白と金
彼から総力戦になると聞いた翌日。私は、何をするでもなく窓辺に座り、外を眺めていた。
と言っても、窓から外を見ても見えるのは木々だけ。城下街とは正反対に位置するこの場所では、外がどうなっているかなんて分からない。
でも、何時もと違って鳥のさえずりが聞こえない。彼らも、予感しているのだろうか。明日起こる大きな戦いを。
朝食を食べる気にもなれず、扉の所にあるサンドイッチは放置してある。食べ物を粗末にしてはいけないのは分かっているけれど、どうしても食べる気になれない。
本を読んでも、紙面を視線が滑るだけで、何も頭に入らない。
だから、窓辺でぼんやりと外を眺める。今日は快晴で、何時もなら眠くなるのだけれど、今日は全く眠くならない。
頭はぼんやりとしているのに、眠くはないなんて、不思議な感覚だと思う。
目を閉じれば、浮かぶのは彼の事ばかり。
けれど、私は直ぐに目を開いた。
彼との記憶を掘り起こしてその思い出に浸っても、目を開ければ彼はいない。その落差は、辛い。だから、そんな事はしたくない。
そんな事をするぐらいなら、ぼんやりと、何も考えずに過ごす方がよっぽどか良い。
ただ、時間が経つのはとても遅いけれど。
寝てしまえれば楽だけれど、寝たら夢を見そうで怖い。彼の夢を見て、夢の中で彼に触れて、目が覚めたら、彼がいない事に絶望してしまう。
でも、こんな事を考えている時点で、余り変わらないのかもしれない。結局、彼の事を考えているのだから。
「…大丈夫。大丈夫だから」
彼は、昨日で最後にする気はないと言った。それは、戦争に勝って、また会いに来てくれると言う事。戦争に負ける気は無いと言う意志。
だから、大丈夫だから、待っていろと言った。必ず、迎えに来るから、と。そうしたら、絶対に逃がさない、と。
私は、彼に待っていると言った。彼を信じて待つと、決めた。
だから、不安に思ってはいけないのに。
彼の言葉を疑うような事をしてはいけないのに。
分かっている。分かっているけれど、どうしても不安になってしまう。
口に出した言葉は頼りなくて。自分が彼の事を信じきれていない事が悔しくて。自分は本当に弱いのだと、彼に依存しているのだと自覚する。
弱いのは嫌だけれど、彼に依存している事は嫌だとは思わない。
私は、彼がいなければ生きていけない。それは、身体的な問題ではなくて、心の問題。
でも、心が死んでいるのならば、本当に生きているとは言えない。
彼は聡くて、優しい。
だから、私が依存しているのも分かっているはず。だから、彼は私を見捨てないはず。
自分でも、自分の考えが狂っていると思う。
でも、彼はきっと、私の考えを全て分かった上で、傍にいてくれると言った。離さないでくれると言った。
なら、私はずっと彼の傍にいる。他の誰にも目を向けず、彼だけを見続ける。
「…………?」
そこまで考えた時、不意に、扉の外から荒々しい足音が聞こえた。言い争っている声も聞こえる。。
足音が聞こえると言う事は、彼らの目的はこの部屋なのだろう。
足音と声は次第に大きくなり、扉の向こう側で止まった。
扉の前でも言い合っているようだが、何を言っているのか聞こえない。微かに聞こえる声音からして、相当叫んでいるはずだけれど、聞こえない。それ程に、扉が分厚いと言う事だろうか。
そんな事をぼんやりと考えながら、窓辺に腰掛けたまま扉を見つめる。
暫くして、一人分の足音が遠ざかって行った。残っているのは、どちらだろうか。取り敢えず、足音は重かった。大きいではなく、重い。つまり、その主も重いのだろう。
足音が聞こえなくなると、扉の方からがちゃがちゃと音がし始めた。恐らく、扉に着いた無数の鍵を取っているのだろう。何をぶつけてもびくともしないほど強固に固められた扉を開けるために。
と言う事は、今扉の向こうに立っている人物はこの部屋に入ってこようとしている。この部屋にいるのは私だけ。つまり、私に用があるのだろう。
ただ、その用が何なのか検討もつかないけれど。
そう思った時、ようやく騒々しい音が止んだ。
と、思った次の瞬間、扉が勢い良く開いた。
扉が立てた大きな音に驚きつつ入って来た人物を見る。
若い男だった。文字を教えてもらい始めた頃に読んだ絵本に出てくるような金髪碧眼の王子様。彼曰く、そういう人物は女性の憧れの的なのだそうだ。私は全く憧れないけれど。
淡々と考えながらぼんやりと入って来た男を見ていると、男も私を上から下、下から上へと見た。そして、一つ頷くと近寄ってきた。
「君が第二王女か?」
「………」
その言葉に、私は首を傾げた。自分が王女なのは知っているけれど、何番目かは知らない。だから、私は応えるべき言葉を持たない。
黙ったままの私に相手は溜め息を吐いた。
そんな呆れた顔をして首を横に振られてもどうしようもないのだけれど。
「誰?」
取り敢えず、気になった事を尋ねる。何となく予想はつくのだけれど、そんな人が今ここにいていいはずがないと言う思いもあるので、一応尋ねる。
私の頭に浮かんだ人は、前線で軍を率いているべき人だ。軍の士気をあげ、この国と協力して戦う為に。
「名乗りもせず申し訳ない。
私はアレクサンド・クオーリア・オルセーヌ。
貴方の夫になる」
「……隣国の、王太子殿?」
私の夫になると言う言葉に、彼の話を思い出す。此度の戦争で彼が負ければ、私は隣国の王太子のものになる、と。
そんなものに、なる気はこれっぽちもないけれど。
「どうぞ、アレク、と」
「…アレク様」
相手の言葉に、渋々そう返す。敬称を抜いて呼びたくはない。そこまで、この人と仲良くなるつもりはない。
「何故、私を?」
「何が?」
「何故、私を妃に?」
アレクが寝台に腰掛けるのを見ながら尋ねる。言葉が足りなかったのか、逆に問い返してきたアレクに言葉を付け足して再度問う。
この国には、他にも王女がいたはずだ。私の事を第二王女と言うのだから、第一王女がいるはずだ。
「あぁ、その事か」
アレクがやっと得心がいったのか、笑った。寝台から立ち上がり、私のほうに歩いてきながら口を開く。
「貴方の姉妹はどれも平凡でね。私に釣り合う者がいなかったのだよ。髪も、瞳も、容姿も、全てが平凡。
私の隣に立つのは、美しい者でないと務まらない。
君の美醜は知らなかったが、その髪色の事は聞いていたのでね。金と白。並べばとても映えると思わないか?」
金と白では映えはしない。私の髪色が銀であったなら映えたかもしれない。アレクの言う映えると言うのは、私の髪色と並べば、自分の髪が一層美しく見えるだろうというだけ。
つまり、アレクは己をどれだけ美しく見せるか、と言う事しか頭にないのだ。王太子なのに、王太子だからこそかもしれないが、前線に出る事もなく、守られて平和に暮らしている。
私の周りは平和かもしれないが、アレクのように守ってくれる存在は無い。彼以外は。
傍に来たアレクが私の髪を取る。そのまま流れるような仕草で髪に口付けられたが、私は何も感じない。
感じるのは、違和感だけ。アレクは彼ではない。だからこそ生じる違和感。




