そして、花咲く丘で待つ。その4
町外れの戸建の一軒家、
アサヒ達にクシュトーコ=シュシュルが貸し出した邸宅である。
未明に意識を取り戻したルキリ=スターニーは虚な意識の中、
窓からうっすらと見える朝焼けと共に全ての記憶が繋がってゆくのを…
この後に自分が受け入れざるを得ない運命と共にゆっくりと噛み締めていた。
魔王因子に蝕まれてしまった半身は魔物と共に朽ち、
精霊がクーロに押し付けたダメージを免れたルキリ本体の生命維持も限界を迎えようとしていた。
意識を取り戻さずに絶命する可能性を減らすための処置は力有る縁者によって全力で行われ、
その仲間達に囲まれたベッドでルキリ=スターニーの意識はようやく現世へと浮上する。
「目を覚ましたわぁ!
ルキリ姉さん…お姉ちゃん!
わかる?リアよ!」
「ん…姉さん…。
シュミカだよ…。
拾って育ててくれて…本当にありがとう…。」
「…目覚めて早々何だいそりゃ…
トドメでも刺すつもりかい…?」
シュミカにだけは見えている光景。
無数の精霊達が一秒でも長くと自らの存在をルキリの生命に捧げていた。
残り時間を察したシュミカは…
どう声をかけるべきなのかわからずにオロオロするアサヒを押し退け、
カディスの裾を強引に引いてルキリの顔元に近い椅子に座らせる。
「ん~!
伝えることが…あるでしょ!
ちゃんと話すの!」
空気を読んだリアは一歩身を引き、
何だかモヤモヤしているアサヒをシュミカと共に遠ざける。
流石に状況を悟りながらもカディスは声の掛け方がわからずに俯くだけであった…
そんなカディスに全てをぶつけるべくルキリは最後の会話を始める。
「…やぁい、
嘘つきカディス…
親父達死んでたんじゃないか…
しかも…誰がアンタの部下になんて…家族だっただろう?」
カディスはずっとリアに惹かれ、
ルキリからの好意を知りながらも受け入れられずに目を逸らしていた。
「…目を離すとすぐに死のうとしていたのは貴女ではないか…
我もあの惨状は目にしたし、
間に合わなかった自身を今でも呪っている…。
せめて側にと…
やり方が他にわからなかった…
すまないと思っている。」
ルキリは遠慮がちにリアとカディスに目を配る。
「わかってるさね…
でもさぁ…」
ゆっくりと力を振り絞って伸ばそうとするその手をカディスは優しく取る。
「あぁ…
何であるか?
申してみよ。」
「もういつ終わるかわからないから先に言っておくよ…
…初めて目にした時からさ…
『ずっとアナタが好きでした。』」
やっと伝えた言葉にリアとシュミカは抱き合い静かに号泣し、
アサヒは目を逸らす。
神妙な面持ちで俯くカディスは、
思考がまとまりきらないまま声を絞り出した。
「…すまない。
だが我が追っていたのはリア=スティルノアただ一人である。」
困った顔で笑うルキリの手は震えていた。
「わかってるさね…
それ前提じゃなきゃ逢えてもいなかったんだからさぁ。」
後ろでは殴りかかろうとするリアをガトダトシュミカをはじめ、
総員で取り押さえている。
「…いや、
だった…であるな。
改めてリア達と再会した時に気づいたのだ。
その時リアと共にいたギリア殿には嫉妬心を感じなかった…
我がリアに惹かれていたのは愛情ではなく、
自由の象徴としての憧れだったのだと…
今の我の感情を表現するならば、
そう認める他はなさそうだ。」
かつてリアよりも自由奔放で破天荒…
いつでも愉快であったルキリ=スターニーの小さな手を取り、
その言葉は自然に口からこぼれ出た。
「どうやら我も貴女の事が好きになっていた様だ…。
頼む…どうか死なないでくれないか…?」
優しくルキリの手を包み込む帝国皇子は、
人目など気にせずに顔をグチャグチャにして懇願する。
残り少ない血流で顔を赤らめたルキリは幸せそうに笑う。
「…ふふっ
嘘つきカディスめ、
こんな時にまで気を使うんじゃないよ。」
カディスは、
みるみると顔色が悪くなり呼吸が荒くなり始めたルキリの手を強く握り込んだ。
「……ぃゃ!
