キングとクイーン
―――――――――――――――――――りぃん…りぃん、りぃん、りぃーん……りぃん―――。
遠くで、澄んだ高い音が聞こえる。
その音は、あの人の来訪を告げる音。
段々と大きくなるその音は、静かに途切れた。
それが嫌で、もっと聞いていたくて、暗闇の中、手を伸ばす。
暗闇の中に浮かぶ自分の白い腕。
その先には、何もない。
掴むべき手も、求めるべき温もりも、縋るべき人も。
半狂乱になりかけた時、伸ばした手を、誰かの手が掴んだ。
その先を辿れば、見えたのは金色。
感じるのは、丁寧に手入れがされた手。
映るのは、傲慢な笑み。
肌が粟立ち、手を振り払おうとする。
だが、相手の力は強く、手は外れない。
それでも振り払おうともがいていると、碧眼が近付いた。
その瞳が浮かべる色に、顔が歪むのが分かる。
違う。違う。違う。違う。違う。
――――――――――私が求めるのは、この色じゃない!!
瞬間、世界が甲高い音を立てて砕け散った。
「――――――っ!!」
混乱した頭のまま、目を開く。
自分がした行為に、今までのが夢だと知る。それでも、一度混乱に陥った頭は中々平静を取り戻さない。
取り敢えず起き上がろうとして、何かに阻まれた。体の上に、何かが乗っている。暖かいそれは、とても重い。
でも、私はそれをどかそうとは思わなかった。私を包むその熱に、覚えがあったから。
体を横向きにし、私を包むその熱に腕を回す。
目を向ければ、映るのは愛しい愛しい彼の顔。目は閉じられているせいで紅は見えない。けれど、黒とその黒についている金は見える。
彼が約束を守ってくれた事が嬉しくて、私は彼の胸に顔を埋める。
そこで、違和感に気付いた。
鼻を突く独特の香り。指先だけでなく、掌全体に感じる生温かいもの。何時にも増して白い、白すぎる彼の顔。
「―――――――――――っっっ!!!!」
思い至ったと同時に、叫び声をあげようとした口を何かに塞がれる。
私は混乱の極みに陥り、その手を外そうと頭を振る。
しかし、手を塞ぐものとは別に、後頭部を抑えられてしまった。
叫ぶ事も動く事も叶わず、私は睨みつける。
私の口を塞ぎ、動きを抑え込んだ、彼の背後に立つ人を。
「落ち着いてください、彼なら無事です」
静かにそう言った人を見て、私は抵抗する気力を完全に失った。
それが分かったのか、口と後頭部にあった男の手が外れる。
「初めまして、ジョーカーと言います。お目にかかれて光栄です、クイーン」
そう言って頭を垂れた男の髪は、黒。彼と同じ、彼と同族である事を示す黒。ただし、その瞳は金。
「キングなら、いずれ目を覚ましますよ。我々の治癒能力は高いので。特に、王族ともなれば」
「……ジョーカー?クイーン?キング?王族?」
ジョーカーと名乗った男の言っている意味が分からず、繰り返す。彼が名乗ったのはトランプの役名だ。
「おや、キングは何も説明していないのですか?」
呆れたように言う男の言葉が分からず、見返せば、男は溜め息を吐いた。
「まず、貴方の目の前で大怪我をしている馬鹿は我々の国の王族で、王太子で、エース。いえ、此度の戦で王位を継いだので、王ですね。故に、キング。
貴女はキングの妻になるので、クイーン。
私は国で宰相を務めているのでジョーカー。
いずれ紹介しますが、将軍はジャックと呼ばれます」
ジョーカーはゆっくりと、丁寧に説明する。
私は混乱した頭を何とか落ち着かせ、ジョーカーの言葉を理解する。落ち着くのに時間が掛かったけれど、ジョーカーは静かに待っていてくれた。
理解した私は、視線で続きを促す。
「我々に取って名は特別なので、その役職に対応する名か、二つ名で呼ばれます」
それは彼から聞いた事がある。真名を知るのは本人と両親と、生涯の伴侶だけ。真名は、兄弟姉妹ですら知らないと言う。
「続いて、此度の戦についての説明も致しましょうか?」
「お願いします」
首を傾げたジョーカーに、私は迷わず答える。ジョーカーは苦笑したけれど、私は何故彼がこんな大怪我をしているのか知りたい。彼と同族であるジョーカーが大丈夫と言うのだから、大丈夫だとは思うけれど…。
