行った。
「うん、ありがと~♪
いつか背中に乗っけてね~~!」
見えなくなっていく鯨に手を振りながら叫ぶエイナにジュリエットは目を丸くしていた。
「…エイナちゃん、
アレと何か話をしたのかい?」
白目を剥いたシュミカを摘んだままのジュリエットの質問に、
エイナは不思議そうに答える。
「え…?
おっきな声で言ってたでしょ?
『みんなと旅を楽しんで、また会いましょうね』って♪」
ジュリエットとバドゥワは顔を見合わせて首を傾げる。
「…まぁ何はともあれ、
この子はもう一度洗ってあげなくちゃだね…。
頼めるかい、バド?」
「おまかせを、
お師様…。
…うぅ、
アタイの着替えが無くなっちゃう…。
あ、そういえばお食事の準備は…。」
「いいよいいよ、
それはいつも自分でやってるし…
そこの客人に手伝って貰うから。」
そう言いながらアサヒを睨みつけて熊はさりげなく、
今後についての教訓を告げた。
「…わかるよね?
君は『客人』だけど『神様』じゃ無いからね…
手伝って貰うよ!」
何やら憤っていらっしゃる熊さんの迫力はそれはそれは…。
「わぁい、
ボクもぉ!」
クルクルと回りながら先程の興奮もあってか、
エイナはやる気満々である。
「あ…は、はい、
全力で奉仕させていただきます!!」
…などと息巻いてはみたものの、
数分後にアサヒはテキパキと家事をこなすジュリエットを見ながら、
『テーブルで大人しくしているように!』
…との指示を受けて不機嫌なエイナを膝の上に抱えていた。
「ぶぅう…
ボクも包丁でトントンしたかったのにぃ!」
数分間で巻き起こった惨状を考えると致し方無いではある。
その嵐を数秒で無かった事にしてしまったジュリエットは、
さすがクーロのお師匠様と言えた。
それでも料理に魔法は使わないのがモットーらしく、
それでも物凄い勢いで数々の料理がテーブルに並んで行く。
「温かいのはみんなが揃うくらいに仕上げるから、
少しくらいなら摘んでいても良いよ~。
お酒は飲むのかい?
エイナちゃんは…
そうだね、
ジュースを作ってあげよう♪
この森の果物は魔力も高くて美味しいんだよ!」
何だかんだで人を持て成す事が好きらしい。
「ジュリ…あなたは普段はずっと一人なんですか?」
アサヒとしても、
失礼な質問かもしれないと思いはしたが…
どうせ頭の中はダダ漏れなのだし…素直に聞きたい事を聞いてみる事にした。
「もうめんどくさいからジュリエットで良いよ。
…そうだね、
ただ君達の考える独りとは違うと思うよ。
精霊や草木や動物の声で、
こちらから遮断しておかないとウルサイくらいさ。
…でもこうやって料理を振る舞ったり言葉で会話出来る機会は稀でね…。
たまに迷い込んだり迷わせたりする旅人…」
(…ギルドに討伐依頼がありませんように。)
「…あとはバド達みたいに昔の弟子達がたまに外の情報を持ってきてくれるから、
寂しくはないかな?
もともとノンビリ魔術の研究をするのが好きだったし。」
アサヒは一番聞きたい事に関して気兼ねしていたが…
「優しいね。
君の言う所のロミオにあたる人についてだよね…。
その子の頭の花を見てごらん。」
自分の頭の事だと思ったエイナはアサヒにその花をアピールするように揺らして見せると、
アサヒとジュリエットの心は初めてシンクロした!
((…何だ、この可愛い生き物‼︎))
「…一目惚れや一瞬の感情っていうのは、
こうやって心を乱すものなのさぁ~~…」
「わかりますぅ~♪」
自分の可愛らしさを誇示できた事に満足してニヤリと笑うエイナは、
いつの間にかテーブルに並んでいた前菜を平らげていた。
「…わかるでしょ?」
「いや、
わかりませんが…?」
ふぅ…と溜息をついたジュリエットはまた怒涛の勢いで料理を始める。
「盲目だったの!
あの駆け落ちも全部あの人の計画!
別の女とヘマして逃げる為の工作員にされたのよ!
たまたまあの人が事故で死んじゃったけど…
始末されるのはアタ…
…ぼくだった筈だったの…。
それからは復讐の為に蘇生の魔術を研究して…
いつしか目的も忘れて魔術に没頭していたら精霊達に懐かれていたんだよ。
気づいたらこんな姿。
しかも死ぬ事も出来ない。
これがこの世界でいう『妖精』だよ。
精霊に愛されて人の姿も無くして共に生き続ける存在。
君は反論するだろうけど…
外に出られない結界の中で花として死ぬ事も出来ないよりは…
ぼくは今を楽しく生きているよ。」
全てを知られている事を理解しているアサヒは、
胸を鷲掴みにされた気持ちだった。
目を伏せた先に抱き抱えたエイナはいつの間にかお腹が満たされて寝息を立てている。
その頭で誇らしげに咲くハルシャギクは、
ほんのりと甘い香りでアサヒの鼻口をくすぐる。
『ははは!
そいつが楽しいならそれで良いじゃないさね!
お前はこの世界が楽しく無いのかい?』
…そんな誰かの声が聞こえた気がした。




