第8話
昼休み、秀樹と何故か高畑さんも一緒に机を並べ恋歌の作った弁当を食べていた。
「壮真は何でこの高校にしたんだ?野球の名門校からもスカウト来てただろう」
「名門校ってみんな私立だろ。なるべく姉ちゃん夫婦にはお金の迷惑かけたくないから無理だよ」
「ふーん、山口くんって野球上手いんだ」
高畑さんは興味津々な目を向けてくる。
「壮真は、うちら地元だとちょっとした有名人だからな」
「へぇー、実は凄い人だったんだね。なら、女の子にもモテたでしょ」
「モテたことなんてないよ」
「いや、モテててたよ。壮真は野球バカだったから気付かなかっただけだ」
(お前も似たようなもんだろが)
「えっ、そうなの?」
「山口くん、よく見ると整った顔しているし、高校でもモテるんじゃない?」
高畑さんは真剣な目をしながら、俺の顔をじっと覗き込んできた。
(距離が近いって)
「でも、今は彼女がいるから無理じゃない~?」
秀樹がニヤニヤとやらしく笑う。
「まだ彼女じゃないって!」
「本当に彼女じゃないの?」
「彼女じゃないよ」
「ふーん、そっかぁ」
高畑さんは少し嬉しそうな顔をしたように見えた。
「でも、そのお弁当本当に美味しそうね」
高畑さんが俺の弁当箱を興味深そうに覗き込んでくる。
「……卵焼き食べてみる?」
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
自分の箸で渡すのは気まずいと思い、俺は弁当箱を差し出し、高畑さんの箸で取ってもらうことにした。
「──っ、この卵焼き、すごく美味しい!」
(自分が作ったわけではないけど、褒められるとちょっと嬉しい)
「高畑さんも弁当は自分で作ってるの?」
焼きそばパン頬張りながら、秀樹が高畑さんに話し掛ける。
「まあね、冷凍食品詰め込んでるだけだけどね。あはは!」
向日葵のような笑顔の高畑さんを交え俺たちは三人で楽しく昼食を終えた。
放課後、野球部の練習を終えた俺は、家へと帰った。
「壮真さん、お帰りなさい。今日もお疲れ様でした」
いつものように出迎えてくれた恋歌。だが、その瞬間に違和感が走った。
口元は三日月のように吊り上がっているのに、その瞳の奥には闇が広がっていた。
「た、ただいま」
シャワーを浴びて、恋歌が作った手料理を前にした時、俺は背筋に氷を滑り込ませたような強烈な寒気に襲われた。
テーブルに並んでいたのは──俺の天敵ゴーヤチャンプルーだった。
「……今日はクラスメイトの女子と、仲良くお昼を食べていたそうですね?」
「えっ……?」
(な、なぜそれを知っている?)
「ゴーヤは体にいいんですよ。血の巡りも良くなるし……。ですから、──一欠片も残さず、食べてくださいね。うふふ」
恋歌はこの上ない満面の笑みを浮かべているが、その目は凍りつくほど冷たかった。
「……い、いただきます」
俺はお茶で流し込みながらゴーヤチャンプルーを必死になって食べつづけた。
(苦いの、大嫌いなのに……)
◇◇◇
放課後のグラウンド、練習開始の合図とともに、俺達はスクワット地獄に突き落とされた。
スクワット、ブルガリアンスクワット、そしてトドメのジャンピングスクワットと、怒涛のメニューが続く。
「……壮真、俺はもうダメだ。心臓が口から出る」
「宮本主将から言われたろ。黙ってやれ」
「ジャンピングスクワットってめっちゃキツいんですけど。フォームとかもう気にしてられないッ!ハァハァ……」
「フォーム崩れてるぞ。背中伸ばせ、秀樹」
ジャンピングスクワットが終わると秀樹は完全にダウンしているふりをしているが、こいつはそんな柔な男じゃないことを知っている。
「……壮真、俺は一歩も動けそうもない。ハァハァ」
「はいはい、次の練習行くぞ」
「あらあら、だらしないわね。新井くんは」
士門先輩がニコニコしながらやってきた。彼女の笑顔は綺麗だが、野球部員からは『死神の笑顔』とも畏怖されている。
「あっ、士門先輩。いつもお綺麗ですね」
「そんなお世辞が言える元気があるなら大丈夫ね。はいっ、練習、練習」
士門先輩は聖母のような微笑みをしながら、死んだふりをする秀樹の背中を容赦のないチョップ叩き込んだ。パァンっと乾いた音が夕暮れのグラウンドに響く。
