そして、本当に雷鳴は轟く。その1
「リアお姉様!
尻尾でそんな所、激し過ぎるわ~!
…あら、ここは…?」
飛び起きる様に目を覚ましたユリィネル=ソーシャイハの記憶は混乱していた。
寝起き際の叫び声が聞こえなかったフリをしながらアサヒは声をかける。
「あ、目が覚めました?
えっと…あの、
ちょうど通り掛かったら穴の中で気を失ってたんですよ…。
それで取り敢えず泉まで…
ま、魔物の仕業ですかね?
ははは…。」
嘘はついていない。
アサヒにとって悪戯の度が過ぎる子供などは『魔なる物』その物だ。
ユリィはよく見えない見ず知らずの男の声に、
そっと自らの衣類の乱れを確認はするが…
もとよりのおっとりとした性格と強者故の余裕で警戒まではしない。
だがその目つきは鋭く…
「あ、これ…
傷はついてません。
どうぞ。」
遠慮がちに距離をとりながらアサヒは手を伸ばしてメガネを差し出した。
(…あれ?
俺も視力はかなり悪い方だったはずだけど…)
今更に気づいた疑問は精霊さんのお陰との感謝にすり替わる。
これも『客人』への待遇の一つなのであろうと。
「あら~、
ありがとうございます~。
…」
その一瞬の間は無意識の圧力。
社会の上での上下関係の把握に用いられた。
「あ、
俺はアサヒ…
アサヒ=ハザマと言います!
なな…何もしてませんよ?
ここまで運んで傷口を泉の水で癒したのも今は外しているツレに頼みましたから!」
「助けてくださってありがとうございます~。
ワタシはユリィネル=ソーシャイハと申します~。
ユリィと呼んでください。」
そっと受け取ったメガネを耳に掛け、
改めて目の前の人物の顔を確認したユリィは…
ほのかに残る下半身の違和感を悟られない様、
目の前の男の力量を見定めながらホンワリと笑みを浮かべる。
お互いに探り合い、
距離を測りながらそれぞれに思う。
(…こんな男なんかに背後を取られる訳無いわよね~?
結界は張ってたはずだし…
超下層なのに油断しちゃってたのね…。)
(何でも有りなこの世界…
尻尾のあるリアお姉様なんて何処にでも居るはずだ!)
二人は表面だけの笑顔を取り繕い、
お互いに触れる程度の握力で敵意の無さだけを共有した。
「なぁなぁ、ノーイラぁ~!
そろそろなんか歌ってくれよぉ!
なんて言ったっけ?
キュリラライの民謡…」
「『バーナバーナバーナ』
…人も出来事も結局全部繋がってるから、
楽しい方が良いじゃん?って曲っすね…。」
クーロに目配せをしながらノーイラ=タスツは不安であった。
(メチャくそ核心の記憶が残ってるじゃないっすか⁈)
クーロはその視線に余裕の表情の頷きで答える。
問題は家族の生死の記憶であり、
今は別行動。
計画としては…
ゆっくりと時間をかけて適当な事件をでっち上げ、
遠く離れた地でキャラバンが全滅したとルキリに認識させれば良い。
心に傷は残るだろうが…
『ルキリ=スターニーはその場に居なかった。』
それが一番大切な最低限の落とし所であると話し合って決めたのだから。
『心配するな』と目を逸らして酒宴に身を投じるクーロに苛立つノイ。
(馬鹿正直な自分にも苛立つっすけどね…。)
「すんません姉さん…
声を戻して貰ったのは感謝するっすけど…
今日は休むって仲間と約束しちゃったんすよ~…。
だから歌いません。
せめてお話だけで勘弁して欲しいっす!」
頭を下げるノイを見て残念そうではあるが、
ルキリは少し嬉しい。
「…そうかい、仕方ないね。
でもそれはとても良い仲間だ!
そんな約束を破らせる訳にはいかないねぇ…じゃあ…
シュミカでもひん剥いて吊るしてみようか!」
出来るだけ目立たない様に隅で読書をしていたシュミカは、
その態とらしく作った声で自分の名前を発音されただけで悪寒が走った。
「ん~!ん~!
リア!リア~!保護を!保護を乞う~!!」
迫り来る影に怯えるシュミカの頼りとなるリアは…
ふと感じた尻尾の先の違和感を確認する為にトイレに篭っていた。
「何かしらぁ~?
嫌な予感がするわぁ~…?」
『あ~っ!』
エイナとユリィは同時に声を上げた。
暇潰しと称して周囲の魔物狩りに出ていたエイナは、
血まみれのワンピースをたくし上げて拾ってきた素材を抱えて帰ってきた。
その傍らにはアサヒをこの泉まで案内した魔物…
『琥珀龍の幼生体』がエイナに懐いて寄り添っている。
「あ…あの、
お姉ちゃん…おしり壊れちゃってたらゴメ…」
「それは言っちゃダメだぁ!」
慌ててアサヒはエイナの口を塞ぐが、
ユリィの関心は目的であった琥珀龍にのみ有ったので聞いてはいない。
「か…かわいいいぃぃぃ~!
お、おいでぇ~…チッチッチッ♪」
その声に警戒をしているらしく、
暫くはエイナの影に隠れていたその子は…
ホワホワした雰囲気に絆されたようでゆっくりとユリィに近寄る。
「ピー子、大丈夫だよ。
そのお姉さん良い匂いするよ!」
(いつの間にか名前がついてる⁉︎)
敵意の有無を匂いや目線で確認しながらピー子はユリィに安心を抱いた様だ。
ゆっくりとだが、
触らせ、撫でさせ…すぐに抱っこまでさせる事を許す。
『ピィピィ』と愛らしく鳴くその魔物の子に頬擦りするユリィの姿は、
美しい絵画の様でもあり…アサヒの心は癒された、
その瞬間。
「綺麗な羽根…えいっ♪」
「ビイイィィィっ」
ユリィネル=ソーシャイハは抱きかかえた小さな魔物の背中から、
一握りの羽根を力ずくでむしり取った。




