第7話
放課後、いよいよ今日から部活が始まる。
期待と不安を胸に、俺はグラウンドへと向かった。
いざ練習が始まると、一年生には地獄の基礎メニューだった。
筋トレや走り込みといった体力作りが延々と続く。……が、筋トレ好きの俺には、そこまで苦な時間ではなかった。
「お疲れ様、練習、どうだった?」
声をかけてきたのは、マネージャーの士門先輩だ。
「……正直、かなりキツいですね。中学とはレベルが違います」
「ふふ、そのわりにしっかりこなしていたじゃない。他の一年生が音を上げる中で、一人だけ涼しい顔してたもの」
遠くの方で秀樹はダウンしていた。
「まあ、体力作りだけは人一倍やってきたつもりなので」
「うちのメニュー、強豪校ほどじゃないにしてもかなり厳しいはずなんだけどな。期待の新人が現れちゃったかもね。ふふ」
「期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」
「ええ、期待してるわよ!」
士門先輩は、いたずらっぽく笑ってサムズアップしてみせた。
……改めて見ると、やっぱり綺麗だ。モデルようにスラリと伸びた手足にスタイル、爽やかな笑顔。思わず見惚れてしまう。
「……明日も頑張ります」
「うん、一緒に頑張ろうね」
そんなやり取りを終え、更衣室で制服に着替えていると、スマホが『ピコンッ』と通知音を鳴らした。
画面を確認するとそこには恋歌からの一通のメッセージ。
『家で晩御飯を作って待ってます』
(えっ……?家で……?)
◇◇◇
玄関の前に着いた俺は、手慣れた手付きで鍵を差し込み、家に入った。
家に入ると、ピンクのエプロン姿の恋歌が居間に立っていた。
「あっ、壮真さん、お帰りなさい」
恋歌は、この上ない笑みを浮かべ、俺の方に歩み寄って来る。
「た、ただいま……。って、何で家にいるの?鍵かかってたよね?」
「ちゃんと鍵はかかってました。心配しなくて大丈夫ですよ」
「どうやって入ったの……?」
「鍵の番号を暗記して、合鍵作っちゃいました。うふふ」
(……空き巣かよ)
「お風呂にしますか?それとも……食事が先ですかね?」
「……お風呂にします」
「お湯張ってありますので。うふふ」
「……ありがとう」
風呂上がり、食卓には美味しそうな食事が並べてあった。
ハンバーグにコーンポタージュ、サラダもある。
「美味しそうだね」
「いっぱい食べてくださいね」
俺は椅子に腰掛けると、食事を始めた。
「この煮込みハンバーグ、凄い美味しい」
「えへへ、ありがとうございます」
「足りなそうですね。私のも少しあげます。あーん」
恋歌は煮込みハンバーグを一口サイズに箸で切って、俺の口元に運んできた。
「……あーん」
俺は目の前の煮込みハンバーグにかぶりついた。
「これからは晩御飯もなるべく作るようにしますね」
「えっ、悪いよ。帰るの遅くなっちゃうし」
「大丈夫です。お母さんが週五までなら壮真さんの家に泊まってもいいって言ってました」
(何それ……週休二日制なの……?、ってか、うちに週五で泊まる気なの……?)