「い、痛いすっよ。士門先輩」
「それにしても、壮真くんは厳しい練習にも本当にいつも涼しい顔してるわよね。流石、うちのスーパールーキーね」
なぜか、俺だけ下の名前で呼ばれるんだよね。
「何ですか、そのスーパールーキーって」
「宮本監督も、あなたには特に期待してるみたいよ?」
「プレッシャーかけないでくださいよ。本当に」
「秀樹、次の練習行くぞ」
「ちょっと休ませてくれ……足が動かない」
「あっ、壮真くんは別メニューだよ」
死神が満面の笑みを浮かべている。
「えっ、別メニュー?」
「うん、宮本監督が徹底的に下半身鍛えるようにって、次はインターバル走だって」
「えっ、マジですか?」
「壮真くんの練習はこの私が特別に付き合ってあげるから行くわよ」
士門先輩の『終わり』と言う合図が出るまで地獄のインターバル走が続いた。
その日の夜、恋歌と晩御飯を食べようとしたら……並んだ料理から、どこか冷ややかな殺気を感じた。
豚足の煮込みやひじきの煮物……俺の嫌いな物ばかりが並んでいた。
「どうぞ、愛情込めて作ったので食べてください。コラーゲンがたくさん取れますよ。うふふ」
「……いただきます」
「今日はマネージャーさんとマンツーマンで楽しく練習してたみたいですね。うふふ」
「た、楽しくはなかったけどね」
「良かったですね。うふふ」
恋歌は笑っていた。だが、その瞳の奥には絶対零度の凍えそうな冷たさがあった。
(何で知ってるの?学校にスパイでもいるのか……)
◇◇◇
放課後、俺達一年生は室内練習場で筋トレをしていた。
「そ、壮真、もう、持ち上げられ……な……い」
秀樹の顔が茹でダコのように真っ赤になっている。
俺たちは今、100kgのバーベルを相手にデッドリフトの真っ最中だ。
「頑張れ、後2回だ。そこを上げないと筋肉は育たないぞ」
「……ふう、終わりか。死ぬかと思った……」
「後、2セット残ってるぞ」
「正気かよ!筋トレ終わったら守備練習なんだろ?もう、帰りたいよ」
「あらあら、まだ帰っちゃダメよ」
聖母のような微笑みの士門先輩が室内練習場に入ってきた。
陽光を背負って立つ彼女は、まさに女神の降臨だった。ただし、その手には死神の鎌が見える気がする。……
「これはこれは学校一美人の士門先輩じゃないですか」
秀樹は思ってることすぐ口に出すクセがある。
「お世辞はいいわよ。私より美人な人なんてたくさんいるし」
「またまた、士門先輩って胸だけじゃなくて、性格も控え目なんですね」
プロレスラー並みに腰が入った士門先輩の水平チョップが秀樹の胸に叩き込まれた。
パァンっという乾いた音が室内中に響く。
「……ゴホ、ゴホ」
胸を押さえてその場に崩れ落ちる秀樹。
(相変わらず……バカだな)
筋トレが終わり、グラウンドに戻ると士門先輩に腕を掴まれた。
「あっ、壮真くんはこっちだから。今日も私とデートだよ」
「えっ、また俺だけインターバル走ですか」
「ううん、今日は坂道ダッシュだから、頑張ろうね」
「へ、へーい」
俺は学校の片隅になぜかある長くて急な坂道をひたすらダッシュしていた。
「はい、壮真くん、次でラストだよ」
「い、行きます……」
「はーい、終了、お疲れ様でした」
士門先輩からペットボトルのスポーツドリンクを差し出された。
「ありがとうございます」
インターバル走が終わり、部室で着替えていたら『ピコンッ』と秀樹のスマホが鳴った。
「あっ、小鳥遊さんからだ」
「小鳥遊?って、もしかして恋歌のことか?」
「そうだよ」
「なんでお前が恋歌とLIME やってるんだ?」
「この前、偶々会ってさ、その時に連絡先交換したんだよ。壮真の学校で様子が知りたいんだって。お前、本当に愛されてんな」
(犯人はお前か……)
「……で、何て送ったんだ」
「『今日も士門先輩とデートだった』って送っといたよ」
悪びれもせず、秀樹はニヤニヤとスマホの画面を見せてくる。
画面の向こうで、恋歌がどんな表情をしているか──想像しただけで俺は背筋が凍った。
(……お前は俺を地獄に送る気か)
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