ぁぁ…
すまない。
そうだ、
全部うそだ!
だから我は貴女の死に引かれたりはせんよ…
必ず命を全うしてから宴席に加わろう!
…最高の酒を用意しておいてくれ。」
今、二人の魂は繋がる。
「全く無茶を言うワガママな弟だねぇ…
やい、
アンタは兄貴なんだから残った弟と妹達…アサヒ達とノイを頼んだよ…。
あ~…ノイ~、
歌っておくれよ…あの歌をさぁ…」
「は…ハイっす!
あ…っと、
その前にっすね…
頭…撫でて欲しいっす…
あの時から頑張って来たんっすよ…
あなたに声を届けたくて…ずっと。」
うなづき微笑むカディスは最後に少しだけ力強く、
残されたルキリの片方だけの手を離してノイに席を譲った。
「…あの…時の子がねぇ…
立派になったもんだよ…
でもまだまだ頑張って行くんだよ…」
力無く上がりきらないその手を、
カディスが手を添えてノーイラ=タスツの頭へと導く。
「…あんたもルキリの自慢の妹さね…。」
もう無粋な言葉は要らなかった。
リャイラナが全速力で抱き抱えてきたシリウトをノイに手渡す。
終わりの時を悟ったアサヒ達は二人の時間などお構いなしに彼女に駆け寄り、
それぞれが最後の言葉を必至に伝えるが…
それらはもはやルキリの耳をただただ通り過ぎてゆく。
シリウトの音が響き、
ルキリが愛した歌声が鳴り渡る。
ルキリの一番そばで歌うノーイラ=タスツの声に笑みを浮かべるルキリ=スターニー。
最後のお決まりのフレーズの繰り返しになると…
誰からともなくハミングを初めて合唱となり、
その歌声には少しずつ嗚咽が混じり始め…
やがてそれは慟哭へと変わった。
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「お代はこの命。
既に戴いておりますのでこの屋敷もご自由にお使い下さい。
改めてパナルマ様を雇い、
新事業を始める拠点として提供しますよ。」
と、
あの時ルキリに命を救われたシュシュルの申し出により、
町外れの小高い丘にある邸宅の庭にルキリ=スターニーは眠る事となった。
その場に集う者達の慣習に葬儀という概念は希薄であったが、
それでも皆がその墓碑に祈りと感謝を捧げる。
「…結局は小細工などせずにカディス坊が寄り添ってやっておればな…。」
湿っぽい空気の中、
わざとらしくクーロウア=バエレはポソっと言い放つ。
「貴様のように長く生きているわけでは無い!」
カッとなるカディスは…
回復途中でエイナよりも小さな身体のクーロに、
その手を上げかけて振り下ろせずに唇を噛み締めた。
「そおよぉ!
全部アンタが悪いのよぉ!」
「ん…
姉さんの心を弄んだ大罪人…
諸悪の権化…。」
少し芝居掛かってはいるが…
三人の小芝居でこの場で唯一ドス黒い感情を持て余す者、
その存在にカディスはようやく気づいた。
「うおあああぁぁ!
このクソトカゲ野郎!」
手元にある凶器に成り得そうな物を投げつけ、
その姿に哀れそうに目を背けるガトスの剣を取ったアサヒは…
真っ直ぐにカディスの胸に突き立てる。
「…で?
