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傲慢と拒絶

 アレクが私の髪を離すのをぼんやりと眺めていると、アレクに顎を取られた。


 やっぱり、感じるのは違和感。彼の手は、アレクのように細くないし、こんなに白くない。アレクの手は良く言えば優美だけれど、彼の手と比べれば貧弱とも言える。彼の手は大きくて、骨ばっていて、暖かくて、優しい。


 私は座り、アレクは立っている。そのせいで、自然、私がアレクを見上げている形になる。


「正直、容姿に関しては期待してなかった。あの国王と王妃、王女達では、ね」


 アレクが馬鹿にしたように笑う。今、その目は私の両親…いや、国王と王妃、その子供達を見ているのだろう。


 私は知らず、アレクは知っている。それを、羨ましいとは思わない。彼等は、私を売った。彼等に感じるのは失望だけ。恨む気持ちはない。


 彼が、迎えに来てくれると言ったから。


「王女?」


「…何ですか?」


 アレクの怪訝な声に意識を目の前のアレクに移すと、アレクは驚いた顔をしていた。


 何故驚いているのか分からず、首を傾げようとして、顎を取られている為に首を傾げられない事に気付いた。アレクは何時まで私の顎を掴んでいるのだろうか。いい加減放して欲しい。


 彼以外には、余り触れられたくない。


 軽く顎を引くと、アレクは余り力を入れていなかったらしく、容易く解放された。


「無表情でも美しいが、笑った方が良いな。特に、先程のような柔らかい笑みが似合う」


 そう言って、アレクが笑う。そう言うアレクの方が、柔らかい笑みを浮かべていた。


 でも、違う。私が見たいのは、この笑顔じゃない。


「何の用ですか」


 一人になりたくて、突き放すように言う。私は、アレクのものになるつもりはない。


「自分の妃に会うのに理由が?」


「まだ、妃ではありません」


「だが、明日の結果は目に見えている」


「何故」


 首を傾げたアレクに言うと、アレクは怪訝な顔をした。


「君は、祖国に勝って欲しくないのか?」


「…貴方に関係がありますか?」


「ある」


 気分を害された私は、アレクに冷たく言い放つが、アレクはきっぱりと頷いた。その事に、私は更に気分を悪くする。


「何故」


「君は私の妻だ」


「まだ妻ではありません」


「明日にはそうなる」


 私は顔をしかめる。誰が、彼以外のものになるものか。


 そして、この男の自信は何処から来るのだろうか。




 先程まで、彼の未来を、ひいては自分の未来を案じていた私の心は、この男のお陰で揺らがなくなった。


 彼は勝つ。彼は、この男には負けない。前線にも出ず、後で安穏と過ごすこんな傲慢な男には。




「お帰りください」


「…何?」


「お帰りください、と申し上げました」


 きっぱりと言えば、男は眉根を寄せた。私はもう一度繰り返しながら、こんな風に感情が顔に出やすい物に王が務まるのだろうか、と思った。


 だが、そんな考えは直ぐに捨て去る。彼が勝つ事は、即ちこの男の国とこの国が負ける事を意味する。彼が勝てば、男が継ぐべき国自体がなくなるだろう。


 つまり、そんな心配は無用なのだ。この男を心配する義理もないけれど、民の事は心配だ。上が無能な時、一番被害を被るのは民なのだから。


 全部、彼の受け売りだけれど。


「全ては明日です。今日は、お帰りください」


 気の早い事を抑揚なく指摘すれば、瞬時に男の顔が赤くなる。高すぎる矜持を私が傷つけた為に、怒ったのだろう。


 怒りついでに、私の事を諦めてくれると良いのだけれど。


 男は顔を赤くしていたが、大きく息を吐いて気を落ち着けたのか、少し落ち着いた様子で見返してきた。


 それでも、まだ顔は赤いし、息も少し荒いままだけれど。


「…明日が楽しみだ」


 男は吐き捨てるようにそう言うと、足音も荒く部屋を出て行った。


 男が扉から出ると、直ぐに鍵を閉める音がした。これで、私はまた一人だ。


 それでもあの男と二人でいるよりは良い。


 男の荒い足音が遠ざかり、聞こえなくなると、私は肩から力を抜いた。自分でも気付かないうちに、力んでしまっていたらしい。


 一気に疲れを感じた私は寝台に倒れ込んだ。


 あれ程夢を見てしまうのでは、と思っていたけれど、これだけ疲れていれば夢も見ずに眠れそうだ。





 意識が沈む直前に、このまま彼が迎えに来るまで寝ていられれば良いのに、と思った。

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