「まず、決戦今日だと決められておりました。
本当は夜明け頃から開戦する予定だったのですが、どこぞの王太子が貴女に接触したと聞いたキングが行動を早めたのですよ。
日付が変わり、夜が明ける前に攻撃を仕掛けました。我々は人間と違い、夜目が利きますからね。
奇襲は成功し、我々は勝ちました。
が、キングは護衛の兵士や軍を置いてお一人で敵陣に突っ込んで行ってしまったのです。当然、囲まれました。それでもキングは止まらず、一人で敵陣の最深部まで到達しました。
無事、キングは敵将を討ち取ったのですが、怪我を負ったのです。直ぐに本国に帰って手当てをするように進言したのですが、聞き入れられませんでした。
あ、国民の無事は保障いたします」
そこまで、言って、ジョーカーは息を吐く。休憩か彼に対する溜め息か。恐らく、両方だと思うけれど。
私だって、彼にどうしてそんな無茶をしたのか、と問い詰めたい気分だ。
「“俺を待っている奴がいるから”と、戦が終わってそのまま此処に来たのですよ。貴女の傍にいる方が、傷も早く治る、と。
……馬鹿ですよねぇ」
ジョーカーの言葉に、私は体を強張らせる。
つまり、彼が手当てもせずにいるのは、私のせいだ。私がいるから、彼は無茶に無茶を重ねた。彼らは同族を大事にすると言う。特に王族達を。
彼らの王が傷ついたのは、私のせいだ。そんな私を、ジョーカーはどう思うのだろうか。
私など、彼の傍にいない方がいいと判断されるのだろうか。そうなれば、私は殺されるのだろうか。
そんな私に、ジョーカーは顔を向けた。
「馬鹿だと思いませんか?怪我をした状態で此処に来れば、貴女に心配を掛ける事ぐらい分かるでしょうに。愛する人を心配させてどうするんでしょうね、この馬鹿は」
「…はい?」
しかし、ジョーカーの口から出たのは、彼に対する愚痴だった。
「前々から思っていたんですが、キングって基本的に駄目人間なんですよね。馬鹿ですし阿呆ですし間抜けだし考えなしだし浅慮だしヘタレだし」
ジョーカーの口から流れるように彼に対する批評の言葉が飛び出す。最後の方になると、口調が変わっていた。
その豹変振りについていけず、私はジョーカーの言葉をぽかんと聞いているしかない。
「………ヘタレ言うな」
「おや、お目覚めですか?」
「知ってたくせに白を切るんじゃねぇ」
「何の事です?」
「……………もういい」
何時の間に目を覚ましていたのか、視線を目の前に戻せば、彼が私を見ていた。
不思議と、私の心は凪いでいてた。
「驚かないのか?」
「何に?」
彼の言葉に、私は逆に問う。ジョーカーさんは、何時の間にかいなくなっていた。
「…俺、王様だぞ?」
「それが?」
「いや、それが、って」
「貴方は貴方だから、良いの」
戸惑う彼に私はそう返し、彼の存在を確かめるように、彼に擦り寄る。彼の背中から流れ出していた血は止まっていた。ただ、出血量が半端ではなく、シーツは真っ赤に染まっている。
私も彼も、血で汚れてしまっている。それでも、彼の顔色は大分良い。その事に、安堵する。それに、彼の血も赤いのだと、私と同じ色なのだと、安堵した。
まぁ、彼の血が青だろうと緑だろうと黒だろうと、私は気にしないけれど。
「っ…お前は、それだから」
「?」
「それだから、俺はお前から離れられないんだよ」
「離さないわよ?」
「当たり前だ」
彼の胸から顔を上げて彼を見れば、額をくっつけられた。至近距離で、彼が笑う。嬉しそうな彼に、私も笑う。
「……そういや、血塗れだな」
「そうね」
「帰るか」
「帰る?」
「俺の国。これからは、お前の国でもあるけどな」
「私の、国…」
「そうだ。ティーナは、俺のだからな」
「…ねぇ、名前は?」
「帰ったらな。取り敢えず、血を落としてからだ」
「それもそうね」
「一緒に来てくますか?姫」
「喜んで、キング」
―――――――――――――秘された姫は彼の国の王と結ばれ、幸せに暮らしたとさ。
やっと終わった……☆
さて、もう一つの方も頑張って終わらせます!!