どうした、弱き者。
我は動かん。
好きなだけやってみると良い!」
「俺はお前が最初から大嫌いだったんだよ!」
お互いにとっての自分自身への贖罪の時間は…
そう長くは無く、
アサヒの体力が尽きたところで終わった。
昏倒して悔しさで声にもならず泣き倒れるアサヒ…
「…俺だって…
俺だってルキリ姉さんの事がお前なんかより大好きだったのに…!」
「…ままならんものだな。
心も互いの気持ちも…状況も。」
そっと伸ばすカディスの手を、
アサヒは乱暴に掴む。
『この関係に上下などあってたまるものか!』と。
その野望に近い感情を向けてくる戦闘能力的弱者に、
カディスは生まれて初めての共感を覚えた。
「共感するわぁアサヒぃ…
アタシもコイツの事が更に嫌いになったものぉ~。」
こっそりと、
いざとなったらアサヒを助けに入ろうと傍にいたリアは肩をすくめて笑う。
「リアよ…。」
吹っ切れた表情のカディスは憧れや愛情から来るものではなく、
対等の目線でリアを睨みつけた。
エイナの肩に手を回し、
頭に顔を乗せて宙を見るシュミカは目を輝かせていた。
「ん~…
すごい…
こんなにたくさん…。
姉さんの魂を…
この場所を守ってくれる精霊さん達が集まってきてる!
え…ここで?」
何と何を話しているのかはシュミカと…
目を丸くしているクーロにしかわからない。
少し時間をおいて、
この世界にはあまり似つかわしくなさそうな程の派手やかな花がその丘に咲き乱れた。
傷心のアサヒにとって、
それは本当に苦々しくもその場にふさわしい花であった。
「くそっ…精霊どもめ…俺ごときにまで気を遣ったつもりかよ…
ははは!
だがもっとももっとも、
最高じゃないか!」
アサヒの世界でのその花の名は『ハルシャギク』。
「…ん、
ルキリ姉さんが好きだった精霊さん達が大地に受肉した…
もう自分達では何処にも行けない。
それでも此処を守り続けてくれるって…。」
「…あり得んじゃろう?!
精霊が個人に此処まで…。」
「ん…それはアナタ達が精霊を神聖視しすぎ…なの。
全能の力を持ってる好奇心旺盛な子供…
それが精霊。
…知らなかったの?」
クーロは長い人生の中で足りなかった最後のピースを手に入れ、
頭の中で全ての回路がつながり…
この世界の理を理解した。
(…悪くは無い、か…。
付き合うわい…精霊様。)
突如現れた花畑に大興奮なエイナはクルクルと回りながら…
不意に目にした花を一輪むしり取る!
「わぁい♪」
『わぁい♪じゃないよ!』
「…だって、
一緒に行きたそうだったから…」
みんなが精霊に怯えて慌てているが、
アサヒは無理矢理吹っ切れた様に笑う。
「きっと大丈夫。
この花は俺の世界に咲いていた花だ。
俺がいた世界には花言葉ってものがあって、
その花は『いつも愉快』
…精霊さん達が愛してたルキリ姉さんそのものじゃ無いか!」
「へぇ~、
ピッタリねぇ。」
「ん、
洒落た風習。」
リアはエイナの頭にその花をさす。
「ほらぁ、
可愛いわよぉ、
お姫ちゃん!」
「わぁい♪」
嬉しそうにクルクル回るエイナを見ながら、
アサヒはその花のもう一つの花言葉を胸にしまう。
それは『一目惚れ』。
何処まで知って精霊がこの花を選んだのか…。
アサヒは肩をすくめてため息を吐いた。
墓碑に祈りを捧げるノイにカディスは訪ねる。
「君は良いのか?
明日にはもう旅立つのだろう、
形見として一輪取っても精霊は怒らんだろう…」
少しだけ考えたノーイラ=タスツは、
小さく首を振り…
決意を決めた。
「いや、
自分はいいっす。
いつか立派な唄うたいになって…
その歌がこの街にも届くほどになったら、
またここに戻ってくるっすよ!
それまでリャイラナ…」
隣で一緒に祈っていたリャイラナも顔を上げる。
「わかってますわ。
アナタに代わって、
此処であの歌を歌い継いで待ってますわ。」
そして…
枯れることのないその花とルキリの面影を重ねるカディスも、
軽く微笑んで一つの決意を固めた。




