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2.初戦闘? いいえ、これは対話です


「ギギッ、ギギャア!」


不快な鳴き声とともに岩陰から飛び出してきたのは、緑色の醜悪な肌をした小鬼――ゴブリンだ。

手には錆びついたナイフを握り、いかにも「初心者の噛ませ犬です」といった風態でこちらを睨みつけている。


「出た、ゴブリン……!」


心臓がドクンと跳ね上がる。

普通ならここで、拾った木の棒で殴りかかるか、初期魔法を放つところだろう。だが、僕にあるのはただ一つ。


「いくぞ……スキル『倫理マスター』発動!」


僕がそう唱えた瞬間。

視界に【数多の知恵を用い、真の敵を殲滅せよ】というログが走り、僕の目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

眩い光とともに現れたのは――


「ふむ。呼ばれて飛び出て、なんちゃらであるな」


……白いトガ(古代ギリシャの服)を纏った、鼻が低くてお腹の出た、見事な禿げ頭のおじさんだった。


「えっ」


思わず声が出た。

ファンタジーなダンジョンに、あまりにも不釣り合いな「ザ・古代ギリシャの哲学者」が佇んでいる。


「ギギャ!?」


これにはゴブリンも困惑したらしい。ナイフを構えたままピタリと動きを止め、僕とおじさんを交互に見つめている。


「主よ、私を召喚したということは、そこにいる緑色の御仁について、何かしらの『定義』を求めているのだね?」


おじさん――いや、僕の脳内に流れ込んできた情報によれば、彼の名は『ソクラテヌ』。

ソクラテヌは優しげな、しかしどこか圧のある目でゴブリンを見つめ、ゆっくりと歩み寄った。ゴブリンは本能的な恐怖を察知したのか、ジリジリと後退りする。


「おい、そこの緑の君。君は今、我が主を『襲おう』としたね? では尋ねるが――君にとって『善(正しいこと)』とは何かな?」


「ギ、ギギャ?」


「わからないかね? では言い換えよう。君は、自分が生きるために他者を害することを『正しい』と確信して行っているのかね? それとも、ただ空腹を満たすという衝動に支配されているだけかな? もし衝動だけならば、君とそこらの石ころの違いはどこにあるのだろう?」


ソクラテヌの口から、怒涛の勢いで「問い」が紡ぎ出される。これが彼の異能――『問答法(対話)』。


「ギ……ギギ……」


ゴブリンの様子がおかしくなった。

緑色の額から滝のような脂汗を流し、ナイフを持つ手がガタガタと震えている。


「知ることは徳であり、知らぬことは悪である。君は自分が『何も知らない』ということを知っているかね? さあ、答えなさい。君の魂における『ゴブリンのイデア』とは何だ!?」


「ギギ、ギギャアアアアアアーーーーッッ!!!(意訳:アイデンティティ崩壊するゥゥゥ!!)」


ソクラテヌの放つ哲学の暴風雨クエスチョンに、脳の処理容量キャパシティが限界を迎えたのだろう。

ゴブリンは両耳を押さえて激しくのたうち回ると、パンッ!と音を立てて、光の粒子となって消滅した。

あとに残されたのは、小さな『魔石』が一つだけ。


「ふぅ。対話とは、常に魂を磨くものですな」


ソクラテヌは満足げに禿げ頭をなで、フンスと鼻を鳴らした。


物理攻撃、一切なし。

ただの「質問」で魔物を精神崩壊させて消滅させる。

これが、僕のユニークスキル『倫理マスター』の初陣だった。


(……これ、本当に『戦闘系』で合ってたのかな……?)


僕は地面に転がる魔石を拾い上げながら、遠い目をせざるを得なかった。

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