そして、雷鳴は轟く。その5
朝方に公園で黄昏ていたノイに声を掛けたのはルキリだった。
未明に人騒動を片付けたカディス一行は、
ライゴールを保護して貰う為にギルドへと赴く途中であった。
「ノーイラ!
店に居ないと思ったらこんな所に居たのかい?
ルキリは心配したんだよ⁈」
気まずそうに笑顔を取り繕うノーイラ=タスツは自分の喉を指差して目を逸らす。
その光景を見るクーロウア=バエレも無理をさせ過ぎたと心が痛んだ。
戦闘などで受ける外傷はクーロ程の術者となれば、
そこらの精霊に命じて塞ぐ事は出来る。
だが、疲労や目に見えない体内の炎症までには手が及ばない。
『神職』の魔法や、
よほど高位の精霊に好かれている術者の願い以外は時間が解決するのを待つしかない。
「あ~…ルキリが歌わせ過ぎちゃったから喉が潰れちゃったのかい?
わ…悪いことしちゃったなぁ~。」
ルキリ=スターニーは周囲の木々を見渡して笑みを浮かべる。
「なぁなぁ…精霊ちゃん達さぁ、
この子の声を返してやってくれないかなぁ?
いいだろ~ルキリの頼みを聞きなよぉ~?」
楽しそうに微笑むルキリは軽く踊るような仕草をした後、
ゆっくりと優しくノイの喉元へ両手をあてがった。
「ほら、もう大丈夫!
フルステージ歌うかい?
あ、まだ言ってなかったね。
おはよう!ノーイラ!」
喉元に散らばっていた小さな木片が消え去った様な感覚がした。
ノイはゆっくりと息を吸って声帯を響かせる。
「お…おはようございますっす…ルキリ姉さん!」
その瞬間にもクーロは情報を集めながら些細な記憶の帳尻を合わせてゆくのだが、
ルキリの持つ力…と言うよりも、
彼女がどれだけ精霊達に愛されているのかと驚いた。
(なるほど…カディス坊も言っておったな。
無償で精霊に結界まで張らせる…逆に残酷すぎる運命じゃな…。)
強い魔力と引き換えに長く生き過ぎ、
純粋な心と精霊との信頼感が薄れてしまったクーロにはルキリがとても眩しく見えた。
その様な経緯があってのギルドでのこの状況である。
声が出る様になったからと言って、
どちらかと言うと人見知りの側に位置するノイは、
苦笑いをしながら酔っ払いの相手をしているだけである。
(カディスさん…早く帰ってきて欲しいっす~!)
次なる階層に進んだアサヒとエイナ。
20階層などとうに過ぎている為に地図は無いので、
泉と復帰ポイントを確認して身軽になった二人は明るく照らされた階層を進む。
無造作にクルクルと回りながら探索していたエイナは…
それを見つけてしまった。
振り返るエイナは後に続くアサヒに『しっ!』と、
人差し指を口に当てて音を出さないように指示する。
「どうしたの?」
どうやら何かしらの獲物を見つけたらしいエイナは、
音も無くその方向へ忍び寄る。
両手を組んで人差し指と中指を合わせて伸ばす構え。
その先にあるのは…
小さな穴からはみ出した謎の下半身。
すぅぅ~~…と、
息を吸うエイナは狙いを定めて一歩前に踏み出した。
「エイナ!
ダメ!
それは絶対にダメなヤツ!」
「それ、ズドーン!」
「んぎゃんっ!!」
見ただけで雷の様な音が穴の奥から響いた気がした!
全身全霊を込めたクリティカルヒットを確信したエイナは、
指を鼻に持っていっては爆笑してゴロゴロ転がる。
(…恐ろしい子!
子供とはなんとも残酷な生き物なのだろうか…?)
我に帰ったアサヒは慌ててその下半身に謝罪の言葉を並べ立てるのだが…
反応は無い。
「…うぅぅ、
うちの子がすすす…すみません!」
駆け寄ったアサヒの目に映ったのは、
狭い岩穴からグッタリと力無く崩れ落ちた下半身と…
その岩肌を伝って流れてくる血流。
驚いた衝撃で、
穴の奥で頭でも強打したのかも知れない。
いや、十中八九それしか無い。
「こらぁエイナ!
ダメだろう!イタズラにも程があるんだぞ⁉︎
早くこの人を泉にまで運びなさい!!」
アサヒは言いながらも激しく心が動く。
(嫌われたら怖いっ!)
それでもこれは許して良い事でも、
放っておいて良い事でもなかった。
「え…あ、
ゴメンなさい…お兄ちゃん…。
この人、死んじゃうの?」
自分がした事への否定と急に怒られた事にも驚き、
ガタガタ震え出したエイナは慌てふためく。
「…君なら助けられるから!
君にしか出来ないから、
早く泉まで運んで回復!」
キッと目を輝かせるエイナは…
そのグッタリした冒険者の足を引っ張って駆け出した!
「いやいや!
引きずっちゃダメ~!
優しく!優しく~~!!」
角を曲がって見えなくなったエイナに届け!と、
全霊をこめて叫びはしたが…
アサヒの頭に浮かぶのは、
『ギルド管轄ダンジョン内での殺人』
そのペナルティがパーティメンバーのどこまで及ぶのか?
…などの自身をどう救済するかの段取りの把握をしなければ!
という碌でもない段取りの構築であった。
一番碌でも無いのはアサヒ本人である事に間違いは無い。
無駄に頭は回るが、
アサヒ=ハザマとは結局はその様な男である。
「もう…
これ以上の面倒ごとは頭が追い付いて行かないよ~…。」
一人取り残されたアサヒは不安そうに元来た道を思い出しながら進む。
(つい自分でエイナから離れちゃったけど…
なんか出てきたらヤバいんじゃないのか?これ!)
その階層は急に暗闇に覆われ始めていた。
ユリィの魔力で灯されていた灯りは当然失われて行くのだから。
「まったく…
君みたいな『客人』に来られると加減が難しくなるから嫌なんだよ…」
アサヒの耳元に突然聞こえるのは、
ダンジョンの説明をしてくれた精霊人形の声。
「そうだな…
その近くに居る魔物に案内させるから、
ついていきなさい。
泉までは帰れるよ。
君はもっと鍛錬を積まないと外でも、
ここのもっと下層でもすぐ死んじゃうんだから…
頼れる味方は大切にね!」
「え?
あ、はい!」
気がつくと辺りは真っ暗闇になって居るのだが、
ポワッと光る…
鶏よりも大きいが琥珀色に輝く変な動物がこちらを見ている。
「…仲間になりたいと?」
その動物は意味はわかっていない様だが、
アサヒが自分に気づいた事を確認してクルッと回ると付いて来いと言わんばかりに歩き出す。
下半身しか見てはいないものの…
多分…彼女。
無防備な状態での『ズドン』にどれ程の雷鳴が脳天に轟いたのか…
そして、アサヒはそれを思うと…
この仄かな光を追いかけた先にこそ、
更なる地獄があるのだろうと肩を落とした。




