そして、エイナは潜りたい!その1
改めてカディスはアサヒ達に告げる。
あの場からは救い出せたが、
ルキリの心が壊れている事への理由…。
取り残された彼女には拭えない罪悪感が呪いの様に残った。
その為に目を離すとすぐに自ら死のうとするルキリを繋ぎ止める為、
キャラバンそのものの記憶を封印したと言う経緯を話した。
山岳地帯で聞いたものよりも生々しい報告に過呼吸気味のシュミカ。
震えながらそれを強く抱きしめてリアはその言葉を一つ一つ飲み込む。
何も知らない状況で再会していたら…
状況はもっと悪くなっていたかも知れない。
アサヒはただただ悔しさを募らせた…。
彼らに非は無い。
むしろよく助けてくれたと感謝する。
『全滅』…あの時のカディスの言葉に嘘はなかった。
ヒュウミナロゥの馬車の荷台で喜んだルキリ生存の喜びも…
三人に重みとしてのし掛かった。
次にクーロから今現在の状況、
かつて記憶操作の『鍵』として使ったのは…
『キャラバンでの思い出』と『逸れてしまった家族への想い』
だが…ノイの歌と昔の思い出話で一つは壊された。
「応急処置にしかならんじゃろうが、
もう消せんキャラバンの記憶を残して…
カディス坊、
お前を追いかけて家族から飛び出した恋する乙女にしておいた。」
『はあぁっ!?』
カディスとアサヒは同時に声を上げる。
突拍子もない話に思えたが、
二人の慌て具合に色々と納得したリアは声を抑えて笑い、
その身体の震えでシュミカの心も少し落ち着いた。
「ところでそこの神職の娘さん…」
何を仕掛けて来るか分からない賢者に、
二度としてやられるまいかとリアは警戒心を顕にする。
「シュミカ様よ!
ちゃんと様をつけなさいなぁ?
アタシの大切な娘なんだからぁ!」
あっという間に調子を取り戻したリアは、
その胸にシュミカを力強く埋めて取られまいとする。
「…そんなにせんでも取ったりはせんから、
お前もその娘に呼吸の権利を返してやりなさい…。」
リアの胸元のシュミカは色んな意味で昇天間際であった…。
「『逸れた家族達』が誰達かは分かるじゃろう?
…必ず再会はさせてやりたいと全力は尽くすよ。
少し時間をくれんかの…?」
かつての教え子とその仲間達の幸せを願う鬼教官は、
成長して翼を羽ばたかせるリアに頭を下げた。
上階のVIPルームの扉が変なリズムでノックされる。
返事はない。
飲み物を運んで来たニリがそっと開いた扉の先では、
自分達と比べたらずっとお姉さんであるルキリ=スターニーが、
ノイの膝を枕にして幸せそうに寝ている。
「ノイ…お疲れ様!
とりあえず今はもう大丈夫って…」
それはクーロから知らされていた気休めであった。
ルキリが元の人間性を取り戻すには、
自身が全ての記憶を思い出して受け止め、
生きる事を選ばない限りはこの『禁呪』は麻薬の様な物である。
ただただ楽な方へ過去を切り捨てていけば…
やがて本当に廃人になるしかない。
結局は長い時間をかけてでも現実を受け止めて、
生きる覚悟をルキリ本人が選んでくれれば…
それがこの術式の終末点である。
だがニリにとっては関係がない。
狐の獣人の少女は虚な表情で憔悴しきった親友を力いっぱい抱きしめた。
世界の『禁呪』を重ね掛けするなどという話は、
小さな夢を追いかけてきた彼らには大きすぎて、
実感など湧かなかった。
それでもメンバーに頭を下げ、
下手をすると喉が潰れるかも知れないとまで言われても…
ノイは引き下がらずに前へ進んだ。
膝の上のルキリの頭に手を置き、
半分寝ていたノイはニリに気づいて目を開く。
「あ…?
くるしっすね…あ、ニリシュ…
巻き込んで悪かったっすね…」
その掠れた声をニリシュ=トリーミリュは一生忘れない。
「声…出てる…よかった、
良かったぁ~~!」
本来であれば精霊が対価として魔力や他の何かを求めたり消費して、
魔術というものは発動する。
しかし、
中には精霊の方が共感されて無償で行われるもの、
…別のルールの中で発動するものもある。
その宿命の中にあるノーイラ=タスツはまだ知らない。
自分自身の血のルーツを。
「んもぉ~!
難しい事ばっか話しててつまんない~!
遊んでよ、アサヒ!
お姉ちゃん達~!」
その無邪気さは場の空気をやわらげた。
「まぁそう言う訳で、
早く会いたい気持ちはわかるが…
あの娘への負荷は抑えたい。
今日の所はメシでも食って引き上げてはもらえんか?
もちろん馳走するし、
この店の味はワシが保証するぞ。」
カウンターから様子を見ていたパナルマは、
ようやく本日の売り上げの方に頭をまわせると安心した。
「あら~、
帝国の賢者様に褒めてもらえるなんて、
鼻が高いわぁ♪」
「お嬢ちゃんも腹は減っとるじゃろ?
好きな物を食べると良い。」
「本当に~?
わぁい!お腹ぺこぺこ~♪」
アサヒはそもそも食事に来た事を忘れていた。
「本当にご馳走になっていいんですか?」
元よりそのつもりで来たのだが…
アサヒはカディスに借りを作るのが癪に感じ、
敢えてクーロに尋ねて見せる。
何となく察するカディスの方も、
先程アサヒが見せた反応も合わせてクーロに言う。
「なぁクーロ…
今からでも記憶の対象を変える訳にはいかんのか?
我にリアという女性が…」
「居ないわよぅ!」
リアに思い切り足を踏まれたカディスは言葉を失った。