晩御飯を済ませ、恋歌がお風呂に行ったので、俺はリビングのソファでゆったり寛いでいた。キッチンには恋歌のマイエプロン、俺の部屋のクローゼットには恋歌の服や下着が入っている。洗面所には恋歌の歯ブラシが俺の歯ブラシと並んで置かれていて……。
(なんか……恋歌の私物がどんどん増えていくな……)
恋歌が風呂から出てきたと思ったら……。何とバスタオル一枚の姿で現れた。
──ふわっと、風呂上がりの甘いシャンプーの香りが漂う。
「ど、どうしたの……?」
「下着を忘れちゃいました。あっ……」
バスタオルの巻きが甘かったのか、俺の前でタオルがストンっと落ちて、白く滑らかな肌が露わになった。
「あっ、すみません」
恋歌は慌てることもなく、ゆっくりタオルを拾い、自分の体に巻き付けて、二階へと上がっていった。
(思った以上に大きかった……しっかり目に焼きついてしまった……)
その後、また二人でベッドに入ったのだが……さっきの事もあり、興奮してなかなか寝つけない。
(目を瞑ると、さっきの光景がまざまざと浮かんできて……寝れない……)
◇◇◇
野球部に入って一週間。硬球の感触と高校のハードな練習にも身体がすっかり慣れ始めてきた頃。
練習の合間、俺はグラウンドの片隅に座り込み、軽く息を整えていた。
「お疲様。はいこれ」
差し出されたスポーツドリンクが入った紙コップ。見上げると士門先輩が涼しげな笑顔を浮かべていた。
「ありがとうございます」
「……君、中学ではどこ守ってたの?」
「一応、ピッチャーです」
「ピッチャーだったんだ。……ちなみにどこの中学だっけ?」
「西陽中学です」
「西陽中学って……去年の全国大会で準決勝までいったところじゃない。すごいじゃない」
「あはは……。準決勝で負けましたけどね」
不甲斐ない結果を思い出し、俺は苦笑いを浮かべた。
「友達がね、西陽中に凄い球の速いピッチャーがいたって言ってたんだけど……あなたの事?」
「いや、そんな速くないですよ」
「ふふ、ちょっと投げてるところ見て見たいな。ちょっと待ってて、真中主将にお願いしてくるね」
士門先輩がパタパタと小走りで真中主将の元へ駆けていく。その結果、俺は少し投げることになった。
「おい、いつでもいいぞ」
正捕手でもある、真中主将が、自ら腰を下ろしてミットを構える。
「……真っ直ぐ、いきます!」
体を大きく振りかぶり、溜めたパワーをすべて左腕に込めて振り抜いた。
ボールは唸りを上げて、真中主将の構えたミットの中心に突き刺さる。
──パァンッ
乾いた音がグラウンドに響き渡った瞬間、見ていた他の部員たちからもどよめきが起こる。
「はやっ、130km後半は出てるんじゃねえか!?」
その後もどんどん投げ込んでエンジンがかかってきて、いい感覚で投げ終わることができた。
「最後の球なんて、140kmは越えてたろ!マジかよ……」
真中主将は興奮した様子で俺に駆け寄って来る。
「そんな出てますかね……」
「凄い速かったわよ!流石、全国ベスト4のピッチャーね」
士門先輩が嬉しそうに笑っている。
「えっ、お前……山口って、あの西陽中の山口か?」
真中主将は驚いた顔をしている。
「俺のこと知ってたんですか?」
「お前、結構な有名人だぞ」
「やっぱり期待の新人ね!これから楽しみ」
士門先輩が左肩にそっと手を置いて悪戯っぽく微笑んだ。
今日の練習は最高の気分で終えることができそうだ。
◇◇◇
今夜もテーブルには、恋歌の作った美味しそうな料理の数々が並んでいる。
「野球部の方はどうですか?」
「練習は辛いけど楽しいよ。みんなもいい人達だし」
「それは良かったですね。うふふ」
恋歌は自分の事のように嬉しそうに笑っている。そんな顔を見ているとつい気が緩んで……。
「……そういえば、土門先輩って、綺麗な女性マネージャーがいるんだ……あっ」
「綺麗な…?」
恋歌の笑みが凍りつき、瞳から光が消えていく。まるで、お気に入りの人形の汚れを見つけたときのような、冷たい目。
「ち、違うんだ。恋歌!」
「浮気は二度としないと、そう言いましたよね……?」
「お、俺は、先輩と浮気なんてしてないから!」
「お話ししたりしますよね……?」
「まぁ、マネージャーだし、先輩を無視できないだろ」
「その女を綺麗と称し、その女とお話しをしている。もうこれは立派な浮気です!!」
(そ、そうなの?浮気にたいしてそんな厳しくなったのこの国は?)
「ご、ごめんなさい」
「こっち来てください」
「は、はい」
俺は椅子から立ち上がり、恋歌の傍へとおとなしく移動した。
「ここに座ってください」
恋歌は床に指を指す。言われるがままに両膝をついて座ると、俺の頬もって顔を引き寄せた。
抵抗する間もなく、強引に恋歌に唇をふさがれた。驚きで開いた口の中に恋歌の小さな舌が容赦なく滑り込んでくる。舌を必死に絡め愛撫されると、脳がとろける感覚に陥った。
……じゅる、じゅる……。
粘り気のある音と鼻腔をつく恋歌の甘い香りだけが脳裏に焼き付いた。
「今回はこれで許してあげます」
「あ、ありがとう」
(……俺たちまだ付き合ってないよね?)
「でも、ツーアウトですからね!!後、ワンアウトでゲームセットですから!!!」
(もしかして俺の人生もゲームセットされるの……?)
読んでくださりありがとうございました




