そして、エイナは潜りたい!その2
西の大陸。
シーティスカヤ地方のとある研究室。
「コロンだったっけ?」
この世界に来てから自らデザインして作らせた白衣を纏い、
大きな紙に様々な計算式や設計図を書き込みながら…
テッド=ケヴィンスは後方のテーブルで食後の紅茶を嗜む、
大きなツインテールを揺らす少女に声をかけた。
「…戦場以外でその名で呼んで良いのはお姉様だけですのよ?
貴方は雇用主ではあるけれど主人でも友人でも無い筈ですけれど?」
小柄だが威圧感のあるその少女、
コロノラ=バージレモは嫌悪感を顕にする。
「…あぁ、
失礼したね、コロノラ君。
君のお姉様…ユリィ…ユリィネルさんから報告はあったかい?」
コロノラは目の前の男が一瞬、
敬愛するお姉様を
馴れ馴れしく『ユリィ』と呼びかけた事に殺意を持ったが…
呼び直した事で、
その手に掴んだ大鎌を収める。
「…とりあえずティルスガルのエレメンタルダンジョンに潜る様ですわ。
あそこは解明されてない所も多いけれど…
体力よりも知略の方が試される場所でしたわよね?
なら…きっとすぐにお戻りくださるわ。
それにしても…『琥珀龍』の幼生体なんて、
探せばこの大陸のダンジョンにだっているでしょう?」
テッドはゆらりと立ち上がる。
スマートと言うよりは痩せ細ったと言う表現の方が相応しい、
それでもその高身長と不気味な雰囲気は謎の威圧感を持っていた。
「あちらの大陸の…
というのが重要なのです。
今、貴女を養っているのは他の依頼を受けさせないためです。
ちゃんとお伝えしたでしょう?
暫く休養を楽しんでいて下さい…。」
コロノラは力では無い、
感じた事のない圧力にその身を引く。
「わ、わかりましたわよ…」
高報酬と愛するお姉様に釣られて契約してしまった傭兵コロノラ=バージレモは、
今までどんな汚れ仕事もやってきたが…
今回ばかりは少し特別に感じていた。
それでも愛するお姉様の為に、
世界全てを敵にしてもそれはそれで幸せであった。
(それにしても…
お姉様が居なければただ退屈なだけですわ…。
こいつが『客人』でなければ、
さっさと首を切り落としてトンズラでしたのに…。)
とある魔王に属する精霊に加護されていると知っていれば…
決してこんな男の依頼は受けなかったのに…と、
たらればを吐いて沈むより、
この波をどう乗りこなそうかと傭兵としての知恵を巡らしている。
「なんでお姉様と一緒に行っちゃダメだったんですの⁉︎」
何度も言ったはずだが…と言う顔で、
改めてテッドはコロノラ=バージレモに言う。
「『雷帝』と『死神』が依頼を受けていれば、
必ずここが割れてしまうんだよ…。
君の出番はこの次に用意してあるから…
その後はみんなでパーティータイムさ。
ちゃんと計算してある。
サプライズは仕掛ける側の我慢が大事なのさ。」
何度も繰り返したやり取りに溜息をついたコロノラは…
巨大な鎌を軽々と肩に担いで部屋を後にした。
定期的な間隔で温まる胸元の感触にアサヒは目を覚ます。
いつの間にか…
アサヒのベッドに潜り込んで来ていたエイナの寝息が愛らしく波打つ。
ふと外を見ると日はすでに高くなっている。
(あ~…飲みすぎたな…。)
身体の脱水を感じ、
用意しておいた水を限界まで吸収する。
二日酔いには水!
(そういえば…今日はギルドか…
アイツらは起きているかな?)
こんこん。
ドンドン!
…すでに適当な確認作業になっているらしいその音が扉から鳴り、
大きめに『チィ!』と舌打ちも鳴ってアサヒは慌てて飛び起きた。
「ああ!
リア、シュミカ⁈
起きた、起きました!
すぐに準備いたします!」
傍のお人形さんの様なエイナに気を払いながら、
アサヒはベッドから立ち上がる。
重く感じる身体の鈍り…
(ギリアさんが居なくなった途端にこれじゃダメだろう…?)
と、いくつかのストレッチを試して身体の不具合を確認する。
「…生きてるならいいのよぉ…。
アタシ達は適当に朝食を摂ってからギルドに行くからぁ、
そこで合流…いいわねぇ?」
普段であれば平気で叩き起こしに入って来そうなものだが…
様々な感情が入り混じり、
そんな顔を見せたくないのかも知れない。
そんな声色だった。
心配してくれた事が嬉しくもあり、
心配させてしまった事が申し訳なく思う。
「ああ、すまない!
エイナを起こして準備してから向かうよ。
朝食はゆったりと楽しんでくれ。」
聞こえる静かな溜息には、
返事のあった安心感と…まだ待たされることへの苛立ちの両方か含まれていた。
「ん…僕たちはゆったりしてから行くけど…
アナタ達の方が遅かった時には覚悟して…ね。」
言葉の撒菱をばら撒いて足跡は遠のく。
「エイナ!姫!王子!姫様!起きて!」
アサヒはエイナが目を覚ますまでにかなりの寿命をすり減らした気分でいた…。
いつもの公園、
ノーイラ=タスツは歌わない。
朝の静かな公園も好きなのもあるが…
(…情け無いっすね。
あの程度で喉をやっちゃうなんて…。)
朝寝覚めたら声が出なかった。
遅れて来た魔術の代償…
それも仕方がない事かと本人は寂しかったが受け入れた。
ニリシュは取り乱し慌てたが…
低音楽器のリウトラ担当で、
メンバーの体調管理もしているカニャミ=ドールドートは朝食を作りながら落ち着いていた。
「ただの歌い過ぎっしょ…。
なんの呪いも精霊の搾取の痕跡も感じないっしょ。
ノイは今日喋っちゃダメ…
たまには休んでリフレッシュっしょ!
後で喉が潤うものでも作ってあげるっしょ~♪」
回復術士でもある彼女は狸の尻尾を振りながら楽天的であった。
基本的にゴムールではステージの時以外は厨房に篭りきりであるが、
実は一番メンバーの事を見ている。
マネジメントも担当している為、
すでに本日のショウの代役の候補についてはいくつか目星をつけていた。
(…決めたっしょ。
ニャミ達が居なくなった後は…あの子達に任せるっしょ♪)
まだ少し先ではあるが、
ノイ達は南の大陸で行われる音楽祭を目指して旅をしてきた。
この街の居心地の良さに長居をしてしまっているが…
根を張るつもりは無い。
それらの決断も彼女が担ってきた。
実質上のリーダーである。
他のメンバー、スタッフも絶対の信頼を寄せている。
(さてさて…後でちゃんとギルドに曲の使用権を登録して…
各地からちゃんと振り込まれるようにするっしょ、
うぃひひ♪)
皮算用も得意であった…。
その良からぬ事を考えている黒いオーラにニリシュも落ち着きを取り戻し、
食後…ノイはこの公園に気分転換の散歩に出かけた。
ふと通りに目をやると、
見覚えのある男が小さな子供の手を引いて慌てている。
(あれ…
アサヒさんっすよね?
戻って来たんだ…あのちっこいの…
まさかあの肉ダルマが何かの呪いで⁉︎)
手を振り、
声を掛けようとして…ノイは思い留まった。
(…声…出ないのか…
まぁ良いっす。
次の御来店…心待ちにしてるっすよ、アサヒさん。)
乾き始めた朝露で湿った芝生に身を委ね、
ノーイラ=タスツは『無理をしない』を開始した。




