そして、本当に雷鳴は轟く。その7
このダンジョンに入ってからのアサヒは少しだけ勇気を出そうとしたこともあったが、
常に怯えていた。
だが今は違う。
目を覚ましたばかりのアサヒ=ハザマは…
圧倒的な恐怖に絶望して震えていた。
「た…食べられる…。」
目を開けて最初に目に入ったのは巨大な竜が自分を覗き込んでいる顔。
『いや、食わん食わん!
我が子が世話になった者を心配していただけだ!
落ち着け!』
竜の声は頭の中に直接響く。
「アサヒやっと起きたー!」
「大丈夫ですか~?」
驚かせてしまった竜は、
いつの間にか水が引いた部屋をトボトボと歩いて距離を取り、
その代わりにピー子が擦り寄ってくる。
「…我が子?」
改めてその竜を見るとピー子と同じ様に琥珀色の鱗に覆われている。
『うむ。
ワシは契約期間中この部屋から動けなくてな…。
代わりに遊んでくれた様で感謝する。』
「ぅわあっ!」
竜は離れたが声は直接頭の中に響いて気持ちが悪い。
『すまんすまん、
この口では人間の言葉の発音はできんでな。
長く生きておるとこういう事も出来る様になる。』
エイナはクルクル回りながらその感覚を楽しんでいる。
「ヘンテコだよねー♪」
「竜ならではの魔力量の賜物ですね~。
あの方が溺れたアサヒさんを助けてくれたんですよ~?」
そう言えば…と、
アサヒは戦闘中の事を思い出す。
「あ…そうなんだ、
失礼な態度をとってゴメンなさい…。
でも目覚めてすぐにあれは驚くって…。
ありがとうございます。」
『構わんよ。
その子が助けを求めたから助けただけだ。
それが無ければ放っておいた。
まぁ面倒を見てくれた事でお互い様で良かろう?』
心の広い竜に感謝しながらアサヒは立ち上がる。
「で、エイナとユリィさん…
これからどうするの?
俺としてはそろそろ…。」
クルクル回っていたエイナはピタッと止まってそれに抗議する。
「何言ってんのさぁ!
やっと手応えが有りそうなのが出始めて来たのにー!」
「その割には結局瞬殺でしたけどね~。」
そのやり取りに準備運動の様な仕草をしながら竜が答える。
『待て待て、
ここから先は話は別だ。
先程のワシャワシャした触手の奴は雷撃が有効な階層だと思わせる為の前座。
本来この部屋を任されているのはワシだ。
ワシと戦わん限りはこの部屋からは出られはせん!」
「あ~…
それですぐに助けに出て来れたんですね~?」
呑気に納得するユリィ。
水属性のボス部屋と思わせておいて疲労した後に、
琥珀という絶縁体に覆われた本物が出てくる…最悪です。
『まぁ、
お主達も相当な者なのはわかった。
『客人』は無事に部屋からは出すから我が子と部屋の隅にでも避難しておれ。
ワシもこの部屋でなら死んでも蘇生されるから遠慮はいらん。
思う存分に全力でかかって来い!』
話の途中から準備運動を始めたエイナはトントンとフットワークを確認する。
「ピー子は良いのぉー?」
「ワタシも雷撃しか使えない訳では有りませんよ~?」
そそくさと隅っこに避難したアサヒの膝の上でピー子は楽しそうである。
親の強さを確信しているのか、
蘇生する事を理解しているのか…
はたまた竜の親子関係とは弱肉強食で簡単に割り切ってしまうものなのかも知れない。
(…本当に物騒な世界だ。)
---
ギルをギルドの厩舎に預けたリリ達は、
受付で今回引き受けていたクエストの報告と、
事情を話してギルの引き受けと手紙を任せて一安心していた。
「さてさて、
肩の荷も降りたし報酬も入った!
食堂で一杯やって休もうか、ははは!」
リリとピッピが食堂に向かおうとすると、
向かいから先に席とりをしに行っていたササが、
両掌を上に向けて首を横に振りながら戻って来ていた。
「今はダメみたい…。
昼間に大騒ぎした連中が居たらしくて、
なんか大勢で掃除してたわ…。
席は有りそうだけど…今日は他の方が良さそうね。」
仕方なく外へ出た一行は取り敢えず通りの店を眺める。
「ん~、
オレは疲れたし何処でも良いかな…。
『ゴムール』なら此処にも有るんじゃないか?」
それを聞いたササは不満げな表情を浮かべた。
「いや嫌いじゃ無いけど…
せっかく外食するなら何処にでも有る様なのじゃなくて…。」
ハッと思い出したリリは言う。
「いや、
聞いた所この街の『ゴムール』は一線を画すらしいぞ?
ショータイムも有って料理の質が段違いらしい!
それで他と同様にリーズナブルな値段設定で穴場らしい。
確かめてみないか?ははは!」
二票入ってしまって渋い顔のササに、
さっさと腰を落ち着かせたいピッピは提案する。
「取り敢えず一杯飲んで、
ササのお眼鏡にかなわない様なら直ぐに店を変えれば良いんじゃないか?
オレはとにかく一度落ち着きたいだけなんだ。」
ササは目を伏せつつも『まぁそれなら…』と承諾し、
行動力のリリはたまたま目の前に居たギルド職員に店の場所を聞き出した。
「近いな!
それにやはり他の冒険者達にも評判が良いらしくてオススメだそうだ!
