そして、ある日森の熊さんに出会った。その1
アサヒとエイナの前に居るのは紛うことなき熊さんである。
『受肉した精霊と旅をするのならば一度会う事を勧める』と、
アサヒ一行にクーロが紹介状を持たせてくれた森の賢者。
クーロの師匠に当たる大魔道士は喋る野生の熊?であった。
「うん大丈夫、
この子はそのルキリ=スターニーって子が生まれた時から一緒に居たんだって。
だから君達との出会いや想いを理解してるよ。
だから付いて行きたかったんじゃないかな?
その彼女が見るかも知れなかった未来に連れて行ってあげるといいよ。」
片手でエイナの頭の花を愛おしく撫でながら、
片手でエイナの攻撃をパシパシといなしている熊。
「すっご~い!
割と全力なのに全然効いてない…
風圧も打ち消してるのって魔法?
精霊さん達が守ってるの?」
楽しそうに息を切らすエイナは興奮気味に手足を繰り出す。
「いやいや十分に痛いんだけど…
まぁ、
そんな所だね。
この森の中だけならぼくは無敵なんだよ。」
「熊畜生にも勝てないなんて…
ボクもまだまだなんだね!
楽しいなぁ♪」
『熊畜生』というワードに違和感を抱く熊は、
興奮して遊びに夢中な子猫をあやす様にしながらアサヒに怪訝な目を向けた。
「あ…すみません。
その子の教育係が大馬鹿者だったらしくて…。
ちゃんとバチが当たってお亡くなりになったので…
…御免なさい。
代わりに俺から謝罪します…。」
熊はため息をついて子猫の相手を続ける。
「まぁいいけどね…
君達が今の保護者ならちゃんと導かなきゃダメだと思うよ。
それはそれとして…
この花の子もまだ会ったばかりなんだね…。
でも不思議とエイナちゃんには懐いてるみたい。
連れの二人がお風呂から戻って来たら、
あの神職の子に頼んで名前をつけてあげるといい。
それほど強くはないけど多少の加護は受けられる様になると思うよ。」
その連れの二人はというと…
突然現れた熊に驚いて粗相をしたシュミカを、
離れに小さな露天風呂が有るというのでリアが連れて行っていた。
「あ…
そういえば今更ですけど、
お名前は?」
少し間を置いた熊は答える。
「ジュリエット。」
意外な回答に複雑な表情のアサヒ。
「冗談だよ。
ぼくの境遇を伝えるのにちょうど良さそうな名前を、
君の頭の中の記憶から拝借しただけさ。
どこの世界でも悲劇は人気みたいだね…
仮にぼくをジュリエットの様な境遇に置き換えたとしても、
ぼくは王子様を生き返らせる方法を探す道を選んだ訳だけど…。
本当の名前なんて随分昔に忘れちゃったよ。」
(君の頭のとか言ったか?
この熊畜…熊さんは…)
「ハハハ、わざわざ思い直さなくても大丈夫だよ…
もう何百年も生きてるんだし他人の些細な悪意なんて逆に可愛いくらいさ。
…これでも人間だった頃は駆け落ちまでした無垢なお嬢様だったんだけどね…。」
(…なるほど、
それでジュリエット…
でもなぜ熊なんかに?)
アサヒに無言で頷きながら見つめられている熊は、
その光景を不思議そうに眺めているエイナと板挟みになっていた。
(アサヒ…
めっちゃ熊見てるけどなんだろう?
…お腹減ったのかな?)
(頭の中を勝手に読めるって事ですよね?
勝手に?意図してですか?)
(…熊さんのお肉かぁ…
食べたことはあるけど作ってくれたのはスチラルだし…
あ!
熊肉のミートパイとかどうかな!?)
(頭の中ダダ漏れとか嫌なんですけど…
あ、いや今の言い方は失礼かな?)
ダン!
と、足を踏み鳴らして熊はその場を落ち着かせる。
「頭の中を読むのは意図した時だけ!
それ以外はちゃんとシャットダウンしてるよ、
うるさいからね!
あとエイナちゃん!
ぼくを食材として見ないで!
ミートパイは食べる側で居させて!
…あと、
二人ともちゃんと口に出して喋りなさい!」
急に話題の蚊帳の中に入れられてキョトンとしたエイナは熊に訪ねる。
「じゃあ…熊さんのお肉、
美味しい?」
「…きっと美味しくないって言わせてもらっておくよ!
まぁ…ぼくのこの姿については皆んなが揃ってから説明するよ。
それに一番知りたいのは、
ぼくが驚かせちゃって身体を洗いに行く羽目になっちゃった神職の子だろうからね…。」
二人と一体でわちゃわちゃとしながらくつろいでいると、
扉の向こうから声が近づいてくる。
「…ちゃん、
お姫ちゃーん!出てらっしゃい、
すごい物が飛んでるわよぉ~!」
ばん!と扉を開いて目を輝かせているリアがそこに居た。
少し遅れてリアにしがみつくシュミカはいつもとは違うローブを身に纏い、
リアの影からジュリエットの姿に怯えている様だった。
「もぉ~!
待ってください!
そんなに急がなくてもアレはゆっくり進みますから大丈夫ですよ~…
…せっかく汗を流したのに~!」
最後に現れたのはクーロとは別のリスの様な獣人の少女、
『バドゥワ=ルイエザ』
熊さんの弟子達の一人で、
クーロの弟弟子に当たる者達らしい。
先程までは汚れたシュミカのローブの洗濯のついでに露天風呂に同行していた。
体格の近い事もあってシュミカは代わりのローブまで借りている様だ。
テンションマックスのリアはアサヒと熊を払い退けてエイナの手を取り、
外へと連れ出す。
「リアお姉ちゃん、
痛いよ~!」
「ほらっ!ほらっ!
空見てぇ!おっきな魚が泳いでいるわぁ♪
美味しいかしらぁ?」
遥か上空には巨大な鯨が悠々と泳いでいた。