とりあえず行ってみよう、ははは!」
三人はほんの少しだけギルの事が気になりはしたが…
これ以上情が移っても面倒だと、
それぞれが頭の中で思いながらギルドを後にした。
---
アサヒの膝の上で父親が戦う姿を興奮気味に見ているピー子。
竜は二人をかなり苦しめたが…
それぞれが異常な上に、
此処までの階層でコンビネーションまで身に付けてしまったので…
結局のところ軍配はエイナ達に上がりそうであった。
「エイナちゃんトドメ!」
「そぉ~っれ!」
重力で竜の動きを封じたユリィの合図で拳を叩きつけようとしたエイナは…
「ぱあっつぅぅい!」
青白い放電現象で弾かれる。
(…あ、どでかい静電気か!)
しかしそれも最後の悪あがき。
ゆっくりと立ち上がったエイナは改めて距離を置いて構えを取る。
『フハハハ!
天晴れ!
久々に戦えて楽しかったぞ!
また訪ねてくると良い!』
「ボクも楽しかったよ、
またね!
ふっ!!」
笑顔で挨拶すると、
息を吐き出して渾身の一撃を宙に撃ち込み…
もちろん魔力や精霊の力も加味した結果なのだろうが、
竜の身体は吹き飛んだ後に破裂して部屋のシミとなった。
「あ~~…
流石にもう疲れましたぁ~~!」
ユリィはその場にグッタリと座り込んで溜息をつく。
「お前のお父さん強かったなぁ、
ピー子!」
目の前で親を倒されたピー子は、
何故か誇らしげにアサヒの膝の上で飛び跳ねている。
(怒っているのか、喜んでいるのか?)
『…問題ない。
お主達が部屋を後にすれば我はまた生える。
さっさと進むと良い。
次は負けんぞ!』
竜の声だけが頭の中に響く。
「さあさあ次へ行くよー!」
開いた先へと進む扉の前でクルクルと回るエイナ。
「ん~…
ワタシはココまでにしておきます~。
この後もちょっと体力を残しておかなきゃなんで~…。」
パサパサと服装を整えながらユリィはエイナに歩み寄る。
「えー?
お姉さん帰っちゃうのぉ?」
「もうクタクタです~。
でも楽しかったですよ、
エイナちゃん♪
ほらほら、肘を擦りむいちゃって…。」
取り出したハンカチで傷口の汚れを払って血を拭き取る。
「いたた…。」
「次の階層に降りたら直ぐに泉を探して洗う事!
変な傷が残っちゃったら綺麗な身体が勿体無いですよ~。」
巨大な竜との激闘の後に残ったのが肘の擦り傷だけと言う…
「お姉さんとはまた会える?」
エイナはユリィの事が気に入ったようで、
寂しそうに服を掴む。
「もっちろん~♪
また遊びましょうね~。
アサヒさんも精霊の加護が有るからって気を抜いちゃダメですよ~?
死ぬ時は死んじゃうんですからっ!
また何処かで~♪」
目的を果たしてこの後国に帰還するユリィは、
一期一会を美しく締めくくる為の社交辞令を演じて見せた。
「ピー子ちゃんも元気でね~。」
『貴様は羽根を毟りおっただろうが!
早う居ね!
ワシが復活出来んわ!』
「ビィぃぃ~!」
頭に竜の声とピー子の抗議の叫びが響く。
「ユリィさんもお元気で。」
一つの懸念を胸に抱えながらアサヒは手を振る。
身に付けていたネックレスを外したユリィも手を振りかえしながら、
それを地面に叩きつける。
地面に現れた魔法陣の様な模様は光を放ち、
ユリィを包み込んでその場から消えた。
(ああ、
時間を待たなくてもあんな使い方もあるのか。)
アサヒは首にぶら下がった同じ物を握り締め、
『じゃあ俺も…』と同じ行動を取ろうとする。
「ダメだよアサヒ!」
その手を押さえてアサヒに抱き付くエイナ。
「え…?
何か罠とかあるの…?」
抱きついたままグリグリと首を左右に振るエイナは…
震えながらニヤけた顔を上げる。
「ダメだよ…。
次の階層のボス…
それを倒せばボク達がこのダンジョンのレコードキーパーになれるんだよ…。
ひひひ♪」
アサヒはエイナが急に欲に塗れた事を言い出した事に少しだけ驚いたが…
悪戯に関しての用意周到さには少し心当たりがあった。
(『立神零也』!
どんな教育してやがる⁉︎
絶対に見つけ出して塩をぶつけてやるぞ!)
ぴょんと飛び上がり、
クルクル回りながら扉に向かうエイナ。
やれやれ…とピー子を抱きながら立ち上がるアサヒは念をおす。
「次のボスまでだからな⁈
危ないと思ったら俺は一人でもこれを割って帰るからな⁉︎
後は知らんからな!」
扉の前で振り返るエイナはとても嬉しそうに微笑む。
「おいでピー子!」
呼ばれたピー子は迷わずエイナの胸にひとっとびで鞍替えし、
アサヒを招く様に羽根を羽ばたかせる。
「やっとお姉ちゃん達と同じ様に話してくれる様になったね、
アサヒ!
ボクはそれがとっても嬉しいんだよ♪」
言われてから気づいたアサヒは赤面する。
自分が変わっていた事にではなく…
強者ではあるが小さな子供。
それにそこまで気遣いをさせていた事に。
「行こう、
アサヒお兄ちゃん!」
そして、
このダンジョンに入ってから幾度も鳴り響いたものより大きな…
それはそれはとても大きな雷鳴がアサヒの胸の中に轟いた。
強さもなく情けなく、
ダメダメではあるが…
このファミリーの中でアサヒ=ハザマは『お兄ちゃん』になった。
(…もう、
おっかないとか言ってらんないな…。
…どんと来い!)




